【13-33】老人と気象 上

【第13章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム国 (13章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330651819936625

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 ヴァナヘイム軍は、ドリスの街を焼き払おうとしている。


 魚油に浸した藁束わらたば(火点)の配置状況から――西風が巻き起こることを前提にして。


 だが、帝国東征軍総司令官・ズフタフ=アトロン大将は、想像や思い付きだけで決断を下さない。必ずそこに根拠を求めることを参謀部の者たちは知っている。



 本当に西風が吹くのだろうか。



「誰でもいい、天候に詳しいヤツをドリスから引っ張ってこい」

 古老長老でも農作業従事者でも林業関係者でも構わん――と、セラ=レイス中佐は勢いづく。


 そんな先任参謀に、副長・キイルタ=トラフ中尉は現状を思い出させる。


「……敵司令官がドリス城下から領民を退避させてしまっておりますが」

「……」

 そうであった。あの城塞都市には、いま帝国将兵しかいない。




 2日後、エドラ城下にて、ドリスの気候に詳しいとされる者が探し出された。


 アシイン=ゴウラ少尉に背負われて、1人の老夫が参謀部の部屋を訪れたのである。


 アレン=カムハル少尉いわく、領民たちに帝国側の要請を聞いてもらうだけでも、苦労したという。まして、それに応じる者など、見つけ出すだけでも難儀したそうだ。


 トラフは嘆息する。右翼壊滅の折、ヴァナヘイム国の民衆と手を携えることができたような気がしたが、それも一過性のものだったようだ。


 あの時、婦人会を束ねていたソルの御婆様――あの方のような存在がいなければ、自分たちはただの侵略者に過ぎない。


【8-23】敗走 中

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 連れて来られたのは、よわい80を超えていそうな老人であった。


 参謀部の部屋に入ると、ゴウラの背中からそっと降ろされた。しわくちゃな小男が、椅子の上で小刻みに揺れている。そこへ、トラフが腰をかがめる。


 この参謀部副長は、帝国軍への協力について謝意を述べたあと、質問に転じる。


「お爺さん、ドリスの、気候について、教えてくださる?」

 ヴァナヘイム語で、女性参謀はゆっくりと問いかける。


「ああ!?」

 老夫は耳にかかった白髪をまくり上げ、発言を繰り返させる。耳が遠いのだろう。


「お爺さん、ドリスの、気候について、知っているのでしょう?」

 トラフは、さらに話す速度を下げ、声を大きくし、問いかける。


「ああ?ドリスがどしたってぇ?」

 老人との問答は、一向に進む様子が見られない。



「この爺さん、大丈夫か」

 レイスは、紅色の眉をひそめて、傍らのカムハルをただす。


「ええ、30年ほどドリスに住み、農業に従事していたとのことで、気象や天文に詳しいと、街の者たちは申しておりました」

 いまは、農業から引退し、このエドラで、息子夫婦の下に身を寄せているそうだ。


「だからね、お爺さん――」

 先ほどから、問答すら成立していない。トラフは根気強く、老人から情報を聴きだそうと努めているが、まともな回答を期待するのも難しそうだ。話題が天気にいたる頃には、日が暮れるだろうか。



 副長と老夫の不毛なやり取りに失望したゴウラが、他の者を求めるべく、その大きな体を席から起こした時である。


「ドリスか、懐かしいのぅ」

 突然、老人はかくしゃくとした物言いとなる。体の震えも止まっている。


「お主たちに1つ、重要なことを教えよう」


 おぉ、と参謀部一同が染みだらけの老夫に注目する。皺まみれの口元から、繰り出されるであろう金言に期待を込めて。











「わしゃ、爺さんじゃなくて婆さんじゃ」


 参謀部一同は、一斉にすっ転んだ。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


このお婆さんは、お爺さんに間違われてイジワルしていたのだな、と気がつかれた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758


レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「老人 下」お楽しみに。


「吹くッ!」

先ほどまでのボケた様子など感じさせぬほどに、彼女は強く言い切った。


ドリスでの異臭騒動おいて、参謀見習いに将校クラスを付けるべきだったと、カムハルは悔やんだ。


すると、紅髪の先任参謀は、カムハルの猫背をリズムよく叩いた。並の将校を送り込んでも、どちらにせよ禿げ頭には相手にされなかっただろう、と。

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