【13-10】 蜂蜜と煙草
【第13章 登場人物】
https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429616993855
【地図】ヴァナヘイム国
https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927859849819644
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銃弾の摘出と止血の手術は終わった。
弾は、心の臓への直撃を回避していたという。
黒ずくめは殺しのプロだろう――仕損じるとは思えない。
おおかた、インパクトの瞬間、
「飲まないのかい」
バー・スヴァンプ特製の蜂蜜酒だよ。今日はニード産の高価な蜜をこれでもかと注いでやった。
しかし、女医・ダイアン=キェーフトが
「……患者の容体が急変するかもしれんからな」
キェーフトは、わずかに
そうだった。この女医はいつの頃からか、アルコールを必要以上に口にしなくなった。
酒に強くはなかったものの、下戸ではないはずだ。昔は、ここで酔い潰れた彼女を介抱している。
もう何年も前から――人が変わったような様子で来店したあの日から――その小さな体に、白衣と共にまとった緊張感を、決して脱ごうとはしないのだ。
カウンター越しに、
すると彼女は、ぽつりぽつりと口を開いていく。白髪は汗にまみれたまま――。
「もう10年になるじゃろうか――ワシは、1人の少女を助けられんかった」
救えたはずの命じゃった……そう吐露する女医は、先刻の大手術の最中よりも苦しそうだ。
彼女が両手で握ったままのコップからは、湯気がたゆたう。
「ワシは己の腕に
心の面の学問が不足しておったのだと、キェーフトは寂しそうに笑った。
「最年少オラヴ様が勉強不足ねぇ……」
あたしは杯をあおった。
帝国人の紅毛の兄妹――その話を聞いたのは初めてのことだ。
この
女医の問わず語りに、どう合いの手を入れれば良いのか分からなくなり、あたしは紙巻を一本取り出した。
「……煙草はやめとけよ。体に悪い」
ひととおり
「そのうちね」
あたしは口元に紙巻を
「だいたい、お前さんは料理人じゃろうが」
味覚が鈍らんのか――ぶつくさ言いながら、キェーフトはスプーンを手に取った。
ところが、鱒スープを
「~~~~~ッ」
どうだい。店で仕込んだ
誰の味覚が鈍るって?あたしの舌や腕が、紙巻で劣化するわけがないだろう――その一皿で納得いただけたのなら結構だ。
あたしは笑みを浮かべつつ、店の奥へ歩を進めた。そして、無人の厨房に戻るや、マッチに火を点ける。
それにしても、世界一の名医様とはいえ、この至高の一本に文句をつけてくるとは片腹痛い。
「90歳過ぎたら、余生のためにやめてやるよ」
独語すると、あたしは美味そうに吸ってやった。
【作者からのお願い】
この先も「航跡」は続いていきます。
レイス兄妹のこと、キェーフト医師はずっと引きずっていたのだな、と気がつかれた方、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします
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ボーデンたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢
【予 告】
次回、「正規兵と特務兵 上」お楽しみに。
物語の舞台は、再び最前線へ――ヴァナヘイム軍優勢の戦局に影が差します。
よほど急いで駆け戻って来たのだろう。馬はその場にうずくまり、斥候兵も大きく息を乱していた。
「……ミュルクヴィズの街は
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