【16-8】手違い 2

【第16章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム国 (16章修正)

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 ノーアトゥーン郊外の戦場では、丘の中腹から稜線りょうせんにかけて、大音と衝撃の坩堝るつぼと化していた。


 響き渡る轟音の狭間で、セラ=レイスは両手の人差し指を、左右それぞれの耳穴に突っ込んだ。白手袋をはめたまま。


 大木を易々と唐竹割からたけわりするかのごとき雷電――それが、数十本まとめて落地したかのような爆音に次ぐ爆音。


 無数の砲弾が、うなりを上げて飛び立っていく様子から、それら轟音と爆音は、すべて発射音であることが分かる。


 とどろきが消えぬ間に、残響が残響を呼ぶ。


 衝撃による圧迫から聴力や鼓動が解放される前に、今度は黒煙によって視界が封じられた。


 黒いカーテンの向こうで、クワッという咆哮と明滅する赤光しゃっこうが次々と続く。


 そして、新たな砲弾が残響を破り、轟きを飛び越し、黒煙を引きずっていく。


 まるで、上空へ向けて無数の蒸気機関車が走り去っていくようであった。





 舞い上がった無数の弾丸は、後退を急ぐ反乱軍の頭上に吸い込まれていった。





 アルベルト=ミーミルは、馬上からゆっくりと周囲を見回した。


 丘の上から降りそそぐ砲雨は、弱まることを知らない。


 土砂が勢いよく巻き起こり、兵の体が四散する。馬は狂奔きょうほんし、旧式砲はうずくまる。灼熱の波濤はとうは、容赦なくそれらに覆いかぶさっていく。



 次の瞬間、ミーミルも至近弾を受け、落馬した。


 彼は激痛をこらえながら四つん這いに身を起こす。しかし、周囲に広がる無惨な光景は、時計の針の進行を遅らせたように、妙にゆったりとした流れになっていった。


 緩徐かんじょとした流れを知覚して間もなく、ミーミルの周囲で爆発音と閃光と地響きのタイミングにが生じ始めた。


 断末魔の叫び声と、腕や脚がもげてのたうちまわる兵卒と。狂ったようないななきと、片足を引きずりながら這いまわる軍馬と――音声と映像とが次々と乖離かいりしていく。


 湿り気を帯びた無数のうめき声に、周囲にあふれかえる惨状――当てはめるべき音声と映像とが判然としないのだ。



 弾片によって全身に受けた擦過傷や裂傷、熱波による火傷――ミーミル自身も、被ったそれら大小外傷と、知覚すべき激痛や帯熱とが、ばらばらでまとまらない。


 ――もう、どうでもいい。

 彼は、視覚と聴覚と触覚の多少のずれなど、気にすることすら億劫おっくうになっていた。



 下半身を失い臓腑が飛び出した若年兵がこちらを見ている。


 頭を割られ脳髄が流れ出た中年兵もこちらを見ている。


 死の淵に臨みながらも、それらの瞳は、現実を受け入れられないようだ。


 「軍神」についてきたのにどうしてこんな目に遭っているのか、と言いたげである。


 だが、ミーミルには何もしてやれなかった。


 はじめは、倒れた者たち1人1人に手を添えつつ歩いていた。


 しかし、両手を差し伸べようにも、先の負傷により右手が利かない。左手だけでは、とてもじゃないが受け止めきれぬ。



 将校が兵卒が、母親の名を呼び、妹の名を呼び、恋人の名を呼び、妻を名を叫んでいる。それらの名前は、たちまち苦悶へと置き換わる。


 ――嗚呼、先に聴こえた声にもならぬうめき声は、これだったのか。


 痛い。苦しい。熱い。つらい。死にたくない。助けて。閣下、何とかしてくだ――。


 ミーミルの頭は耳の入口まで、それらの呻吟しんぎんに埋め尽くされた。






【作者からのお願い】

「航跡」続編――ブレギア国編の執筆を始めました。

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宜しくお願い致します。



「航跡」第1部は、あと少しだけ続いていきます。


ミーミルを早く楽にさせてあげたいと思われた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

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ミーミルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「手違い 3」お楽しみに。


爆風に煽られながらの行く宛なき徘徊も、終焉が訪れた。崖によって、行く手を阻まれたからである。


――もう、疲れた。

退役大将は小さくため息をつくと、感覚の残る非利き手でホルスターから拳銃を抜いた。


そして、焦げ茶色の側頭部に、ゆっくりと銃口をあてた。

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