【11-11】maidin mhaith cutie ①
【第11章 登場人物】
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「さあ、連隊長、綺麗になりましたよ」
帝国東征軍予備隊の天幕群――その一隅では、包帯に腕を吊るした中年将校が、祭壇に祈りを捧げていた。
身体を
重傷を負った彼は、隊務を解かれて久しい。本来、傷病者用の天幕にて安静にすべき身の上だが、毎朝この祭壇を磨き、太陽神にかつての上官の
「……」
フェドラーは小さな祭壇を見つめた。そこには、四葉のオブジェとともに、白黒チェックの木板が
あの日――最後の指示をうかがいに女連隊長の陣幕を訪れた日のことを、彼は鮮明に覚えている。
闇夜に紛れて、1人でも多く戦場から離脱させよ――そう命じられたフェドラーは、たまらず口を開いていた。
「あなたも一緒に離脱を――」
カンテラの光こそ
フェドラーは、彼女が幼き頃から、ずっと世話をしてきた
彼は、その笑みを知っていた。
レディ・アトロンが意思を固めた時の笑みであると。一度決めてからは、それを決して覆すことはないのだと。
絵画鑑賞ではなく、乗馬を選んだ時もそうだった。
社交界ではなく、士官学校を選んだ時も。
そして――。
フェドラーは無意識のうちに願い出ていた。
「何か、形見を……」
ください、と。
「……」
レディ・アトロンは、脇にあったチェス盤を片手で掴むと、ずいと差し出してきた。被弾したのか、もう一方の腕は、自由が利かないようであった。
――嗚呼、そうだった。
彼から手ほどきを受けた当初、彼女のチェスの腕はなかなか上達しなかった。それでも、幼女は涙を抑えながら、再戦を願い出てきたものである。
気丈に振る舞っていたこの
7月24日19時30分過ぎ、ヴァナヘイム軍の総攻撃が始まった。
連隊長――お嬢様の最期を見届けねばならぬと、フェドラーは己と配下たちが離脱するぎりぎりのタイミングまで、双眼鏡を手放さなかった。
撃ち返す銃弾はおろか、反撃する気力すら尽きたアトロン連隊に、無慈悲な銃弾が次々と降り注ぐ。
先日の
彼女とその麾下の息の根を確実に止めるため、ヴァ軍は過剰なまでに銃弾を叩きつけてきた。
その結果、重傷を負い動けない者はおろか、絶命し動かない者まで、弾丸をもって躍らせるという、執拗かつ残忍な攻撃が随所に見られた。
数度に渡って見舞われた波状射撃を前に、黒コガネの旗は傾きながらも倒れなかった。レディ・アトロンは片膝を付きながらも、大地に刺した軍剣の
早く行け――レンズの先の彼女は、こちらに向けて、
フェドラーは、両目から両頬にかけて流れる雫を拭うと、双眼鏡を下げ
命からがら退いてきたフェドラーは、大小無数の傷を負っていた。翌25日の明け方、帝国中軍にたどり着くや、不覚にも
【8-24】敗走 下
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意識を取り戻しても、起き上がる体力・気力ともなく、彼は簡易ベッドに横になったままであった。
突然、総司令官・ズフタフ=アトロン大将閣下が傷病者用幕舎を訪れたのは、そんな矢先のことであった。
「よく、無事に帰ってきてくれた」
一人娘を守れず、おめおめと逃げ戻ってきた傅役に対し、老司令官が問い詰めるようなことは一切なかった。ただ手を取り、功臣の生還をじんわりと噛みしめているのだった。
そのような老人の
彼女を担ぎ上げてでも、連れ帰った方が良かったのではないか――祭壇を磨きながら、今朝も自問自答は尽きない。
【作者からのお願い】
この先も「航跡」は続いていきます。
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レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢
【予 告】
次回、「maidin mhaith cutie ②」お楽しみに。
お待たせしました。ソルが久々に再登場します!
朝陽が少女の赤い髪や白い肌を照らしている。
従卒用の軍服を体に掛けて停車場の長椅子で眠っているだけなのだが、光りに当てられた彼女は、まるで
――確か、ヴァナヘイム国の名門、ムンディル家の御令嬢だったか。
首をかしげる予備隊中佐の前で、彼女の薄い薔薇色の口から、吐息と共に寝言が漏れる。
「……美味しそう」
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