【8-6】兵士が生る樹 中

【第8章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429051123044

【組織図】帝国東征軍(略図)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927862185728682

====================



 渓谷から湧き出した雲霞うんかのごときヴァナヘイム軍は、帝国軍右翼諸隊を次々と吞みこみ、ついにアトロン連隊に迫った。


 混戦に陥っても、女連隊長・エリウ=アトロンは冷静だった。サーベルを振り上げ、りんとした声で味方を叱咤する。

「うろたええるなッ!穴倉からい出て来たモグラどもに、弾を馳走ちそうしてやれッ」


 レディ・アトロン指揮なす統制のとれた銃撃は、ヴァナヘイム軍の勢いをいなしていく。


 セラ=レイスは、壕内の発令所でその報告を聞くや、ただちに指示を出す。

「よし、いまだッ。砲兵、敵の鼻面を叩け!」


 絶妙なタイミングだった。


 アトロン連隊の銃弾によって推進力を殺がれたヴァ軍の頭上に、レイス支隊から射出された榴散弾りゅうさんだんが炸裂し、兵馬を効率よく殺傷していく。


 にわかに同支隊は活気づくが、

「むやみに戦線を拡大するなッ」

と、紅毛の上官の命を受けた伝令が、浅く狭い塹壕内を中腰で走り出し、打って出ようとする味方をたしなめていく。



 レイス隊が本部としている土中の掘立小屋に朝食のパンが届いた。


 レイスも図面をにらんだまま片手でそれを受け取る。同時に小屋全体が大きく揺れた。付近に敵の砲弾が落下したようだ。


 レイスは、天井から落ちてくる土埃つちぼこりを払うと、力強くパンをかじった。


 ――これでは、どちらが侵攻していたのか分からんな。

 彼の奥歯は、咀嚼そしゃくするたびに砂を噛む感覚を伝えてきた。




 30キロ後方に位置する帝国軍総司令部では、東征軍副将・リア=ルーカー以下幕僚たちが、各方面からの報告とその対応のために忙殺されていた。


 特に右翼・第1軍団各隊の混乱と被害は、筆舌に尽くしがたい状況であった。


 涼と水を求めて布陣を乱していたビレー中将、ミレド少将ほか各隊は、ずたずたに分断されている。


 ことにミレド麾下のいち部隊では、その8割を失うといった、惨憺さんたんたる有様を呈していた。


 こうなってしまった以上、帝国軍右翼は組織的な対応ができず、各個に反撃を試みるほかない。


 唯一、平原に展開しているアトロン連隊が、ヴァナヘイム軍に一矢を報いている模様である。



 さらに、帝国総司令部の混乱に拍車をかけたのは、ヴァ軍の兵数が事前の調査と合わないことである。


 敵左翼の主力・オーズ師団は、その数1万5,000と言われていた。


 もともと、ヴァナヘイム国最大の戦力ではあったものの、それが3万以上……軍団規模に膨張して、味方右翼を蹂躙じゅうりんしている。


【8-5】兵士が生る樹 上

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700427875025133






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


いよいよ、帝国軍の戦況は芳しくないな、と思われた方、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758


レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「兵士が生る樹 下」お楽しみに。


「敵は、どこの部隊を両翼に回したのだ……?」

ルーカーのこめかみから下がる鎖が、図上に力なく垂れている。


「『前面の敵が減った、もしくはいなくなった』という報告は、どの部隊からも届いておりません……」


それどころか、左右両翼すべての戦線において、敵兵力が増強されているという。報告を終えたフォウォレ=バロルの胸で、飾諸しょくしょが頼りなく揺れる――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る