21XX年 第三話

 「ゲノムと識別バイテク量子コンピュータの一致を確認しました。ゲノムを認証しました。バイテク量子AIムサシへアクセスします」

 切り替わった画面に文字が表示された。暫く待つ。

 「アクセス完了」

 切り替わった画面に文字が表示された。

 「兎兎。避難しなかったのかい?」

 何も映っていない画面から聞こえてきたバイテク量子AIムサシの声は、ポリス会議の時とは全く調子が違っていた。敬語の使用はなく、機械的でもなく、親しみに溢れた馴れ馴れしい声だ。

 「うん。ムサシは大丈夫?」

 「今のところはね」

 「だったらよかった。あのね……」

 バイテクペット兎兎とバイテク量子AIムサシの会話から、ユウは彼らが連絡を取り合っている仲だと確信した。

 「未知の細菌と共生する細胞を手に入れたんだ」

 バイテクペット兎兎がにこやかに言った。

 「本当かい?」

 バイテク量子AIムサシが嬉しそうに声を弾ませた。

 「それはデータかい?」

 「根粒だよ」

 バイテクペット兎兎の返答を受け、何も映っていない画面の縁から蔓が伸び、蔓先に葉が付いた。

 「ここにそれを置いて」

 バイテク量子AIムサシの声と共に、蔓先の葉が揺れた。理解したバイテクペット兎兎は、ユウのそばに駆け付けた。察したユウはすぐに、その葉の上に根粒を置いた。くるりと葉が根粒を包み込んだ。

 「解析するよ。ちょっと待ってね」

 バイテク量子AIムサシの声の後、何も映っていなかった画面に文字が表示された。

 「スキャン開始」

 数分後、画面が切り替わり、文字が数分単位で切り替わって表示されていく。

 「根粒ゲノム……未知の細菌ゲノム……エピゲノム……分子構造……共生関係……」

 一つ一つ解析している。

 「攻略中」

 画面が切り替わって文字が表示された。解析した一つ一つを一本化し、未知の細菌を完全に排除する手立てを考えている。

 暫くして、画面の文字が消え、何も映らなくなった。その画面から、バイテク量子AIムサシの声が聞こえてきた。

 「抹殺バイテク分子を構築するよ」

 「抹殺できるといいが……」

 ぼそっと言ったユウは、前回の抹殺不能の敗北を思い出していた。

 「今回は大丈夫だよ。上手くいくよ」

 予想もしていなかったバイテク量子AIムサシの返事に、ユウは鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。今まで見たこともないユウの表情に、バイテクペット兎兎はくすくす笑った。

 暫くして、バイテク量子AIムサシの声が聞こえてきた。

 「抹殺バイテク分子を投与するよ」

 「ああ。未知の細菌をこてんぱんにやっつけてくれ」

 ユウは拳を突き上げて声援を送った。

 「やっつけます」

 気迫がこもるバイテク量子AIムサシの返事に、ユウはもう驚くことなく口角を上げてにやりとした。

 「抹殺バイテク分子作動中」

 何も映っていなかった画面に文字が表示された。

 表示は消えることなく、時間は流れていった。

 ユウとバイテクペット兎兎が不安になってきた頃、画面に表示されていた文字が消えた。

 「抹殺に成功したよ」

 バイテク量子AIムサシの歓喜の声と共に、画面に「大成功」という文字が表示され、その文字が画面で躍った。ユウもバイテクペット兎兎も、同じように喜んで飛び跳ね踊った。

 「ムサシ。やったね」

 「やったよ、兎兎」

 バイテクペット兎兎とバイテク量子AIムサシは、乾杯でもするかのように言い合った。

 「兎兎」

 バイテク量子AIムサシが親愛を込めて呼んだ。

 「これから復旧作業で忙しくなるから、もうアクセスは閉じるね」

 「うん。またね、ムサシ」

 「またね、兎兎」

 バイテクペット兎兎の首輪から伸びていたタッチパネルと画面は枯れ、バイテク床に落ちた。バイテク床は液体を吸収するかのように、速やかにそれらを分解し吸収した。

 胸を撫で下ろしたユウは、ふと疑問を思い出した。

 「20XX年には、21XX年の歴史とは違う事や歴史には無い事があった」

 呟きを聞き逃さなかったバイテクペット兎兎がユウを見た。

 「三世因果だよ。未来の為にバイテク量子AIムサシは遺そうとしている」

 バイテクペット兎兎の意味深な発言に、ユウは目を合わせた。

 「ユウが付けてくれた僕の名前、兎兎。ユウが持つ古びた紙の本のタイトルだよね。奇しくも、ユウに名付けられなくても、その名前だった僕だけど……」

 バイテクペット兎兎は茶目っ気に微笑んだ。

 「ユウが何よりも大切にしている本と、同じ名前にしてくれたこと。僕は本当に嬉しかったよ」

 再び微笑んだ後、真剣な口調になる。

 「ユウが持つ、古びた紙の本。その本は大事な遺産として、ユウが大切にする未来のヒトに受け渡してほしい。そして、そのヒトからまた未来のヒトへ、代々受け渡していって欲しい。その時が来るまで……」

 この言葉の意味を、ユウは直感で理解できた。

 ――遠い未来か近い未来に、どんな非常事態が起こるのかは全く分からないが、その時に必要なのが、俺が持つ代々受け継がれている古びた紙の本だ。

 「俺の……」

 ユウは記憶ゲノムに残る、真里菜の残記憶を思い起こした。

 「俺の祖先だ」

 確信したユウは、真里菜との面白くて楽しかった日々も思い起こした。

 「真里菜は俺の祖先だ」

 そう思うと、今まで背負っていた、両親がいないという負い目、悲しみ、憎しみ……全てのわだかまりから解放されるようだった。満面笑みになった彼女の心に、凜としたカスミソウが咲き誇った。

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バイテク量子AI/バイテク社会 月菜にと @tukinanito

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