第5話



「やめろっ、とまれ!!!!!」


 叫ぶ。

 ゾンビの意識を僕に向けるために。

 実戦で初めて使うこの力が失敗しても、奴らが純さんのところに向かうのを阻止するために。

 もう、失いたくない。後悔したくない。





        * * *





 叫んでも遅いと、思った。また、自分のせいで失くしてしまうのに馬鹿な奴って嗤ってやろうとした。

 けど、それを嘲笑うかのように、ゾンビが石化した。


 どうして

 なんで

 お前が、その力を持ってんだよ








         * * *







 浅井が引き継ぐ力、石化の能力。

 その目に映した者を石化させる。ゾンビ、生きた人に関わらず。だから、コントロールするのに集中する必要がいる。

 上手くゾンビのみを石化させられた。固まっている間に壊していく。


 暮人たちは何が起こったのか分からず放心している。後で全部説明しないと。

 純さんとルスは、僕と一緒に壊している。




「なんで、てめぇがその力使えるんだよっ」



 そう言ったのは、鬼のような形相をした茅君だった。

 彼は僕が、石化の能力を使えないと思っていたみたい。


 茅君は僕に向かってきた。

 その間に入ったのは、純さんだった。

 彼女は、茅君に向かって銃を発砲した。


 茅君は、口の中から血を吹き出し倒れ死んだ。



「皆様、ゲームは終了です。勝者は、白。生き残ったのは、渡来蒼大、江波真衣、市ヶ谷仁乃、姫倉純、浅井九十九。おめでとうございます。」



 ルスは、そういうと深く頭を下げた。


「終わった、の?」


 真衣さんが、そう言って座り込む。


「おい、ピエロ。お前が知っていること、全て話せ。もう、おわったんだろ」


 暮人がルスに、掴みかかった。蒼大君も、暮人の言葉にうなずいている。まぁ、そうなるだろうね。


「そのつもりだ。だけど、先に外に出るぞ。」


 ルスは、敬語を止め言った。

 彼が、敬うのは主人である澪だけ。僕にも一応敬語ではあるが、馬鹿にされている気しかしない。


 僕たち、六人はようやくゲームから解放され外に出た。


「ごめんね」


 友達になりたかった少年に、最期に謝って。










         * * *










 外は、月明かりだけが照らす時刻だった。

 出迎えたのは、軍服を着た人たちと、政府の人間だった。

 彼らは、僕を見ると一礼した。


「九十九様が参加されたいるなんて、聞いていませんでした。知っていたら、やめたのに。ピエロ、どうして報告しなかった。」


 彼らは、僕がいたこと知らなかったのか。ルスが隠していたのか。大方お父さんが、黙っているように言ったのだろう。

 ルスに睨みかける彼らに、


「彼は、関係ありませんよ。それより、もう帰ってもいいですか。彼らには、僕が説明します。」


 と。言った。


「しかし、貴方様を煩わすわけには」


「僕は、構いません。いいですよね。」


 これ以上、何か言われる前に言う。

 彼らは、九家の次期当主である僕に反論することなんてできない。それを分かっているから言ったのだ。


 僕は、暮人たちを連れ、迎えに来ていた車に乗り僕の家に行った。


 家に行くと、使用人が出迎えた。お父さんは、仕事でしばらく留守にしているらしい。それを聞いてほっとした。もし、会ったら何か言われていただろうから。


 暮人たちを客間に案内する。

 テーブルを囲うように、僕の右隣に純さん、左にるす。純さんの隣に仁乃さん。僕の向かいに暮人、その隣に蒼大君、真衣さんと、座った。



 全てを話したのは、ルスだった。









          * * *











 この世界は、表と裏の二つ存在する。

 表は、普通のなんともない世界

 裏は、ゾンビの存在する世界


 ゾンビは、はるか昔から存在し隠されていた。


 その昔、特別な力を持つ女性がいた。

 彼女の持つ力は六つ。

 石化

 人形使い

 動力操作 

 気候操作

 腐敗

 そして、ゾンビを操る力


 その時代は、まだゾンビの存在が隠されておらず人々を恐怖させていた時代。だから、彼女の力は救いで異物の対象であった。

 彼女には、五人の従者がいた。国籍は様々だったが、彼らは彼女を主とし仕えた。

 彼女たちは、ゾンビから人々を守るために戦った。

 終わりの見えない戦い。終息なんてしなかった。


 特別な力を持っているといえ、彼女は人間。彼女は、病に侵され息を引き取った。

 死ぬ間際彼女は、五人の従者に叶えられなっかた願いを託す。


「どうか、ゾンビから人々を守って欲しい」


 と。

 彼女は、己の力を彼らに与えた。

 石化・人形使い・動力操作・気候操作・腐敗 の五つの能力

 彼女に残った、最も危険な能力・ゾンビを、ひいては人間すらも操れる精神操作。これは、誰にも渡さず彼女と共に消えた。


 残された従者は、ゾンビから人々を守るために人間とゾンビそれぞれの領域を決めた。巨大な壁を作りそこからゾンビが入ってこないようにした。そして、長い年月をかけてゾンビの存在を忘れさせた。

