【16-6】看破 下

【第16章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム国 (16章修正)

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【イメージ図 ①】ノーアトゥーン郊外の戦い

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330656439815786

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 A砦攻撃に向かった総司令官・ムール=オリアン中将麾下各隊が、尋常ならざる損害を被った模様――ヴァナヘイム国 軍務省臨時尚書・エーミル=ベルマン大将のもとに急報がもたらされたのは、5月12日の昼下がりのことであった。


 B砦から兵馬の突出がいつまでも見られず、暇をもてあましていた臨時尚書と王城守備隊の女性士官たちは、紅茶を片手に焼き菓子を楽しんでいた。


 この典雅な将軍は、帝国式の喫茶をこよなく愛しているのだ。


 戦場でもそうした余裕を見せる中年指揮官には、彼の端正な顔立ちも相まって、シグニュー=ノルデンフェルト中佐をはじめ、女性士官たちも相好そうごうを崩しがちであった。


 周囲には深淵な崖が走るなど、やや物騒な地形である。しかし、初夏の日差しと絹のパラソル、それらの下で漂うムルング産茶葉のがかぐわしい香りは、ここが戦場であることを忘れさせてくれる。



 そのようなくつろいだ空気を切り裂くように、凶報が舞い込んだのである。


「どうやら、反乱軍首領・ミーミルは関堤にはおらず、A砦にいた模様ですッ」


 オリアンの策を看破したのだろう。敵将・アルベルト=ミーミル退役大将は、討伐軍が準備を終える前に、関堤もB砦も空にして間道を抜け、A砦に全軍を集結させていたのであった。


 そうした事情も知らず、斜面を登ってきたオリアン以下寄せ手は、反乱軍の全戦力を叩きつけられたのである。


 疾風迅雷じんらいとは、ミーミルの用兵のために生み出された言葉ではなかろうか。



 オリアンは、たまったものではなかった。1,500が籠る砦を3,000で攻略するはずが、一転して、6,500まで膨れ上がった砦を、3,000で羽目になったのである。


 オリアンは、完膚なきまでに敗れた。雨のように飛来する弾丸に、彼自身も見舞われて昏倒し、職責を果たすことができなくなった。



「A砦から反乱軍が突出し、こ、こちらに押し寄せてくる模様ッ」

 第1報が入ってまだ1時間も経過していないが、既に反乱軍は、次なる狙いを定めたようだ。


 この頃になってようやく、ベルマンたちも反乱軍に謀られていたことに気が付き始めていた。


 この臨時尚書率いる2,000の王城守備兵は、空き家のB砦を虚しく警戒していたのである。


 たなびく無数の戦旗や立ち昇る幾筋もの炊煙、夜間煌々と輝く篝火かがりびなど、留守をまったく感じさせないB砦の演技に、まんまとだまされたのであった。



 数的不利、極めて危険な局面はいかんともしがたく、先刻までの優雅な喫茶時間が噓のように、彼らは狼狽ろうばいしている。


「ま、間もなく反乱軍がここに殺到します。は、反撃致しましょうか」


「2,000の我らで、む、迎え撃てる訳がなかろう……」


 謀られたことに気が付いても、自ら分散したうえに混乱を極めた討伐軍を、立て直し得る者はいなかった。


「……し、しかも、相手は、あ、あのミーミルだぞ」

 ヴァ国・軍務省臨時尚書は、典雅さのかけらもなく、口ひげを震わせながら結ぶ。



 だが、彼らが逡巡しているうちに、反乱軍は一挙に距離を詰めてきた。ミーミルの用兵は冴えわたっている。3カ月間幽閉されていた程度では、この名将の采配はび付かない。


 やむなくベルマンは応戦を命じるが、女性兵主体の王城守備隊は実戦経験など皆無であり、まして浮足立った状態では勝負にすらならなかった。


 ノルデンフェルト女中佐は、宮殿内でのフリデール女侍従長との派閥争いに明け暮れてきた経験しか有さないのだ。



 反乱軍は、電光石火の速さをもって王城守備隊を包囲していく。同隊がアリの這い出る隙もないほど囲まれるまで、1時間もかからなかったほどである。


「これまでか……」

 ベルマン臨時尚書までが小銃を握り、最後の抵抗を試みた時だった。


 その声の余韻をかき消すように、見張りの1人が大声を上げた。

「丘の上に、多数の軍勢ッ」



 ――反乱軍か、討伐軍味方か。

 かろうじて生き延びていた者たちは、背後の丘上に視点を集中させた。大多数の者は絶望を、ごく少数の者は期待を、それぞれの視線に込めて。


 またしても、ミーミルが奇術まがいの策でもろうしたのだろう――それが、ベルマンほか大方の見解であった。


 A砦ではオリアン隊は蹴散らされている。第1関堤を押さえているアヴァロン隊が現れるにしては、方角があべこべである。



 しかし、どうやら彼らの予想は、どちらも外れのようだ。前面の反乱軍も戸惑いを示すかのように、発砲の密度を薄めていく。



 東の丘上では、新たな軍勢が稜線りょうせんに沿って展開しつつあった。丘の向こうからは、戦鼓せんこのリズムに合わせて、続々と兵馬が繰り出してくる。



 双眼鏡を介して、黄金獅子ゆらめく深紅の大帥旗が見えた時、臨時尚書は力なくうめいた。



「て、帝国軍か……」







【作者からのお願い】

「航跡」続編――ブレギア国編の執筆を始めました。

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


宜しくお願い致します。



「航跡」第1部は、あと少しだけ続いていきます。


オリアンではミーミルの相手にならなかったな、と思われた方、

突如現れた帝国軍の出方が気になる方、

🔖や⭐️評価をお願いいたします

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ミーミルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「【イメージ図 ② ③】ノーアトゥーン郊外の戦い 終」お楽しみに。


今話では、卓越したミーミルの采配により、会戦は一気に終盤を迎えました。


一連の流れを図面2枚をもって解説します。


「航跡」第1部最後の図面解説をご覧ください。

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