【8-5】兵士が生る樹 上

【第8章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429051123044

【組織図】帝国東征軍(略図)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927862185728682

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 早々に撃破された前線の部隊から、泥と血にまみれた将兵たちが、こちらに向けて落ちのびてくる。


 撤退の手順を一通り確認すると、紅毛の将校は通話を切った。


「……」

 受話器を柱に戻したまま黙り込む上官の背中を、副官のトラフが静かに見つめていた。




 酷暑を避けようと、帝国軍右翼各隊は、イェロヴェリル平原に無秩序に散らばっていた。


 ヴァナヘイム軍は、彼らに組織的な反撃を試みる暇を与えなかった。


 帝国諸隊を次々と吞みこんだ雲霞うんかのごときヴァ軍は、続いてその触手をアトロン連隊に向けたのだった。


 セラ=レイスとその一党は、エリウ=アトロン率いる右翼第3連隊の支隊として、平原の只中に残っていた。


 そのため、奔流ほんりゅうのような敵の攻勢を、正面から叩きつけられる形になった。


 両隊合わせても兵力は2,000にも満たず、数において絶望的に劣勢である。



「歩兵、銃撃戦闘用意」

 セラ=レイスは物見台からリズムよく降りながら、麾下に敵部隊の迎撃を命じた。


 隣接して展開するレディ・アトロン直営隊においても、同じ喇叭ラッパの音が響いている。


 ――どのくらい、もつだろうか。

 塹壕ざんごう内に設けられた自隊の発令所に向かうべく、梯子に足をかけながらレイスは自問した。


 こちらの準備は整っていない。


 塹壕は6割程度しか完成しておらず、腰までしか隠れることができない箇所がそこかしこに見られた。炎天下、穴掘り作業は遅々として進まなかったのである。


 レイスの危惧などおかまいなしに、ヴァナヘイム軍は両隊の前に殺到する。たちまち銃弾の応酬が始まった。



「おかしいですぅ、あたしたちの前の敵さんは、1万5,000人のはずぅ」


「少なく数えても3万近くはいるぞ」


「いきなり、2倍以上に増えましたか」


 敵の陣営再編により、その数も変動していることは事前につかんでいたが、それでもアトロン連隊の前に展開するヴァ軍――アルヴァ=オーズ師団――は、せいぜい1万5,000と値踏みされていたのである。


 ところが、自分たちが相手をさせられているのは、夜が明けきらぬとはいえ、どう見積もっても3万は下らなそうだ。


「敵さんは、いったいどんな魔法を使ったのでしょう?」


「やつらは、自陣に閉じこもっている間に、兵士がる樹を育てていたのだろう」


「強い日差しの下、さぞや大きく育ったことでしょうな」


 ニアム=レクレナ、アシイン=ゴウラ、アレン=カムハルは、地面にうつ伏せになり、土嚢どのうの間から小銃を構えていた。順番に軽口を吐いては、前方のヴァナヘイム軍に向けて発砲する。


 レイス一党は、前日の昼から本日の朝まで、ろくに食事をとる暇もなく、守りの薄くなった個所への対応に追われまくっている。冗談でも言っていなければ、平静を保っていられなかった。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


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レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「兵士が生る樹 中」お楽しみに。


混戦に陥っても、女連隊長・エリウ=アトロンは冷静だった。サーベルを振り上げ、凛とした声で味方を叱咤する。

「うろたええるなッ!穴倉から這い出て来たモグラどもに、弾を馳走ちそうしてやれッ」

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