【8-3】撃ち方はじめ 上

【第8章 登場人物】

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【組織図】帝国東征軍(略図)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927862185728682

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 ヴァナヘイム軍左翼が突然打って出てきたのは、7月20日未明のことだった。


 セラ=レイスとエリウ=アトロンの仕掛けたおとり作戦から1カ月――その間、帝国軍がどのように挑発しても微動だにしなかったヴァ軍が、突如としてうしおのように押し寄せて来たのである。


【6-19】足蹴 下 《第6章 終》

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 それまで潜んでいた谷底から、次々とい出てきては、黒い塊となって平原に繰り出してくる。


 数万の将兵軍馬の足音は、地鳴りのように響き渡り、帝国軍を圧倒した。


 平原に押し出してきたヴァナヘイム軍は、大きく1つの集団にまとまると、林や山裾やますそに点在していた帝国軍各隊に襲いかかっていく。


 薄茜色うすあかねいろの空の下、その動きはまるで大きな生き物のようであった。



 丸太で造った簡素な物見台の上から、レイス主従2人が前方を食い入るように見つめている。


「敵は、涼しい明け方に行動を起こしました」

 キイルタ=トラフが冷静に報告する。


 彼女の蒼みがかったつやのある黒髪は、いつも以上に緊張をもって後頭部にまとめられている。


「あの非の打ち所がない動きを見ろ……」

 大軍をここまで見事に操るとは――敵の若い指揮官の力量に、レイスは一人うなった。


 軍事の才能とは先天的なものであり、いかに勉学や訓練を積もうと、後天的には一定の水準以上まで高めることはできない。


 ありていに言えば、凡人は「秀才」止まりであり、「天才」の域に達することはできないのである。


 眼前で芸術のような部隊運動を見せつけられ、軍隊指揮という点に限っては、自らの才能が敵司令官のそれに及ばないことを、レイスは素直に悟った。



 水と涼を求めて本軍より最も離れていたゲイル=ミレド少将の部隊は、あっという間にヴァ軍に呑み込まれた。


 続いて、その近くに移転していた少将子飼いの将軍たちも、まだ眠りのなかにいたことだろう。なす術もなくすり潰されていく。


 とりわけ、敵先鋒の働きは目覚ましい。ひるがえる「二枚斧」の旗印からして、猛将・アルヴァ=オーズ中将の部隊だろうか。


 永らくおりに閉じ込められていた猛獣が、その鬱憤を一挙に晴らすかのような破壊力である。



 物見台の下でも、レイスの部下たちが不安げに前線を見つめている。


「完全に敵に読まれていたな」


「あぁ……ヤツらは、こちらがバラバラになるのを待っていたんだ」


「しかし、これはまずいですよぅ……」


「……」


「……」


「……」


 ニアム=レクレナ少尉の発言を最後に、全員が押し黙った。


 それは彼らに共通する不安だった。今朝はさすがに冗談を口にする者はいない。


 ――だが、うちの紅毛のは、無抵抗のまま恭順きょうじゅんを決め込むようなタマじゃあない。

 アシイン=ゴウラ少尉の想いもまた、彼らに共通するものだった。


 彼らがり所とするのは、太陽神ではなく、帝都の皇帝陛下でもなく、日頃憎まれ口をたたいている、紅毛の青年将校なのである。


 部下たちは物見台に立つ上官を一様に見上げた。美しい副官を従えた紅髪長身の指揮官は、両手を腰のベルトに当て前方をにらんでいる。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


セラ=レイスは、無抵抗のまま恭順を決め込むようなタマじゃあないと思われた方、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

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レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「撃ち方はじめ 下」お楽しみに。

レイス隊が6.5インチ野砲をもって、ヴァナヘイム軍に挑みます。


「同諸元にて、全門撃ち方はじめッ!」

遅いとばかりに、レイスは残りの砲門の発射を命じる。


足元から飛び出した何発目かの砲弾が、ヴァナヘイム軍の中に吸い込まれるようにして消えていった――。

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