【7-13】貴婦人 中

【第7章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム・ブレギア国境

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927863011875998

【地図】ヴァナヘイム国

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927859849819644

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 通信筒を開いたラヴァーダは、その形の良い口元に笑みを浮かべた。


 書簡をよく見ると、そこかしこが傷んでいた。主君の義弟あたりが激情にまかせて粗雑に扱ったことに気がついたのだろう。


 それをなだめ、しわになった書簡を通信筒に戻す主君の様子でも想像して、思わず笑みを漏らしたのだろうか。


 微笑みのあでやかさに、クヴァシルは思わず、この宰相が女性ではないかといぶかしんでしまうのであった。「貴婦人」という二つ名のとおりに。


 彼の挙措とともに発せられる、ほのかに甘く清々しい香りが、その誤解を助長する。



 長い睫毛まつげの下にある切れ長の目が、書面の文字を追っている。


 それにしてもラヴァーダは、四十をいくつか過ぎようとする年齢であるはずなのに、その容色にほとんど衰えがみられない。


 長くつややかな銀色の髪を後頭部で束ね、その髪をまとめる白い紐とともに、背中に流している。まるでこの草原の土地が育んだ、麗しい馬の尾のようだ。


 数多の戦場をくぐり抜けてきたとは思えぬ彼の白い肌は、帝都で流行りの化粧を施した貴族令嬢たちのそれをしのぐものと思われた。


 ラヴァーダは、バンブライ・ブイクほか帝国出身の将軍たちのように、土色の略装軍服をまとっていない。ボルハン・ブルカンほか草原出身の将軍と同じく、純白の外套がいとうに身を包んでいた。


 彼の銀髪と白肌が、薄手のマントのような民族衣装によく映える。



「貴国ご主君からの書簡、確かに拝読いたしました」

 ブレギアの宰相はそう言うと、書状を丁寧に通信筒に戻していく。


「ダーナまで行き来されたとの由、我が領内は解氷かいひょうの水により、道中難儀されたことでしょう」


「なんの、母国の窮地とあれば、悪路も苦になりません」

 そういうヴァナヘイム国使者の軍服は、儀礼用ながら泥だらけである。


 ふたたび宰相の口元に笑みが浮かぶ。


 往路は首都ダーナへ急いだため北路を採ったが、復路はアリアクへの南路を進んだ。南路の方が凍土の融解は進んでおり、先駆する馬が蹴り上げる泥を、彼らはしたたかに浴びたのである。


【7-11】東へ西へ 下

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816927861501055730



 ラヴァーダは、使者に紅茶を勧めると、自らもティーカップを手に取った。


 クヴァシルは、かぐわしい琥珀色の液体を一口すすり、宰相に気候の話題を続ける。


「我が国は、間もなく夏の本番を迎えます。さすれば、帝国軍は、40度を超す猛烈な日差しに、連日さらされることになるでしょう」


 炎天下、るべき木陰なく、み上げるべき飲水なし――。


 ヴァナヘイム・帝国両軍が対峙するイエロヴェリルの地は、「平原」と呼ばれているが、その実は周囲を山に囲まれた巨大な盆地である。


 その最深部に滞留する夏場の暑気は、昨年、国境付近で帝国軍が体験した夏とは異次元のものとなるだろう――ヴァナヘイム国からの使節は、そのように結んだ。


「ほう……」

 隣国の宰相は、その涼し気な目線を紅茶から使者へ向け直した。






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この先も「航跡」は続いていきます。


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【予 告】

次回、「貴婦人 下」お楽しみに。

草原の国におけるクヴァシルの東奔西走を記してきた第7章も、いよいよ最終話となります。


クヴァシルは、指毛の生えた武骨な手で白磁のカップをソーサーに戻すと、居住まいを正し声に力を込める。

「我が主君は、貴国と手を携え、共に帝国に対抗しようと申しております。貴国も立ち上がって頂けないでしょうか」


隣国の使者からの提案に、さしたる興味を覚えないかのように、ラヴァーダは反問する。

「……貴国と我がブレギアは、この30年しのぎを削ってまいりました。それなのに、ここにきて、俄かにをなさるものなのでしょうか」

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