第三話◇文字が産まれたとき
過去の文明の人達はなかなかユニークでした。
昆虫から進化した外骨格の人類。鳥から進化した有翼人類。猿から進化した哺乳類の人類。イルカから進化した海洋哺乳類の人類。トカゲから進化した爬虫類の人類。
さて今回の新しい人は?
「ハムスター、ですか?」
「齧歯類ですね」
「これはまた可愛らしい人類ですね」
「ネズミというよりは、ハムスターかリスのような顔つきですね」
「体毛は短くなっていますね」
「服を着るようになると、体毛や鱗は無くなっていきますから。それにしては顔はけっこうフワフワしてますね」
「身長は1、3フィテ。これまでの人類に比べてやや小型ですか」
「ですが脳の皺は多く、表面積はこれまでの人類よりも大きいです」
直立して毛皮をまとった八頭身のハムスター達が、槍と弓で鹿を追い回しています。声を掛け合って狩りをしています。
氷河期は終わり雪は溶けて、地上は暖かくなりました。木が増えて森が広がり、大地は草花に覆われていきます。
獣も増えて活動できる地域の増えたハムスター人類は、あちこちで増えていきます。
新たな人類は原始的な農耕を始めています。
「毛並みは白に明るい茶色に橙色の3種ですね」
「怪奇ネズミ男、のように進化したら絶滅させてやりなおそうかと考えてましたけど、これならいいですね。他に人に進化した種は?」
「いませんね。このハムスター人類だけです。今回は羊もいいところまでいきましたが、火を獲得できずに氷河期で滅んでいます」
「ではこのハムスター人類の文明の発展を見守っていくとしましょう」
ここから先は過去の文明とは大きく変化は無いようです。道具の工夫をして、家を作り、畑を作り、原始的な村は少しずつ大きくなっていきます。
ときにはハムスター人類同士で戦ったりもしてます。私達はなるべく手を出さないようにしますが、人類同士の戦いであれば、負けた方が全滅しないように逃がしてやったりします。
なるべく目立たぬようにコッソリと。
負けた方は生き抜くために、次は勝つために、更に知恵と工夫を凝らして道具を発達させていきます。
狩りのための槍、木を切る斧から同じ人類と戦うための剣を作ります。材質も石から青銅、鉄、鋼など進歩していきます。
あとは宗教ですね。
どうにもならない自然の驚異に何を見るのか、吹き荒れる嵐や成長する草木に何を見いだすのか。
自然を理解しようと、どうにかしようと考えて、大自然に人格を当て嵌めて、天候を操る超越者の存在を想像していきます。
津波、地震、雪崩、落雷、大雨、干魃、自然の災害が人の命を奪うものと考えて、ならば先に命を捧げれば自然の怒りは納まるという考えに辿り着きます。
宗教的な儀式に生け贄はつきものですね。
「偉大なる太陽の神よ! 誉れ高き戦士の心臓を捧げます! お受け取り下さい!」
ハムスター人類の村。宗教的指導者が生け贄の青年の胸を切り開きます。酒と薬で酔っているのか、青年は太陽の神の名を叫びながら陶酔しているようです。
「太陽の神よ! 我が一族に繁栄を!」
宗教的指導者が青年の心臓を抉り出し、高く掲げます。その身体は青年の血で赤く染まっています。
宗教的指導者は金の壺に青年の心臓を納め、儀式のために集まったハムスター人類は、生け贄の青年と太陽の神を讃える歌を唄います。
胸を切り開かれた青年は、目を見開いて絶命しています。
神と人の物語が彼らの中に産まれ、息を吹き込まれ、伝えられていきます。
社会の中から物語が産まれ、人は物語にすがって生きていきます。
原始宗教、ありとあらゆる物語の原典。そして後の時代の物語の土台が着々と作られていきます。
死んだ生け贄の青年に近づく者がいます。どうやら女のようです。その女は目から涙を流しながら、横たわる青年の顔に手を伸ばし、瞼を閉ざしています。
女は泣きながら青年の顔に自分の顔を擦りつけて、青年の名前を呼んでいるようです。
涙声で青年の勇気を讃え、死んだ青年の頬に口づけをしています。
「……太陽の神よ、私の愛する戦士の魂に、天の安らぎを……」
恋人のようですね。
「……太陽の神のおわす地にて、いつか、夫婦と結ばれますように……」
悲恋の物語が誕生したようです。
ここまで整った儀式を行える社会を獲得できたならば、少しだけ囁くとしましょう。
この群れの宗教的指導者の夢にリンクします。脳と精神が壊れないように気をつけて。
『文字を見いだし、文字を綴り、神の名と神の教えを、後世に、子孫に伝えよ』
こうしておけば文字ができるのも早まりますし、文化の発展が加速します。
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