【8-2】炎暑 下

【第8章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429051123044

【地図】ヴァナヘイム国

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927859849819644

【組織図】帝国東征軍(略図)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927862185728682

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「閣下、お待ちください――」


 狭い室内に滞留した空気をかき回すかのように、第3連隊指揮官・エリウ=アトロン大佐が立ち上がった。


「――各隊がこれ以上散らばってしまっては、布陣の意味をなさなくなります」



 既に右翼各隊は、涼を求めて三々五々部隊を散開させていた。この日集められたのは、配置換えの命令を待つ、最後の指揮官たちであった。


 自分を含め、ここに集った者たちまで離散してしまえば、帝国軍の守りはいよいよ用をなさなくなる――このたくましくしなやかな体躯を持つ女連隊長は、それを危惧するのであった。


「では、この炎天下、貴官の隊は遮蔽物のない平原にとどまるか」

 ビレー中将は突き放すような口調で応じた。


 ゲイル=ミレド少将が、前に出た歯を光らせながら、それに追随する。

「ヴィムル河も干上がり、水の確保が難しくなってきている。日陰も飲水もない場所で、部隊展開を維持できると思うのか」


「しかし、ここでヴァナヘイム軍が動いた場合、我らは即応できなくなります」

 彼女のうなじに汗が流れた。


「敵が動くだと?」

 右翼の司令官は息を吐き捨てた。そこには嘲笑の成分が多く交じっている。


「この1カ月、あれだけ挑発しながら、まったく動かなかったヤツらが、この煮えたぎるような暑さのなか、何を好んで出てくるというのか」


「中将のおっしゃるとおりだ!斥候によれば、早々にヤツらも崖下に陣を移し終えているらしいではないか。それに……」


 ――暑い。


 窓を全開に明けていても、そよ風すら入って来る気配がない。


 ミレドの出っ歯による賢しら気な解説など聴く気にならず、レディ・アトロンは窓外を見つめた。


 彼女の視線の先では、光の屈折の演出による、灌木かんぼくと岩のダンスが続いていた。




 水と涼を求めて、帝国軍右翼各隊が平原に点在する林や山間に移動していく。


 それらの様子を、エリウ=アトロンとセラ=レイスは、遠くから見つめていた。


 先日まで雪解けの水を滔々とうとうとたたえていたのが嘘のように、ヴィムル河は茶褐色の地肌を陽光にさらしている。


「ここまで分散してしまっては、陣形も何もあったものではないな」

 焼けつくような暑さのなか、レディ・アトロンは馬上の姿勢を崩していない。


 先のおとり作戦の実施を勝ち取るべく、ブレギア産の名馬をビレー中将に献上してしまった。そのため、彼女が跨るのは、帝国東岸領産の小ぶりな軍馬である。


【6-14】囮作戦 1 引き金

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「いまもなお、我が軍の輸送隊に対し、ブレギアによる妨害は続いています。橋を架け直し、崩れた岩石を取り除き、道を確保しても、その先で襲撃を受けるのだとか」


 レディ・アトロンは、自嘲気味に笑いながら言い放つ。

「水不足に食糧不足か」


 照りつく日差しにレイスは目を細めた。彼は軍帽を忘れたことを後悔していた。トレードマークの紅髪は、その色のとおり燃えるような熱を帯びている。


「しかし、貴様まで私に付き合うこともないんだぞ」


「自分の隊は、大佐の支隊でありますから、どこまでもお供いたします」


「水の確保だけでも、往復10キロの道のりだが、大丈夫か」

 殊勝ではないか、といわんばかりに彼女は鼻を鳴らした。


 しかし、レイスは共鳴しなかった。部下たちのうらぶしを思うと、彼は素直に笑えないのであった。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


レディ・アトロンの懸念に賛同される方、

水汲み10キロ……レイスはトラフたちに怒られそうだと思った方、

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レディ・アトロンたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「撃ち方はじめ 上」お楽しみに。

ヴァナヘイム軍が、突如として潮のように押し寄せて来ます。


それまで潜んでいた谷底から、次々と這い出てきては、黒い塊となって平原に繰り出してくる。

数万の将兵軍馬の足音は、地鳴りのように響き渡り、帝国軍を圧倒した――。

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