第二話◇進化の枝葉を整えて


 海中に生命が誕生します。増えて進化して、やがて地上へとその支配域を広げていきます。ゆっくりと。

 今のところは順調、順調。

 産めよ、増やせよ、地に満ちよ、です。

 頑張りすぎて、尖った進化をして行き止まりに嵌まって絶滅する種など、見てると可愛らしいものです。


 分体が交代して地上を監視。主様の館も異常は無し。

 こうして地上が賑やかになっていくと、私=私達の仕事が増えて行きます。


「リーダー」

「はい?」

「これを見て下さい」

「……うわぁ」


 やりましたね生命、やっちゃいましたね。

 分体の見せた映像、そこにはずいぶんと大きなものがいます。大きさは30フィテというところでしょうか。

 全身に体毛の生えた4本足、背中には羽毛の生えた翼、長い尻尾、額には角。

 異常進化した生物がいます。進化を頑張り過ぎてます。


「この巨体で翼がありますか」

「補助的なもののようです。重力を操作する能力を獲得していますね」

「ということは物理法則に干渉できる力を得ましたか」


 その巨大生物は大型爬虫類を食べています。その巨体に比べたら小さいのですが、地上の他の生物と比較すると大型の爬虫類を仕留めて、モグモグと食べてます。

 現時点で地上の覇者の雰囲気を醸し出しています。

 分体がその巨大生物を分析しています。


「第3文明の空想上の生物、ドラゴンに似ていますね」

「確かドラゴンは鱗が生えてましたね。これは哺乳類か鳥類ベースのようで体毛が生えています。そうですね、これを有毛ドラゴンと呼称しましょうか」


 生物とは生き残る物。

 地球を大きな揺りかごと例えるならば、このように進化するのが本来の生物の在り方なのでしょう。やがて地球という揺りかごから、宇宙という外の世界へと旅立つために。

 この個体が増えて進化すれば、やがては自力で成層圏を飛び出して、真空に耐えて、宇宙で生きる種族となる可能性があります。それぐらいのポテンシャルを秘めています。

 地球という巣から飛び立ち、星々を渡るものへと。

 その進化の果てには、生物を超越した主様のようになる個体が誕生するかもしれませんね。

 しかし、それはよくありません。私=私達と主様の目的には添いません。

 個体で強く、大きく、生きることに苦悩が無い生物は、知恵を発達させるのが遅いのです。

 だってそんなもの無くても強ければ生きていけますから。

 群れで簡単なコミュニケーションをとっても、それで言葉を発達させることは無く、文字を発明する必要がありません。

 個体が強ければ、生きるのに社会も文明も必要としません。

 これはおもしろく無いです。


「リーダー、こちらも」

「あら、まぁ」


 こちらは黄色の巨大な鉱石です。宙にフワフワと浮いています。

 いったい何が起きましたか。どんな進化をしちゃいましたか。


「鉱物生命体ですか」

「六角柱状の結晶ですが、太陽光を取り込み内部で演算を行っています。知性へと発達しそうです」

「太陽光ですか。それでは何も食べなくても生きていけると」

「光さえ浴びれば活動できるようです。今はまだ浮いて風任せに移動してるだけですが」


 これはまた妙なものが誕生したものです。


 何も食べない生物というのもよくありません。生きるのに苦労が少ないということは、それを克服するための知恵も工夫も発達しないからです。

 独自の文明を発達させる可能性はありますが、それもまた他の生物との関わりの薄い、おもしろみの無いものです。他の生き物を殺して食らう必要が無い。鉱物であれば他の生き物に襲われることも少ないでしょう。

