【11-10】朝の軍議に戻って 下

【第11章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16817139554817222605

【組織図】帝国東征軍(略図②)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817139559095965554

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 この朝の軍議は、いままでと違った。


 突如、老将軍が口を開いたことで、定石を踏襲するだけのような議事進行が妨げられたのである。


 意外な展開に、レイスはあおい両眼を開く。


「帝国東岸領総帥・アルイル上級大将閣下から、お言葉が送られてきています」

 ぼそぼそとつぶやくような声で言い終えると、老将軍は銀製の筒をうやうやしく手に取り、封蠟ふうろうを切った。


 節くれだった指を動かし、筒から書状を抜き出すと、それを目の高さまで掲げる。そして、両手でゆっくりと拡げていく。


 アトロンは軽く咳払いすると、書状を音読しはじめた。


「『この数カ月、戦線が膠着こうちゃくしたまま事態の進展がまるで見られない。貴官らはむなしく兵馬をとどめ、いったい何をしているのか――』」



 黒狐の子分たちの顔は、すべて土気色になっていた。病人のような顔色に加えて、誰もが挙動に支障を来たしている。


 キンピカ少将(副将・リア=ルーカー中将)は、片眼鏡に片手を添え、資料に記された損害状況を食い入るように見つめては、何かしらつぶやいている。


 禿頭大佐(参謀長・コナン=モアナ少将)は、何本目かの煙草をふかそうとして、マッチの着火に失敗している。


 眼鏡大尉(参謀・フォウォレ=バロル大尉)は、万策尽きたかのようにうなだれていた。


 それらは、まるで出来の悪い演劇でも観ているかのようであった。


 レイスは、テーブルに用意されていた角砂糖と粉末ミルクを入れ、珈琲をひと口すすった。食糧の窮乏下、豆の量を節約しているのだろう――やけに味が薄い。



 手紙の送り主たるアルイル=オーラム上級大将は、現帝国宰相・ネムグラン=オーラムの嫡男であり、帝国東岸領を統べる大貴族であった。


 この東征軍の最高責任者とオーナーの立場を兼ねている。


 鯨飲馬食の果てに全身を脂身でよろっており、その性質は無類の女好きであった。


 彼はネムグランの正妻・クリーナの連れ子であったが、後天的に父の粗暴な面を色濃く受け継いでいるといわれ、苛烈な気質にともなう逸話は、枚挙にいとまがない。



 それらの前提から、レイスは1人冷静に推測する。


 あののことだ、このような上品な文言をわざわざ手紙で伝えてくることはあるまい。


 おそらく、怒気をそのまま紙にぶつけたような、読むにたえない代物なのだろう。


 老将軍の気配りで、あの程度の言い回しにとどめているに違いない。


 口汚い言葉を書かされた右筆ゆうひつも、気の毒なことである。


 そのような内容を、宰相府付きの貴族だけに使用を許された高級羊皮紙に書き殴り、装飾の施された銀製の通信筒に収めて、はるばる1,000キロも丁重に運ばせたとは、ただただ滑稽というほかない。


 道中、ブレギアの騎翔隊よって焼き払われてしまえば良かったものを――と、レイスが意地悪いことを思い浮かべている間も、アトロン総司令官の言葉は続いていた。



「……そこで、私は、参謀人事を刷新さっしんしたいと思う」

 老司令官の言葉に、集会所内に集った者たちは背筋を正した。


 レイスは、わずかに湯気の残るカップを受け皿に戻し、再び眼を閉じた。


「参謀長は私が兼ね、首席参謀にセラ=レイス中佐……レイス少佐は中佐に昇格の上、今後の作戦の立案を担当してもらう」







【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


再び、レイスが表舞台に帰ってくることに、驚いた方、

彼がどのように帝国軍を立て直すか期待いただける方、

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レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「maidin mhaith cutie ①」お楽しみに。

物語を映すカメラは、レイス一行が出払った後の、朝の予備隊陣営へ。


「さあ、連隊長、綺麗になりましたよ」

帝国東征軍予備隊の天幕群――その一隅では、ブライアン=フェドラー中佐が祭壇に祈りを捧げていた。


身体をかがめた彼は、痛みに顔を歪める。先の右翼壊滅の折に受けた戦傷は、心身ともに未だ癒えない。

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