【13-32】絵地図 下

【第13章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429616993855

【地図】ヴァナヘイム国 (13章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330651819936625

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 帝国東征軍参謀部のカンファレンスでは、発言者が途絶えた。


 飾り緒を下げた者たちは、室内中央に広げられた絵地図に見入るばかりである。そこには、魚油漬け藁束わらたばの発見場所が、赤い✖印をもって示されていた。



 進行役を務める副長・キイルタ=トラフ中尉は、仕方なしに絵地図の西側・ニアム=レクレナ少尉を見やった。そして、ぎょッとする。


 副長にこちらを見てもらえるよう、いよいよ彼女は、こちらに大袈裟にウィンクをしていたからだ。蜂蜜色の前髪を揺らすほど。


 先ほどから、「あたしも発言します」とのオーラを発し続けていたのを知りながらも、トラフは無視を決め込んでいたのだった。どうせ、ろくな意見ではないからだ。


【13-31】絵地図 上

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16817330651467902116



 ――くだらない発言であれば、即座に打ち切ろう。

 トラフは渋々うなずいた。



 レクレナは勇躍、口を開く。

「敵のいきな計らいですね、これは!」


 そして、軍服の袖から白い腕をさらして続ける。

「お魚のオイルはお肌にいいんですぅ」


 うちの兵隊さんたちにうるおいをプレゼント――といった心配りでしょうね。最近の雨はぱらつく程度で、日に日にお肌の乾燥が進んでいますから、と。


 それに――敵将アルベルト=ミーミルの頭脳を読み切ったとばかりに、レクレナはドヤ顔を決める。

「いつでもお肉を焼くことができますね」


 羊肉を藁に包んでオイルをまぶし、蒸し焼きにする――レクレナのふるさと・帝国南東部の郷土料理だ。


 藁から湯気と肉汁が噴き出した頃が食べ頃なのだそうだ。直火に当てるのではなく蒸すことで、肉全体に行きわたった旨味が、顔を出すのだという。


 

 ――いいかげん、肉から離れなさい。

 お肌のケアと郷土の肉料理――やはり、取るに足らない意見だったと、トラフは嘆息する。


【13-27】カンファレンス 下

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16817330651467422179


 灰色の瞳に冷徹な色をたたえて蜂蜜娘の発言を封じると、トラフは前に座る先任参謀の紅い後頭部に視線を戻す。



 しかし、当のセラ=レイス中佐は、動こうとしない。


「潤い」「肉汁……」

 時折、そのような単語が、中佐の口から漏れ聞こえてくる。レクレナのアホが上官に伝染うつったのではないかと、トラフは気が気ではない。


 おそらく、火計と断定するための最後のピースが見つからないのだろう。もう少し赤い印――火点があれば、また違った局面が見えたのだろうか、とトラフは不謹慎なことを考えてしまう。



 議論の流れが立ち消え、室内がいっそう冷え込んだように感じられた時だった。


 レクレナが鼻を震わせて、短い間隔で息を吸い込んでいる。ハ、ハ、ハ……くしゃしみだろう。


 対面のゴウラは、作戦資料を挟んだバインダーをもって防御姿勢をとる。


 しかし、しばらくすると、女少尉は落ち着いた表情に戻る。やれやれ治まったかと、筋肉少尉もバインダーを下げたその時である――。







 ぶえぇっっっくしょおん!!!



 レクレナのクシャミ一閃いっせん、対面のゴウラは、彼女の飛沫を顔一面に浴びせられる。


 そして、その風圧によって、絵地図はわずかに浮かび、テーブルの上を波打った。


 

 ポツリと紅毛の先任参謀がつぶやいた。

「……風か」


 その一言は、彼の頭のなかでパズルが完成した瞬間だった。


「いえいえ、風邪じゃありませんよぅ」

 鼻を垂らす女中尉を除いて、参謀部の全員が理解した。



 一見、に見える、魚油藁仕込みの家々の配置も、「西風」という最後のピースが加われば、「火計」として完成する。


【絵地図】ドリス城塞都市

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330652163432607



 ドリスの城下街西側の家々――それらに集中した火点から燃え上がった炎は、西から吹き付ける風に煽られ、建物が密集した区域の中心火点へと飛び火していく。


 また、大通りを西から東へと吹き抜ける風は、沿道の火点を皮切りにの延焼を加速させていくことだろう。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


飛沫をもろに浴びたゴウラ少尉が気の毒だと思われた方、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

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レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「老人と気象 上」お楽しみに。


「お爺さん、ドリスの、気候について、教えてくださる?」

ヴァナヘイム語で、女性参謀はゆっくりと問いかける。

「ああ!?」

老夫は耳にかかった白髪をまくり上げ、発言を繰り返させる。耳が遠いのだろう。


「ドリスか、懐かしいのぅ」

 突然、老人はかくしゃくとした物言いとなる。

「1つ、重要なことを教えよう」

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