20XX年 第二十七話

 「ここはどこだ?」

 目を覚ましたユウは辺りを窺った。

 「真里菜の執務室だ」

 朝ぼらけの窓外を見遣り、急いで腕時計を確かめる。

 「帰還時刻はとうに過ぎている。どういうことだ?」

 ソファから立ち上がったユウは、ベッドを窺った。真里菜もクローン兎兎もまだぐっすり眠っている。

 「どういうことだ? どうすればいい?」

 ソファに座ったユウは拳を握った。パニック状態にならないように自らを律する。

 「落ち着いて考えろ。大丈夫。大丈夫だ。これも時間の自浄作用の一つだ。帰還時刻がちょっとずれているだけだ。帰還できる。絶対に帰還できる。落ち着こう」

 ユウはバイテクペット兎兎を思い出し、気持ちを落ち着かせようとした。

 「僕の心はずっとユウのそばにいるよ」

 ――空耳?

 バイテクペット兎兎の声が聞こえてきたように感じたユウは、周囲を見回した。だが、何も変わっていない。

 「俺は兎兎のそばに帰りたい」

 ユウの目に薄っすらと涙が浮かんだ。

 「ユウ。なぜ僕がいつも同じ過去の年月日に行って、同じルートを辿っていたのか……」

 再びバイテクペット兎兎の声が聞こえてきたように感じたユウは、この時代に到着する時に見ていた夢を全て思い出した。

 「あれは夢じゃない。兎兎からのメッセージだ」

 認識したユウは、ちらりとベッドを窺った。真里菜とクローン兎兎はまだ眠っている。

 「遺伝子は現在と過去を繋ぎ、未来にも繋がっていく。この綾の言葉通りに、兎兎のゲノムが、バイテクタイムトラベル装置の路だった。全ての基本はゲノム。生物が進化を遂げるのも、様々な種を派生させるのもゲノム。全てはゲノムによって繋がり、ゲノムは時空を繋げる。時空の繋がりは、記憶クローニングで試験的に使用された人工遺伝子が感冒によって変異した、その遺伝子によって不死になった兎兎のゲノムだった。クローン兎兎とバイテクペット兎兎は同一。だから、オリジナルの兎兎の遺伝子が組み込まれているバイテク量子AIムサシは、兎兎のゲノムと繋がることができ、記憶ゲノムバイテクタイムシンは生まれた。バイテク量子AIムサシの後に、陸続と作られたバイテク量子AIも皆同じだ」

 ユウはソファにもたれて目を瞑る。

 「あのような異常事態で任務を受けた俺を心配して、兎兎は俺にメッセージを残した。俺の記憶を書き換えた時と同じ要領で、記憶ゲノムに情報がインプットされるシステムを利用し、兎兎はメッセージを組み込んだ。その行為は、俺の記憶を書き換えたことを、俺に知られてしまうことが分かっていながら……」

 ユウはバイテクペット兎兎を想った。

 「ユウ。もし帰還できないという緊急事態が起こった時には、僕を信じて。ユウの記憶ゲノムを、僕の記憶ゲノムに繋げて。記憶ゲノムは心だよ」

 ユウの記憶ゲノムに組み込まれたメッセージ、バイテクペット兎兎の声が聞こえてきた。

 ユウの心は温かいもので一杯になった。

 「俺の帰りを待つ君の心に、君のそばへ帰ろうとする俺の心を合わせることによって、バイテクタイムトラベル装置の路は開く。兎兎。俺はもう繋げているぞ。俺と君の心は一体だ」

 ユウは心の中で叫んだ。

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