 闘争の無い平和な種へと進化する可能性が高いです。

 生きるための苦悩が多い種で無ければ、そこに感情を昂らせることは無く、おもしろい物語をつくりませんし。


「分体で班を組み、有毛ドラゴンと鉱物生命体を絶滅させて下さい。せっかく生まれたところですが、彼らは必要ありません」


 進化というのは樹に例えられます。進化の系統樹。命の樹。

 この樹の余計な枝葉を伐採するのも私達の仕事です。目的に添わない進化の枝葉は、早めに刈り取らないといけません。

 盆栽のように要らないものは切り落として、望む形へと整えます。

 しかし、手を出しすぎてはいけません。自然の状態が美しいのです。ここのさじ加減が難しいのです。


「サンプルで捕獲するのはオスとメス1体ずつで」

「鉱物生命体は性別が無いようですが?」

「彼らはどうやって増えるのでしょうか? その辺りも調べてみるとしましょう。とりあえず2体捕獲して、地上からは退場していただきましょう」


 捕獲したサンプルは図書館の中の資料保管庫に、時間停止してしまっておきましょう。

 主様が見たら喜ぶかもしれません。


 こうして極端な進化で強力な種、進化の果てに地球を飛び立つ可能性を持つ生物は、見つけしだい絶滅させていきます。

 こうすることで弱く小さな種が地上に大量に種々様々に増えていきます。

 知性を高度に発達させ過ぎる可能性のある種も、この時点で滅ぼしておきます。

 外宇宙まで飛べるような宇宙船を作られては、貴重な地球の資源を他所に持ってかれてしまいますからね。

 ちょっと頑張ったところで太陽系の外には行けないくらいが調度良いのです。


 地上に、海中に、様々な生物が増えて、その中から知性の萌芽が見えてきた種が現れたところで、次に移ります。


「そろそろ氷河期にしましょうか」


 過去の文明では氷河期が巨大隕石で起きた、という分析をした者がいましたね。

 氷河期を起こす為の施設、それを役目を終えた後で解体した跡地を、巨大隕石のクレーターとか言ってましたっけ。

「地上を観察しつつ、全て死滅しないように気をつけて、徐々に気温を下げてください」


 空が曇り地上が雪に覆われていきます。

 地球が雪と氷の白い羽衣を纏います。


 この氷河期というのがなかなか便利なものです。ここで地上に生き残る生物は3通り。

 ひとつは単純な構造の身体で寒さに強いもの。虫に一部の植物。

 ふたつめは毛皮や脂肪で寒さに対抗する進化を得るもの。この急激な進化を獲得できなければ絶滅します。

 みっつめ、最後のひとつにして目的の種。

 火を起こして暖を得るもの。

 他の生物の毛皮を剥ぎ、その毛皮にくるまって暖を得るもの。

 火と道具の使い方を覚えた者が生き残ります。

 知能が発達し原始的な社会が産まれます。

 既に骨器、石器の使用にこぎ着けた人の原形種が、知恵と工夫を凝らさなければ生き残れない時代へと。

 この氷河期が人の原始社会を後押ししていきます。

 生命の危機の中、困難に立ち向かうことで発明と工夫が産まれます。生き残る為に知恵を絞らねばならない環境、これで格段に知能が発達します。


「この地域はもうすこし温度を下げて過酷に。こちらはやり過ぎましたね。少し緩めて下さい」


 調整しながら全滅しないようにします。しかし、頑張って火を絶やさぬ燃料の確保、食料の確保を行わないところは生き残れないようにします。

 群れとしてのしぶとさ、強さが無いところは死滅します。寒さに凍えて身を寄せ会うことで、互いに信頼し、協力し会う関係が育まれます。

 これで群れの中で役割が生まれ社会ができていきます。助け合いの精神です。友情、家族愛の原型が育まれていきます。

 群れの役に立たない個体は、追放されるか殺されて食料になります。

 政治や法の原型が生まれていきます。

 タフで無ければ生きていけない。仲間のことを考えない者は生きていく資格が無い。群れの邪魔となれば処刑か追放を。

 群れの決まり事ができていきます。


 かなりの生物が寒さに凍えて死んでいくなか、洞窟の中に住む人が洞窟の壁に壁画を描きました。

 ようやく芸術の第一歩に踏み込んだのです。

 それは親が子に獲物の狩り方を教えるもの。追い込む者と仕留める者の役割を、絵で分かりやすく教えるためのものでした。

 洞窟の壁を石で削り、草木の汁や煤で描いた人の狩りの絵。

 この文明で初めての絵画、初めての壁絵、芸術が産声を上げました。

 素朴で単純でありながら力強い壁画です。


「私=私達、お疲れさまです」


 私=私達は交代で環境を調整し、ときには獲物になりそうな生物種の誘導などしていました。寒い地上に出て獣を追い回したりなど。人が絶滅せぬようにと手を出して。これで食料と毛皮を得て全滅を免れた人の群れもいます。

 リーダーとして分体を労います。分体からもお互いの苦労を讃える声が上がります。


 壁画を映像に納めて保管します。この文明の初めての絵画の誕生日を祝い、私達もささやかなバースディパーティをおこないます。

 ひとつ前の第五文明のお祝いの料理を再現して、私達は壁画を眺めながら料理とお酒を楽しみます。


 さて、明日からは氷河期を緩めていきましょうか。


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