第一話◇主様、おやすみなさい


 私の分体が主様の衣服を脱がせます。主様の裸身に見蕩れそうになるのを堪えて、指で主様の御体に術式の紋様を描きます。

 このとき絵筆などという無粋なものは使いません。指で稀星石の粉末を混ぜた塗料をすくい、主様の御体に指で触れて印を描いていきます。

 くじ引きで勝った印お絵描き係りの分体が、顔を赤らめてハァハァしながら主様の御体に触れています。

 むぅ、うらやましい。後で私も共通記憶から思い出してハァハァすることにしましょう。

 全身に淡く光る印を薄衣のように纏い、裸身の主様が時しきの寝台の上に立ちます。


「それじゃ、あとは頼んだよ」

「「はい、主様。おやすみなさいませ」」


 私=私達が一同、声を揃えて主様に就寝のご挨拶を。

 時しきの寝台から青い霊液が湧き主様の御体へと登っていきます。立ったまま宙に浮く主様は青い霊液に包まれた繭のようになります。


「各自、就寝作業、恙無つつがなく」


 私の指示で分体が次の作業に移ります。

 銀星石の板がフワリと浮かび、主様を守るように囲み、連結し、組み木細工のようにカチリと音を立てて嵌まります。

 分体が遠隔操作で時しきの寝台を組み上げます。銀石板が青い霊薬に包まれる主様のお姿を、包み隠していきます。次に主様のお顔を見られるのは、遥か先。寂しく感じながらも、館の封印作業を開始します。

 お眠りになる主様の邪魔にならぬよう、主様を守る12層の封印の作動を順に開始。


「時しきの寝台、完成しました」

「では全員、館の外へ」


 私=私達で館を囲み、出入り口はひとつを残して残り全てのを封鎖します。


「時間への干渉を開始します」


 私=私達全員で同調干渉、時間の流れを改変し封印の内側は時の進みが遅くなるようにします。12層の封印が1層ごとに回転し自転。1層ごとに時間流を変動、段階的に内側の封印層の時間流を緩やかに。これにより地上で2048時間の時が過ぎても主様の居られる中心は1時間となります。

 主様が1時間眠っておられる間に、地球では85日と7時間少々の時が過ぎるというわけですね。

 主様の眠りを妨げること無きよう、しっかりと閉ざして鍵をかけます。


「瑠璃の館、封印作業、滞りなく終わりました」


 誰もたどり着けない筈の瑠璃の館。しかし、過去の文明では精神感応の高い者が夢に見たのか、瑠璃の家とか、るりいえ、とか人に呼ばれたことがあります。

 地上の人にもたまには感覚の鋭い者が生まれるということですね。


 では、その地上の方は。


「人の数は1332人まで減少しました」

「もはや文明の再編は不可能でしょう。浄化作業に入ります」


 浄化作業とは野焼きのようなものです。地上を全て焼き清めて綺麗にします。

 地上に残る数少ない動物、植物は灰になり、その灰が次の地上の生命の養分となります。

 地球の空気の層を変化させて、太陽の光で地上を焼いて清めていきます。

 極点の北極、南極には少しばかり過去のものが残りますが、それもまた良いでしょう。南極で狂気山脈などと呼ばれるものが残ったりするのは、ご愛敬というもの。


 重力に干渉し、衛星軌道上にあるものを地上に落とします。

 かつての人類はずいぶんと調子に乗って、ズカンバコンと打ち上げたものですね。大量に浮く人工衛星とデブリを全部地上に落として、軌道上を綺麗にお掃除します。

 要領としては煤払いと同じですね。


「主様の夢と地球のコアを繋ぎます」


 超越した生命体であるところの主様。眠る主様のお力を分けていただき、疲弊した地球の活力を癒していきます。

 主様の夢を通して、地球がもとの姿をゆっくりと思い出してゆきます。

 浄化作業により全ての生命が死滅した地上。かつての生命の残骸が土へと返ります。生きる者がいない世界とは、ずいぶんと静かなものです。


「分体は各自、装備を整えてかつての文明の跡を掃除して下さい」


 私の分体がスコップやツルハシにホウキとモップなどを担いで地上へと移動します。


「残した方がおもしろそうなものについては、各自の判断に任せます」


 過去の文明の謎遺跡とは、ときにロマンとなるようですので、こういうのは少し残しておきます。


 主様の夢に繋がった地球のコアが、疲弊した活力を取り戻して元気になっていきます。畑と同じで、地上の生物のために養分と資源が枯渇した状態になっているので、地球も寝かせてゆっくりと休ませます。

 地球さん、お疲れさまです。

 ゆっくりと休んで御体を回復させて下さい。

 これが休墾期、というわけですね。


 この状態で五千年ほど放っておけば生命が誕生します。


 この生命が新しく誕生するまでは、私達はわりとヒマになります。

 地上を掃除して土を混ぜたり海をかき混ぜたり。

 瑠璃の館の回り、かつての文明の書物が眠る図書館の掃除などしつつ、次の文明の本を集めるための新しい図書館を建築したり、次の準備などをして時を待ちます。


 主様は、死を越える眠りの中、夢見るままに待ちいたります。

 

 

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