【6-19】足蹴 下 《第6章 終》

【第6章 登場人物】

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 平原に誘い出された友軍が散々に叩かれると、ヴァナヘイム軍はこれまで以上に動かなくなった。ケルムト渓谷を利用して、守りという守りを固めてしまっている。


 感状の効果だろうか、右翼・第1軍団司令部より、アトロン連隊は作戦の継続を認められた。


 しかし、帝国軍がいくら姿をさらしても、ヴァ軍が渓谷から打って出るような気配は、まるで感じられない。


 かといって、これまでのように、ヴァ軍全体が葬式のような静寂に包まれているわけではないのだ。


 静まるどころか、陣営各所において、日の入りから日没まで、喚声が響きはじめたではないか。


 従前とは、明らかに様子が異なっていた。


 特に、谷底からヴァ軍が発する叫声は、地を振るわすほどである。この3日間は、それが途絶えることなく、アトロン連隊将兵の耳元にまで届いていた。



 エリウ=アトロンとセラ=レイスは、くつわを並べて前線の視察に赴いていた。両者とも、前面に広がるヴァナヘイム軍陣容を見据えたままである。


「敵左翼において全面的な動きがみられたのは1度だけだったか……そこに仕掛けられなかったのは心底悔やまれるな」


【6-16】囮作戦 3 信号弾

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 あの時、鳴動した山腹をレディ・アトロンが見やるも、そこにはヴァ軍兵馬の影はもはや確認できない。


「ええ……。あのタイミングで我が軍が全面攻勢に出ていれば、いまごろ王都ノーアトゥーンに帝国大帥旗が翻っていたことでしょう」



 この日も地中からの叫喚きょうかんが、2人の鼓膜を震わせている。


「……相当な訓練を課しているな、これは」


「おそらくは、兵士たちのなかに、事故死が生じるほどの規模です」


 敵将・アルヴァ=オーズ率いるヴァ軍第1師団も、山腹からケルムト渓谷内に分散配置され、連日激しい訓練を重ねているようだ。


 2人はそれぞれ馬首を廻らすと、自らの陣営に戻っていく。


 夏の訪れを告げるように、雲間からは時折、強い日差しが降り注いだ。


 レイスは目を細め、ヴァナヘイム陣営を振り返ったが、そこには、相変わらず喚声が響いていた。




 それから間もなくして、帝国軍は気候に悩まされはじめた。まだ6月の下旬だというのに、彼らの頭上に猛烈な日差しが降り注いだのである。


 平原に展開しているアトロン・レイス両隊においても、容赦ない暑さとまとわりつくような湿気から身を隠すすべがない。将兵たちは次々と病に倒れていった。


「これでは戦にならん。1度引き揚げようと思うが、どうだろうか」


「致し方ありませんな。ただ、ただ、気候をうらむのみ」


 若い主従は、お互いに相手がわずか数日でやつれたように感じた。



 アトロン・レイス両隊だけでなく、帝国各隊も暑気を避けるため、山中や林中に陣を移すことを検討し始めている。


 連日のように空は晴れ渡り、ヴィムル河を満たした雪解けの水も、急速にその量を減らしていった。先月までの大河が、今週には小川のようになり、河原の真ん中を心もとなく流れるだけになってしまった。


 帝国軍のなかには、水を求めて配置を動かさねばならない部隊も出てきている。



 一方、ヴァナヘイム軍は、相変わらず自陣にこもりつづけている。


 ただし、敵は暑くないのだろう。大規模訓練と思わしき喚声は、朝夕の時刻だけにとどまらず、日中も谷底から盛んに聞かれている。


 斥候によれば、山腹や丘上に構えていた布陣は、すべて谷底に移し終えたという。谷底であれば、水も涼も同時に確保できる。


「……一石二鳥というわけか」

 レイスは鼻を鳴らした。彼のつぶやきに、ヴァナヘイム軍は何の反応も示さなかった。




第6章 完

※第7章に続きます。



【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


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レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回からは、第7章「草原の国」が始まります。


ヴァナヘイム国からの使者が訪れたことで、騎馬民族国家ブレギアも、帝国・ヴァ国の戦争に巻き込まれていきます。

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