21XX年 第二話

 「知的植物!」

 ユウは花托状の寝台で上半身を起こし、叫ぶように呼んだ。

 驚いたバイテクペット兎兎は、知的植物を見据えたまま、片方の耳をユウがいる背後に向け、もう片方の耳を知的植物に向けた。知的植物は何事かと、複葉をパラボラアンテナにした。

 「過去を変えることはできない。だが、今は変えられる。今を変えれば未来は変わる。それが三世因果だ。俺は兎兎と一緒に今を変える。だから、おまえたちも今を変えろ」

 ユウの言葉を聞き取った知的植物は、微動だにしなくなった。

 「おまえたちは己の持つ未知の細菌を使って、過去にはおまえたちの祖先が新種ウサギを根絶やしにし、今のおまえたちはヒトの根絶やしを企んでいる。なぜそのようなことをする?」

 知的植物に向かってユウは訊いた。

 「ヒトの歴史には戦争というものがあるからな。ヒトが平気でヒトを排除できるのだから、我々を排除することは、いとも簡単にやってのけるだろう」

 バイテクペット兎兎が、答える知的植物のシグナルを受け取り、ヒトの言葉に翻訳した。

 「もしかして、定期的に自然区域を調査している科学者たちに、おまえたちのことを発見されたか? それで、恐怖に感じて、俺たちヒトに先制攻撃を仕掛けているのか?」

 「そうだ」

 再びバイテクペット兎兎が、知的植物のシグナルをヒトの言葉に翻訳した。

 「ヒトには残酷な一面がある。だが、おまえたちの祖先を発見した美咲や遼や綾は、それを公表する意思はなかった。それに、今のヒトはもう戦争などしない。考え方は変った。ヒトはもうおまえたちのことを知っても、おまえたちに戦争をしかけて殺戮はしない。自然区域でおまえたちが、居住区域でヒトが、それぞれ共に生きて行こう!」

 呼掛けたユウは、この知的植物とネットワークで繋がっている全ての知的植物を意識していた。

 知的植物のパラボラアンテナにしていた複葉が解かれて開いた。動きはない。その様子は、考えているようでもあり、他の知的植物と会話しているようでもあった。

 暫くして、知的植物の複葉がパラボラアンテナになり、丸い花が揺れた。

 「わかった。わたしたちは共存に賭けよう。おまえたちに任せる」

 バイテクペット兎兎が知的植物のシグナルをヒトの言葉に翻訳した。その声は弾んでいた。

 「ありがとう」

 バイテクペット兎兎は知的植物に向かって微笑んだ。

 知的植物はゆっくりとユウに向かって蔓を伸ばし、その先端にある複葉を、握手を求めるかのように動かした。

 ユウは腕を伸ばし、手を開いた。

 複葉がユウの手に触れ、丸い花が揺れると、何かが手の平に落ちた。

 「共存の証だって」

 振り返ったバイテクペット兎兎がユウに伝えた。

 目を見開いたユウは、手の平に乗る根粒を見詰めた。

 「さようなら」

 翻訳したバイテクペット兎兎の声で、ユウは慌てて見遣った。シルエットがバイテク防護隔壁のひび割れから消えていく。

 「これが共存の証……」

 手の平に乗る根粒を握りしめたユウは、花托状の寝台から降り、ふらつく足取りながらも、花弁を支えにし、ゆっくりと花弁をかき分けて進んだ。花弁から出ると、閉じて蕾に戻った。

 ユウは単葉の上に置かれている、カスミソウの種という基本形の識別バイテク量子コンピュータを手に取ると、指示を出して帯状のブレスレットに分化させ、手首に巻き付けた。

 「カスミ……」

 指示を出そうとしたユウを、バイテクペット兎兎が遮った。

 「ユウ。ポリスとの通信はできないよ」

 思い出したとばかりに、ユウは慌てて聞いた。

 「ポリスバイテク建築樹木に居るヒトは……」

 「大丈夫だよ。まだ感染発症はしていない。でも、感染発症予測時間は、残り十八時間を切っているよ」

 「どうすればいい?」

 ユウはその場にへたった。まだ足に力が入りきらないのだ。困惑するようにユウは、バイテクペット兎兎と手の平にある根粒を交互に見た。

 「レンゲソウ。部屋の明かりを通常モードにせよ」

 バイテクペット兎兎が識別バイテク量子コンピュータに指示を出すと、昼の明かりになった。ユウは眩しそうに目を細めたが、バイテクペット兎兎は何ら変わらず識別バイテク量子コンピュータに指示を出した。

 「レンゲソウ。タッチパネルを出せ」

 指示通りに、識別バイテク量子コンピュータである首輪から蔓が伸び、蔓先に付いた葉が五インチのタッチパネルに分化した。

 「レンゲソウ。タッチパネルを眼前に設置」

 蔓が長く伸び、撓って、タッチパネルがバイテクペット兎兎の眼前にくる。それを長い耳の先で器用に触れ、入力していく。暫くその作業が続き、それが終わると、タッチパネルの縁から蔓が伸び、蔓先に付いた葉が二インチの画面に分化した。

 「レンゲソウ。バイテク量子AIムサシに直接アクセス」

 バイテクペット兎兎の発言に、ユウは顔色を変えて慌てた。だがすぐに、バイテクペット兎兎によって、記憶を書き換えられていた事と、記憶ゲノムにメッセージを組み込まれていた事を思い出し、バイテクペット兎兎の行動を見守ることにする。

 「声紋と識別バイテク量子コンピュータを認証しました」

 画面に文字が表示された。

 「ゲノム認証が必要です」

 切り替わった画面に文字が表示されると、画面の縁から蔓が伸び、蔓先がバイテクペット兎兎の地肌を刺した。

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