0・プロローグ
主様が本を読んでおられます。椅子に座り足を組み、真剣な凛々しいお顔で本を見つめています。
私は主様の読書の邪魔にならぬよう、離れたところから主様を見守っています。
主様が本のページをめくる音だけが、小さく聞こえてきます。
主様が手に持つ本の残りのページが少なくなって来ました。クライマックスからエンディング、というところでしょうか。
私は主様の読後の一服のために、紅茶の準備を始めます。ポットのお湯を沸騰直前まで再加熱。
主様が本を閉じてテーブルに本をそっと置きます。ほう、と息を吐いてテーブルの上の本の表紙をそっと撫で、目を閉じています。今、読み終えた物語を思い返しているのでしょう。満足したお顔です。
「……崩壊する世界を、手を取り合い歩み続ける少年と少女……、奇を衒うところは無かったが、シンプルに絶望の中から希望を探す。その希望を繋いだ手の先に見い出す、か……」
主様が顔を私に向けます。
「お茶を1杯」
「はい、ただいま」
紅茶を淹れ主様に捧げます。主様はジャムで甘くした紅茶を一口飲みまして、
「さて、地上の方はどうなっている?」
「生物の数はずいぶんと減りました」
「人は?」
「残っているのは1432人です。ほとんどが病人ですね」
「ふむ……、文明の終わりとは寂しいものだね」
「まるで祭りの後のようですね」
形在るものはやがて消え、命あるものはやがて死ぬ。それは虫も魚も鳥も人も逃れ得ぬ運命。文明もまた、興っては滅ぶもの。太陽もまた、いずれは燃え尽き消えるもの。
主様と主様に創られた私=私達は億年、兆年と生きられますが、それでも遠い遠い未来の果てには死を迎えることとなるでしょう。
主様は椅子に深く腰掛けたまま、テーブルの上の本を取り、差し出します。
「書庫に戻しておいて」
「はい」
「これで読むべきものは無くなったかな」
「これが最後の1巻です。第5文明の本で主様が未読のものは、もうありません」
「そうか」
「読み返すものはありますか?」
「いや、いいよ」
主様が紅茶を飲み干します。本を読み終え、紅茶を飲み終えれば、主様を引き止めるものは何もありません。
「私は眠ることにするよ」
「畏まりました。時しきの寝台の用意を致します」
私の分体に思念通信、主様がお眠りになられます。寝台の準備を始めるように。
分体の時しきの寝台担当班から、了解との返事。
主様を見れば少し困った顔をされています。
私が首を傾げると主様が応えます。
「そんなに悲しそうな顔はしないで欲しいんだが」
「私=私達は主様のために存在します。その主様がお眠りになり、こうして会うこと、話をすることもできぬとなれば、寂しいです」
正直に答えます。眠りにつけば次に主様が起きるまで、主様のお側にいられませんから。
主様がチョイチョイと手招きするので主様の近くへと。
主様が指し示すところ、椅子に座る主様の足下に床にペタンと座ります。
主様が手を伸ばして私の頭に手を乗せます。暖かな手が優しく私の頭を右に左にと、慈しむように動きます。
おぉ、主様の頭ナデナデです。ご褒美です。その心地よさに顔が緩みます。至福です。うっとり。
分体から思念通信。
『リーダー、主様からのご褒美はすぐに共通感覚で全体へと伝えるべきです』
むー、邪魔をしないで欲しいです。独り占めする気は無いのですから。分体へ思念通信。
『現在作業中の分体の邪魔にならないように配慮しています。共通記憶に保存するので各自、後ほど思い返すようにしなさい』
分体達が了解と応えるものの、何人かはリアルタイムで共感しようとアクセスしてきます。私=私達、ちゃんと仕事しなさい。
あぁ、主様の頭ナデナデ、気持ちいい。
私がうっとりしていると主様が微笑みます。
「寂しい思いをさせるのは悪いけれど、頼むよ」
「はい、全て私=私達にお任せください」
椅子に座る主様のお顔を見上げて、その手の心地好さに身を委ねます。
私=私達の造り主。愛しき主様の為に。
私=私達も、地球も、そこに生きる物も、これ全て主様のもの。
主様の為に生まれ、主様の為に生き、主様の為に死を。天地の狭間に在るものを。世界から産み出される形無きものに、文字という言霊を与えて。産まれ出ずるは物語。
そのための私=私達。
ではまた始めましょう。
「全ては主様の楽しみのために」
――さぁ、物語をつくりましょう――
物語のつくりかた 八重垣ケイシ @NOMAR
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