【6-18】足蹴 中

【第6章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700428954319651

【組織図】帝国東征軍(略図)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927862185728682

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 帝国軍が接収した村落のいち家屋内――右翼・第1軍団司令部では、東征軍・総司令部から派遣された使者が、通信筒を開き、感状を読み上げていた。


 感状とは、軍事面で特別な功労を果たした者に対し、上席がそれを評価・賞賛するために発給する文書のことである。


 エイグン=ビレー中将は軍帽を脱ぎ、禿げ上がった頭を下げて、他の幕僚たちとともに使者の言葉を拝聴している。やむなく、エリウ=アトロン大佐も上官にならった。


 この度の戦闘は小規模だったものの、突出してきたヴァナヘイム軍に対して、その指揮官以下のほとんどを討ち果たした戦果は大きい。この軍功は帝国軍記帳に永く記されることだろう――。


「ははッ。アトロン総司令官、そしてオーラム上級大将、ひいては皇帝陛下の御ため、これからも粉骨砕身、職責を全うする所存でございます」


 ビレーは小さな体をかがめて、必要以上に恭しく総司令官からの感状を受け取った。




 帝国軍総司令部からの使者が帰っていくと、再び軍帽で禿頭を隠した中将は、レディ・アトロンを呼び止めた。


 ――まだ怒鳴り足りないのだろうか。

 エリウは内心ため息をつきながら、上官の前に足を揃えた。


 ところが、先ほどまでの様子とは打って変わり、彼は上機嫌な様子で、次のとおり命じてきたのである。


 総司令部へ報告するため、ただちに今回の戦闘詳報を作成するように。それから、


「ワシがこの作戦を承認したことについて、強調しておくように」


 最後の一言は、この土地・この季節さながら、まとわりつくような湿り気を帯びていた。


 昨晩遅くまで、ミレド少将あたりと組み交わしたアルコールが残っているのだろう。その息は相変わらず酒臭い。


 先刻まであれほどわめき散らしておきながら、本人はまだ気が付いていないようだが。


 ズフタフ=アトロンは……父は、ような老人とはいえ、この東征軍総司令官である。


 その公的存在から感状を与えられたことは、戦後の所領取り分において、ビレー一派に有利に働くことだろう。




 レディ・アトロンは、自軍に静かに帰営した。


 従卒たちを下がらせると、彼女は1人指揮所の天幕に入った。時刻は深更に及んでおり、そこは無人であった。


 天幕内の中央、3つのテーブルを合わせた上に作戦図が広げられている。


 そこには、セラ=レイスと練り上げたおとり作戦――その成就後の様子が、駒の配置で表現されていた。



 テーブル上の戦場では、帝国軍の駒がヴァナヘイム軍のそれを圧倒している。


 現実の戦場では、すべてが不発に終わった。



 静まりかえる帝国軍右翼各隊にならうようにして、ヴァナヘイム軍主力も山の上へと戻っている。


「……」

 彼女は無言のまま、作戦図の前まで進んだ。


 そして、大きく息を吸い込みながら、軍靴の右足を上げると……。










 テーブルごと力まかせに蹴り飛ばした。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。

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レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「足蹴 下」お楽しみに。

いよいよ、第6章も最終話になります。


平原に展開しているアトロン・レイス両隊においても、容赦ない暑さとまとわりつくような湿気から身を隠すすべがない。将兵たちは次々と病に倒れていった。


「これでは戦にならん。1度引き揚げようと思うが、どうだろうか」

「致し方ありませんな。ただ、ただ、気候をうらむのみ」


若い主従は、お互いに相手がわずか数日でやつれたように感じた。

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