【7-11】東へ西へ 下

【第7章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム・ブレギア国境

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【世界地図】航跡の舞台

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 ブレギア領内を西へと急ぐヴァナヘイム国使節団――ケント=クヴァシル一行――の歩みは、なかなかはかどらなかった。

 

 ブレギアは、旧国名をヘールタラという。土地の言葉のとおり、草の絨毯じゅうたんが地平のかなた、雲の付け根までひたすら続いていた。


 見渡す限り草原であり、道案内人が居なければ、どの辺りを進んでいるのか、分からなくなりそうだ。


 ただし、草海原の爽快感を味わうには、視界に広がる絨毯は、生色に欠いた。


 この北の草原において、春の訪れはあまりにも遅く、地表には薄茶色を多く残している。


 枯草だけならまだいい。冬季に凍った地面が、この頃ようやく溶け出しており、いたるところで道はぬかるみ、馬は足を取られた。


 前方の馬が蹴り上げる泥を顔面に浴びながら、ヴァ国・軍務次官は、黙々と西に向けて進んでいった。



 ブレギア首都・ダーナでは、顔色悪く挙措きょそも冴えない国主と、やたらと好戦的な視線を投げつけてくるその義弟に、わずかな面会時間しか与えられなかった。


【7-7】親書 上

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 その上、宰相・ラヴァーダは不在であり、彼の判断を仰ぐべく、アリアク城塞へ行けという。


 ――アリアクであれば、わざわざダーナまでの間を往復する必要もなかったではないか。

 クヴァシルは内心毒づいた。



 古来、同盟は君主同士の合意によって結ばれる契約である。


 合議制が整い、自国の王が飾り物の色合いを濃くしていたとしても、はじめに相手国主に面会してこその礼儀であった。


 この背の高い軍務省次官にとって、そのようなことは百も承知である。


 だが、彼の母国の命運は、風前の灯火ともしびなのだ。


 たとえ、隣国の騎馬民族との同盟締結に漕ぎつけたとしても、草原から戻る前に母国が潰えれば、それも空手形に終わる。


 1分1秒の遅れが取り返しのつかない事態になるのではないか――。


 ぬぐえぬような焦慮が、軍務次官のどこかに常に存在した。



 余命幾ばくもない母国――。


 そこから生じる危機感は、ダーナへの往路から如実に表れていた。


 クヴァシル率いるヴァナヘイム国使者一行は、草原の先にある首都までの道をとにかく急いだ。


 道中、ウルズ湖にてマス料理を堪能することなく、1,000万個もの煉瓦を用いて築かれたビフレスト水道橋を眺めることもなく、東へ東へと駒を進めた。


 国内では、ギャラール・エルドフリーム・ウルズなど街道沿い諸都市おいて、整備された逓送ていそう馬を余すところなく活用した。


 ブレギア領内に入っては、馬の行商人のように替え馬を引き連れては、次々とそれを乗り替えていった。


 その結果、旅程を大幅に短縮することに成功する。


 彼らは、ノーアトゥーン・ダーナ間1,100キロの道のりを、わずか15日で駆け抜けたのであった。



 クヴァシルは、ブレギアとの交渉だけが仕事ではなかった。


 総司令官に推挙したアルベルト=ミーミルから、彼は出国前に3つの依頼を受けていたのは、先述のとおりである。


 1つ目の依頼――正統な総司令官任命式の挙行――を見届けるや、2つ目の依頼――ブレギアとの同盟締結交渉――のため、彼はいま草原を東奔西走している。


 帰国後早々に、3つ目の依頼に取り掛からねばならず、彼は草原で悠長に乗馬をしている暇などないのだ。



 このように、クヴァシルは態度にこそ表さないものの、危機感を常に連れ歩いていた。


 そのため、クヴァシルは外交の形式ばった手順に不満を抱き、10日を費やすダーナ・アリアク間の道中に、ますます焦慮を募らせるのであった。




 それにしても、ブレギア国主の衰弱ぶりは目に余った。


 新聞紙面を飾り続けてきた「小覇王」との会見に、いくぶんかの緊張と期待をもって、クヴァシルは臨んだのであった。


 だが、彼の前に居たのは、玉座に座るのも大儀そうな病み衰えた中年であった。


 立ちはだかる敵を次々と粉砕し、武断で草原の国をまとめた英雄の面影など、どこにもなかった。


 ブレギア国主との会見後、ヴァナヘイム使者一行は、晩餐と称するには質素な夕餉ゆうげのもてなしを受けた。


 彼らはわずかなラム肉と馬乳酒を口に運びながら過ごしたが、そこには国主はおろか、その義弟すら姿を現さなかった。


 そのまま翌早朝、一行は見送られることなく、アリアクに向けて、ダーナを出立したのであった。



 積み重ねてきた両国の関係からも、現在の自国が置かれている境遇からも、歓待など期待できる立場ではなかったが、クヴァシルは一抹いちまつの失望を禁じえなかった。


 よもや、この国の宰相――眉目秀麗とされる貴婦人――も、見ると聞くとが大いに乖離してはいまいか――。


 アリアク城塞への道中、彼は焦慮を募らす一方で、不安も禁じ得ないのであった。





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この先も「航跡」は続いていきます。


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【予 告】

次回、「貴婦人 上」お楽しみに。

首都ダーナでは、「小覇王」義弟に歓待されなかったクヴァシルですが、アリアク城塞にて、「貴婦人」と面会を果たします。


使者来訪の情報が事前に伝わっていたのだろう。


ブレギア宰相・キアン=ラヴァーダ以下、

アリアク城主・ダグダ=ドネガル、

建国以来の宿将・アーマフ=バンブライ、クェルグ=ブイク、ベリック=ナトフランタル、

さらには草原の双璧・エヘ=ボルハン、ソルボル=ブルカンなど、


そうそうたる将軍たちが、城門に堵列とれつし、隣国からの使者一行を出迎えたのであった。

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