エピローグ 馬鹿犬

 ――こうして、ヘリオスシティで起こった大規模薬物テロは、麻薬取締官十五名、民間死者百三十五名を犠牲に終息した。

 民間死者の内訳は、百十六名が『人間爆弾』となった者たちであり、そこにはヘリオスシティに住む五十一名のホームレスたちも含まれる。そしてそれによりデビルダストに感染した者が十九名。しかしいずれも、麻薬取締官らに適切に処置された。

 今回のテロを主導したとして逮捕されたのは、ハイドラ幹部の男であるゲラルト・シェーファー及び組織の構成員五十名余り。彼らはアイゼンタールを拠点とするハイドラの一組織で、今回の逮捕は組織完全壊滅への重要な足がかりとなるだろう。

 そして今回の逮捕により、フリジニアでの薬物被害も多少沈静化するだろうと専門家らは予想している。麻薬取締官らの今後の活躍に期待したいところだ。【ジョージ・スミス】

                         ※写真:マリィ・カーチェス




「くっはーっ! ほら先輩、私の撮った写真! ね? すごいですよね!?」


 時刻は昼過ぎ。

 第二公安署内にある食堂の机で三日前のフリジニア・ミラーを広げて、マリィは目を輝かせていた。その一面にはゲラルト・シェーファー逮捕の現場写真が載り、でかでかと見出しが躍っている。


「もうわかったっての。何度目だ、ったく」


 隣のノックスは疲れた様子で煙草をふかす。いつものごとくだらだら休憩にと思ったが、食堂の入口でマリィと鉢合わせ、掴まってしまったのだ。


「えーっ、先輩つれなーい。もっと褒めてくださいよぅ」

「あーすごいすごい。立派な後輩を持って俺ぁ幸せだなぁ」

「……昨日も同じ事言いましたよね。もっと真面目にしてください」

「同じ事言ってんのはお前も一緒だろーがっ!」


 思わずツッコみ、ノックスはむすっと頬杖をつく。

 正体がばれたこともあって麻薬取締官を自主的に引退したノックスだったが、まさかそのままフリジニア・ミラーへの移籍を頼まれるとは思っていなかった。仕事を無くしても困るので引き受けたのだが……配属もまさかの同じ場所。ノックスは若干後悔していた。

 ちらりと隣を見ると、マリィはまだにやにやして記事と写真を眺めている。が、ある時、マリィは記事に視線を落としたまま口を開いた。


「それにしても先輩が実は麻薬取締官だったなんて……なんか裏切られました」

「……いい記者になるための言葉の勉強だ。そういうのは見直したっつーんだぞ」

「だってあんなちゃらんぽらんな先輩が、実はすごい人だったなんて、すごい人の価値が下がるじゃないですか」

「おい。もっぺん撃ち抜いていいか」


 するとマリィは口を尖らせた。


「やめてくださいー。……あれ結構痛かったんですよ。まだ少し痣になってるし」

「…………」


 彼女の言葉に、ノックスは思わず口を閉ざす。

 そしてしばらくの沈黙の後、あることをマリィに尋ねた。


「なぁ、なんであの時とっさに演技できた?」


 それはずっと聞こうと思っていたが、間が悪くて聞けずにいたことだった。


「俺以外にハイドラの人間もいる、状況もわからねぇなんて状況で死んだふりなんざ、そうそうできねーぞ」


 バーの裏でノックスがマリィに撃ったのは、隠し持っていた同じ型の拳銃に入っていたペイント弾だった。ノックス自作のもので、着弾後の見た目は実弾のそれと見分けがつかない。

 ただその弾丸も被弾者が演技しなければ全く意味がない。あの場にいたレイは、セルジオとロイを探してすぐ立ち去ったからまだよかったものの、それまでに少しでも動けばばれていただろう。

 だがマリィは特に考える間もなく返してきた。


「先輩が言ったんじゃないですか」

「へ?」

「本当の正義は写真機のレンズじゃなく、生身の人間の目玉に映るって。……あの時の先輩は、しっかり正義に見えましたよ」


 するとノックスはにやりと笑って、マリィの頭を雑に撫でた。


「き、急になんですか!」

「十年後、改めて口説かせろ」

「んな……!」


 顔を真っ赤にしたマリィはテーブルにあった写真機を掴んで、


「何言ってんですかこのばかぁっ!」


 ノックスの顔面にクリーンヒットさせた。






「なんでだよ……」


 眺めていた新聞――三日前のフリジニア・ミラーである――をくしゃりとつぶして、ロイがぼやく。次いでその新聞を書類が山積みとなった目の前のデスクに放り、欠伸を一発。

 ここは、麻薬取締課のオフィスである。捜査やら休憩やらで人は出払っていて、今はロイと、その隣のデスクでペンを走らせるセルジオの二人しかいない。窓から見える外の景色は穏やかで、燦然と降り注ぐ陽光は冬であることを忘れさせるほどの陽気を演出していた。


「……なぁ、なんで俺らはあれからずっと机にへばりついて仕事させられてんだ?」

「お前はろくに仕事してないだろう」


 書類から目を離さず、ペンの速度も落とさず、セルジオは言う。


「……結構な功労者である俺らが、なんでペナルティみてーな量の書類仕事させられるんだよ。おかしいだろ」

「仕方ないだろう。これだけの大事ならデスクワークも当然増える。おまけに俺たちは逃走時にいくつも規約違反をやらかした。むしろこの程度で済んでよかったくらいだ。それに、列車絡みの事件の報告書はリアルタイムに場所が変わるから面倒なのは知っているだろう」

「……あのー、優秀で真面目なセルジオさん。俺の分もやってくれませんかねぇ?」

「自分でやれ」

「げぇーっ、もうお前の丸写しさせてくれ。どうせネアもこんなもんまともに読まねぇだろ」


 学生の課題じゃないんだぞ、とセルジオがツッコもうとしたが、それより早く声がした。


「いい根性だな馬鹿犬」


 いつの間にかネアが二人の背後に立っていた。


「お前……いったいどこから……」


 しかしネアはそれには答えず、


「一息入れるかと思ったんだが、ロイには必要なさそうだな。……セルジオ。行こうか」

「はい」


 そしてセルジオはしれっと席を立ち、ネアの後に続く。


「うおい、待てこら! 主人が犬置いていくとかあれだぞ! 虐待だぞ!」

STAY待てとでも言えばいいか?」

「そーじゃねぇ! 置いていくなっつってんだよ!」


 だがそこで、セルジオはロイに振り返った。


「……そう思うだろ? 少しは反省しろ」


 その言葉に、ロイがぽかんと立ち止まる。

 しかし次の瞬間には、しげしげとこちらを眺めて言った。


「……お前、何言ってんだ? なんか変な薬入れたか?」


 そんな相方の様子に、セルジオは思い切りため息をついた。


「やっぱりお前は、馬鹿犬だ」

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Drug Dogs―ドラッグドッグス― 九郎明成 @ruby-123

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