【14-18】安逸 3

【第14章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム国 (13章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330651819936625

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 上官の後背で、キイルタ=トラフ中尉も木々の合間からヴァナヘイム国王都を見つめている。


 威容を誇るノーアトゥーンの城壁も、薄暮はくぼのなかに溶け込まれようとしていた。城壁の上では、松明たいまつやカンテラが右往左往している様子もうかがえる。


 トラフは、灰色の瞳を自陣に戻す。


 上官の脇には、車輪の付いた物影がある。レイス隊がここまで引っ張って来た虎の子――6.5センチ新式野砲の1門であった。他にも複数門にわたり、この林のなか各所に配置されている。


 これらは、遠征に先立って大枚をはたいて購入したものであり、操る砲兵たちも熟練者ばかりである。イエロヴェリル平原の各地で火を吹き、平原撤退の折には、ぬかるみからの脱出に上官自らが泥にまみれて牽引けんいんしていた。


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【8-22】敗走 上

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 それらの砲門から繰り出される砲弾は、飛距離に破砕力、それに送弾数においてヴァナヘイム軍の旧式砲とは、比べものにならないはずだ。


 王都の守備を担う将兵は、松明やカンテラ片手に城壁の先に目を凝らし、帝国兵を捕捉出来ず、さぞや困惑していることだろう。


 彼らが想定しうる野砲の射程とは、レイス隊の虎の子よりも遥かに短かいのだ。トラフたちが拠る郊外の林から、王都城内に届くような代物ではない。


 すなわち、旧式砲の射程距離であれば、この林に布陣する意味がなく、そもそも木々をを伐採する必要などない。先刻の苛立ちも的外れなものだったかと、彼女は思い改めた。


【14-17】安逸 2

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 また、王都城兵らの想定しうる野砲の送弾数――一定時間における射撃回数も、レイス隊のそれより遥かに少なかった。


 野砲は狙い通りに弾丸を落とすことは難しい。


 西の塔破壊の折、城下に降り注いだ砲弾も相当な数に上った訳で、かつ着弾先の家々をなぎ倒した範囲は、旧砲弾を大きく上回ったはずだ。


 そこから彼等が、帝国軍の数を多く見誤ることも、無理からぬことだろう。



 砲の性能差による帝国軍の誤認――それもまた、紅毛の先任参謀は織り込み済みだということか。


 内心、舌を巻くトラフの背後で、後輩たちは言葉を交わしている。やり取りは、新たな話題――ここまでの道のり――に移っていた。その断片が、彼女の犀利さいりな耳にも届く。


「にしても、3つも建造が進んでいたとはな……」


「俺、最初に見た時、『終わった』と思ったよ……」



***



 暗夜、渓谷の隙間をかいくぐり、敵首都をくべく先を急いでいたレイス麾下の前に、それは突如として姿を現した。


 彼等の進行を妨げるかのように、積み上げられた石壁は支道を分断していた。防衛戦に特化して造られた関所――関堤せきてい――である。


 彼等が作り上げた精巧な作戦図のなかに、このような建造物はなかった。


 誰もが驚き、そして失望した。


 進路をふさがれた彼等は、自分たちの運命を悟った。関堤と渓谷との間に挟まれたのである。王都を急襲するどころか、このままここですり潰されるだけだろう。


「こりゃ、詰んだな……」

「詰みですね」

 若き参謀2人は、捨てばちになった。ゴウラは近くの樹木を拳で叩き、カムハルは背負っていた小銃を投げ捨てた。


「……」

 後輩たちが肩を落としてうずくまり、部下たちが棒立ちのまま夜空を仰ぐなか、副長のトラフだけは、その灰色の瞳で冷静に関堤を観察していた。


 ほどなくして、彼女は気が付いた。この建造物には込められていないことに。


 どういう訳か、石造りの堤は、途中で建設が放棄されていた。未完成の建造物のなかには、もちろん将兵は籠められていなかった。



 一同が、安堵の吐息を漏らしたのは、言うまでもない。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


野砲の性能差によって、自軍を多く見せかける――レイスの知恵に驚かれた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758


トラフたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「安逸 4」お楽しみに。


部下たちの会話を背に、トラフはやれやれとかぶりを振る。


そんな彼女の先で、小さなうめき声が発せられていた。

「危ねぇところだった……」


前方に立つ紅毛の上官が、ノーアトゥーンの街を睨みながら漏らしたものだった。

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