第三章 21XX年
21XX年 第一話
「ユウの帰還年月日は今日だ。でも、帰還時刻から既に二時間を超えている」
バイテクペット兎兎は気が気でないと、バイテクタイムトラベル装置の周りを歩き回っている。
「くそ」
悪態をついたバイテクペット兎兎の長い耳は感知していた。
「とうとうバイテク防護隔壁にひびが入る」
バイテクペット兎兎は苦虫を噛みつぶしたような顔付きで、バイテク防護隔壁を睨んだ。
「レンゲソウ。部屋の明かりを薄暗がりモードにせよ」
識別バイテク量子コンピュータに指示を出したバイテクペット兎兎は、バイテク防護隔壁に入ったひびを捉えた。
「そこからの侵入でよかったよ」
当て擦るバイテクペット兎兎は、シルエットがひび割れから流れ込むように侵入するのを捉えていた。
「この部屋には、絶対におまえを入れさせない」
振り返ったバイテクペット兎兎は、ユウが使用しているバイテクタイムトラベル装置を、抱き締めるように見詰めた後、攻撃姿勢になった。
「僕はユウの盾だ」
勇ましく飛び跳ねたバイテクペット兎兎は、シルエットに向かっていった。
鞭がバイテクペット兎兎を打った。だが、バイテクペット兎兎は既の所で、身を捻ってバク転し、後退していた。
「知的植物」
怒気の籠もる声を発したバイテクペット兎兎は、シルエットを睨み付けた。
ヒトのシルエットに見える知的植物の胴体は茎で、顔は花柄の先端にある丸い花だ。茎から伸びる蔓はヒトの腕に見え、その蔓の先端にある複葉は手に見える。胴体の茎は、バイテク防護隔壁のひび割れからバイテク壁を伝い、バイテク床を伝って伸びている。
「僕は戦いたくない」
バイテクペット兎兎は、ゆっくりと知的植物に近寄りながら、胸中を吐露した。自然区域の頂点に立つ知的植物とバイテクペット兎兎は、最初は敵対関係にあったが、いつしか分かり合えるようなり、友となっていたのだ。
だが、知的植物は自らの蔓を鞭のように扱い、バイテクペット兎兎を打った。
顔を傾けて躱したバイテクペット兎兎は、後足でバイテク床を蹴り上げると、丸い花を前足で打った。いや、躱された。その直後、花柄がバイテクペット兎兎の後足を捕えようとする。だが、バイテクペット兎兎はくるりと回転しながら、前足でその花柄を叩き飛ばした。刹那、打ってきた蔓が、バイテクペット兎兎の頭上を越え、バイテクタイムトラベル装置を打った。いや、すんでの所でバイテクペット兎兎が蔓を蹴り飛ばした。
「ユウが帰還した」
目を細めたバイテクペット兎兎は、バイテクタイムトラベル装置であるハスが、花開きかけたのを捉えていた。だが、ほっとしたのも束の間、数本の蔓が一斉に、バイテクタイムトラベル装置を打ってきた。
バイテクペット兎兎は打ってくる蔓を、前足や後足で跳ね返した。だが、一本の蔓がバイテクタイムトラベル装置に当たった。
ひやりとしたバイテクペット兎兎だったが、花開くハスの花弁によって、蔓は弾かれていた。花弁もかなりの強度なのだ。それに気付いた知的植物の動きが止まった。完全にハスが花開くのを待っている。
バイテクペット兎兎の目は知的植物の動向を注視しながら、長い耳は花開くハスとユウの動きを捉えている。
知的植物の蔓が動いた。
バイテクペット兎兎はバイテク床を蹴って飛び跳ねた。
「兎兎」
花開いた花托状の寝台で横になっているユウが叫んだ。
ユウの上空で、蔓に横腹を打たれたバイテクペット兎兎は、バイテク床に倒れた。ユウを庇ったのだ。
「兎兎。大丈夫か?」
「ユウ。こっちに来るな!」
制したバイテクペット兎兎の長い耳は、花托状の寝台で起き上がろうとするユウを捉えていた。
「知的植物。ユウに手を出すなら、僕は本気で行くぞ」
四肢を立てたバイテクペット兎兎は、知的植物を睨み据えた。
――真里菜の推測が当たった。
ユウはバイテクペット兎兎が呼掛けた名前を耳にしてほくそ笑んだ。真里菜から耳打ちされた内容を思い出したからだ。
「犬の死骸に入っていた記憶ゲノムは知的植物よ。完璧なネットワークを持つ知的植物は、ルーツを知ったユウのそばに必ず現れる。だから、その知的植物から、未知の細菌との共生を制御しているタンパク質を手に入れることが出来たなら、未知の細菌の変異を止め、未知の細菌を駆除する手立てが見つかるはずよ」
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