【8-4】撃ち方はじめ 下

【第8章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429051123044

【組織図】帝国東征軍(略図)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927862185728682

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 7月20日未明、猛将・オーズ隊を切っ先としたヴァナヘイム軍が、帝国軍右翼各隊をすり潰していく。


 副官・キイルタ=トラフと共に物見台に立つセラ=レイスは、両手を腰のベルトに当て、その様子をにらんでいる。


 勢いに乗ったヴァナヘイム軍が、さらなる獲物――屠殺とさつ場で順番を待つ家畜のような帝国軍――に向けて、その刃を向けようとしたその時であった。


「距離2,800――発射準備整いましたッ」


「アトロン隊指揮所より、発射許可下りました!」


 階下より部下たちの声が響くや否や、紅毛の少佐は、前方を横切る敵に向けて右手を振りかざす。

「よし、試射はじめッ」


 レイス隊の所有する虎の子、6.5センチ野砲1門が火を噴いた。


 轟音と黒煙によって、瞬時に聴覚と視野を遮られる。


 各人の聴音機能はすぐに戻ったが、風がないため視界はなかなか晴れない。


 ゆっくりと煙が薄まっていくものの、夜が完全に明けきっていないこともあり、前方の様子を視認しにくい。



 砲煙の合間から見えるヴァナヘイム軍は、勢いを落としていなかった。


 初弾は敵を超えて着弾したようだ。


「仰角マイナス1!次弾装填そうてんいそげッ」


 広くもない物見台の過半を観測班が占めている。彼らからの報告をもとに、レイスが諸元修正を命じると、間を置かず第2弾、第3弾が前線に送り込まれていく。


 遠・遠・えぇんッ――観測班の叫び声からは、弾着点がなかなか目標物に近づかないことへの苛立ちが感じられる。



 さらなる修正弾が空に上がる。


「遠・遠・近ッ――夾叉きょうさッ」

 敵部隊を挟むようにして着弾が観測されたのは、何度も同じやり取りを繰り返した末のことだった。


「同諸元しょげんにて、全門撃ち方はじめッ!」

 遅いとばかりに、レイスは残りの砲門の発射を命じる。


 足元から飛び出した何発目かの砲弾が、ヴァナヘイム軍の中に吸い込まれるようにして消えていった。



「敵部隊に命中ッ」


 ヴァ軍のなかに、土砂と土煙が同時に上がる。レイス隊から歓声がこだます。ゴウラがガッツポーズし、レクレナが小さく飛び上がる。


 しかし、それも短い間であった。敵・オーズ隊は、相次いで落下する砲弾に側面を削られながらも、前進を止める気配すら見せない。


 前方の帝国兵は、見る間に撃ち減らされていく。


 ――あれはイノシシだな。

 舌打ちするレイスの目の前で、電話機がけたたましく鳴った。


 砲戦を予期して、受信ベルの音を最大にしていたのだった。それを忘れていた彼は思わずたじろぐ。冷静な副官・トラフも、灰色の瞳をやや大きく開いている。


 レイスは鼓動を抑えつつ受話器を外して耳に当てた。砲声のなか、女上司の沈着な声が鼓膜に届く。

「右翼はもう駄目だ。味方を一兵でも多く後方の本軍のもとに引き揚げさせ、態勢を立て直すぞ」


 物見台の足元では引き続き砲弾が撃ち出されている。轟音に負けぬよう、柱に備え付けられた送話器に向けて、レイスは声を張り上げる。

「……分かりましたッ。して、どのように!?」


 この青年将校は、どのような事態でも軍人らしからぬ直截ちょくせつ的な言葉を口にする。送話器先の上官は、思わず相好そうごうを崩したようだった。



 質問に対する回答は、やや間を置いてからもたらされた。


 周囲に鳴り響く爆音に消されることなく、受話口からレディ・アトロンのひときわ澄んだ声が、レイスの耳に流れ込んできたのである。








「我らがここで踏ん張り、味方が後退する時間を稼ぐ」






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


砲撃はまどろっこしい上に、なかなか当たらないなと思った方、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

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レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「兵士が生る樹 上」お楽しみに。


「おかしいですぅ、あたしたちの前の敵さんは、1万5,000人のはずぅ」


「少なく数えても3万近くはいるぞ」


「いきなり、2倍以上に増えましたか」


ニアム=レクレナ、アシイン=ゴウラ、アレン=カムハルは、地面にうつ伏せになり、土嚢どのうの間から小銃を構えていた。順番に軽口を吐いては、前方のヴァナヘイム軍に向けて発砲する。

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