【13-9】 女城主・レリル=ボーデン 下

【第13章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム国

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「暗くて傷口が分からんッ」

 ありったけのあかりを持ってこいと、女医・ダイアン=キェーフトの苛立いらだった声が響き渡る。


 「小料理屋」から「手術室」へと急遽を改めたバー・スヴァンプあたしの城は、城主もレリル=ボーデンあたしから、この白髪童顔の女医へと改まっていた。


 しかし、女医は口調こそ勇ましいが、その外見は相変わらず児童のようにしか見えない。小柄な身にまとう白衣は、ぶかぶかであった。


 彼女は、この店の馴染なじみである。


 帝国における学問の長オラヴとかいう称号を史上最年少で保持しているほどの名医なんだそうだ。だが、彼女は諸国を巡り、その卓越した医術と古今に精通した薬学をもって、国籍・貴賤を問わず、多くの人々を救っている。


【9-29】 最年少オラヴ

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 15年ほど前になるだろうか――往来に行き倒れていたキェーフト女医を拾って、有り合わせのモノを食べさせて以来、どうにも懐かれている。


 どこぞの患者の家に行こうとして、道が分からなくなり、路地裏をぐるぐると彷徨さまよった挙句、空腹のため動けなくなったのだそうだ。


 それからというもの、王都・ノーアトゥーンに立ち寄った折には、必ず顔を出してくれる。さだめし、渡り鳥の餌付けみたいなものかね。



 あの世に片足を突っ込んでいるような重体患者を前に、あたし等は途方に暮れていた。そんなところに、五大陸一の名医がひょっこり現れたのさ。


 投了とうりょう寸前の局面に、大逆転の一手が舞い降りてきたも同然だった。


 名医といえども、己の方向音痴だけは治療できないらしい。


 いつもは、路地裏に迷い込んで、店に到着するのに相当な時間を要するそうだが、この日に限っては、きのこ型の店に迷うことなく到着できたのだそうだ。扉にぶつけて赤くなった鼻をさすりながら、キェーフト女医はしたり顔だった。


 それを聞いて、あたしは柄にもなくエーシル女神のご加護とやらに感謝しちまった。今年の収穫祭には、店を閉めてでも参加してやる。



 それにしても、この強運――軍務次官こやつはまだ生きる、とあたしは確信した。


 店のたちも、救世主がごとき女医の補佐を懸命にこなしていく。


 一番水を沸かしては、次々と鍋にそれを移す。そして、使い終わった銀製の医療器具を熱湯に浸しては、滅菌していった。


 簡易ベッド上の次官の身体を、執刀の呼吸に合わせて2人がかりで動かし、角度を付けていく。


 女医の額に浮かぶ大粒の汗を、その下のジト目にかからないように、ハンカチで手早く拭きあげていく。



 だが、すっかり日は暮れている。カンテラに蠟燭ろうそくを追加しても、キェーフト女医が求める照度には至っていないようだ。


 こやつを生かすためなら、何だってやるさ。ただでさえ少ない、が居なくなるのは、つまらんからね――あたしも動き出す。


 どうだい、明るくなっただろう。


 室内で松明たいまつに火をともした私を見て、女医は一瞬驚いた表情を浮かべたが、たちまち力強く笑う。



 クヴァシルの体内に残っていた弾丸は探し当てられ、たちまち摘出された。


 だが、手術は続く。


「……血が止まらねぇ」

 女医は舌打ちすると、持ち込んだ大きな黒革の鞄を漁りはじめる


松明それ、借りるぞ」

 鞄から金属棒を引っ張り出すと、キェーフトはこちらに向き直る。そして、平らになった先端部分を、燃焼する松明のなかにねじ込んだ。


「……ちと、荒療治になるが」

 女医は首筋に脂汗をかきながら、熱した金属棒の先を傷口に当て始める。まるでだ。


 彼女はその小さな手を器用に動かし、あぶらが蒸発する音を立て、肉が焼ける臭いを立ち昇らせていく。


 なるほど、傷口を焼くことで、出血を止めようというのかい。


 意識はないはずだが、が患部に当たる度に、軍務次官患者の口からうめき声が漏れた。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


童顔女医の荒療治にハラハラされた方、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

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ボーデンたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「蜂蜜と煙草」お楽しみに。


「ワシは己の腕におごっていたのだろうよ。患者の家族への配慮が足らんかった」

心の面の学問が不足しておったのだと、キェーフトは寂しそうに笑った。


「最年少オラヴ様が勉強不足ねぇ……」

あたしは盃をあおった。

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