 今の世界はこうしてできた。


 五人の従者は九家と呼ばれる、ゾンビと戦うための一族を作った。

 自分たちと何も知らない高い身体能力のみを持つ四人で構成された九家。

 九家は、組織を立ち上げ通称軍を設立した。

 軍は、ゾンビと戦い、奴らを調べたいる。

 組織は、ゾンビと戦う人間を作るための箱庭を組み立てた。それが、九十九たちが巻き込まれたゲームだった。

 特定の国で行われおり、選ばれるのは親を亡くしたり、素行の悪いこの社会から突然消えても誰も分からない子供たち。このゲームに生き残った者のみ軍の人間となる。それ以外の者が待つものは、死、だ。


 生き残れて、軍人になったとしても待っているのはゾンビとの戦いの日々。死の恐怖といつも隣りあわせとなる。加えて、この世界からいなくなったものとされるのだ。さすがに、生まれなかったことにするのはできないので、死んだことにされて平和な表世界と隔離される。

 待っているのは、地獄だ。




 ルスが真実を語り終わると、三人は何も言えず黙った。

 沈黙を破ったのは、純さんだった。


「暮人、真衣、蒼大には軍に入ってもらう。もう、今までの世界では生きられない」


「それで、ゾンビと戦うために生きろって?」


 純さんの言葉を奪い暮人が怒りを込めていった。


「お前らずっと、知ってたんだろ。自分たちだけ生き残れるって思ってたのか?」


「言えませんよ、そんなこと。それに、ゲームに参加したら扱いは同じです。例外はない。」


 暮人の問いに答えたには、ルスだった。


 例外何て無かった。市ヶ谷家の令嬢、仁乃さんや、純さんだって何度も危険に巻き込まれてきた。それは、三人も知っている。


「暮人、蒼大君、真衣さん、僕は九家の一つ、それも特別な力を持つ浅井家の次期当主だよ。」


 僕は、自分のこと、打ち明けた。

 浅井の持つ力のこと

 澪とのこと

 記憶が無かったこと

 澪との約束、「ゾンビのいない世界」それを破るつもりはないこと


「図々しいことは分かってる。けど、僕はその約束を叶えるとき一緒にいるのは、暮人たちがいい。僕は、この世界から逃げられない。逃げずに戦う。一緒に戦って欲しい。仲間だから、友達、だから。絶対にそんな世界、作るから、駄目、かな」


 最後は、弱弱しくなったけど暮人たちの目を逸らさず言った。それだけ彼らのこと手放したくないから。僕の知らないところで居なくなって欲しくなくて


 蒼大君、真衣さん、そして怒っていた暮人も驚いた表情をした。


「ふふ、私たちの王にそんなこと言われては嫌、何て言えませんね。私は、九十九君の描く未来を見てみたいです。」


 真衣さんが言ってくれた。

 蒼大君も、


「駄目なんて、俺たちは、友達だろ。もっと頼れよ九十九」


 と、言ってくれた。


「ありがとう」


 二人の言葉がうれしくて思わず笑みが零れる。感謝してもしてきれない。僕の身勝手で危険な道に引きずり込んでしまうから。


「もし、軍に何てならないっていたら俺はどうなるんだ?」


 暮人が問うたのは、あえて言わなかったことだ。

 僕は、決して暮人の目を逸らさずに言った。


「殺される。この話は、生き残った人に軍になる前提で話される。もし断ったり、逃げだしたりしたら、即処分される。」


 何人かそういう人を見たことがある。ゾンビとの戦いに嫌になり、けど死ねこともできない人が逃げ出す。すぐに捕まって多くの者の前で殺されるのだ。見せしめに。もし、逃げたら同じようになるというかのように。

 ただ、このことはこの時点では教えられない。軍に入ってその光景を目の当たりにして知るのだ。自分たちは戦いを止めて逃げることなんてできないのだと。


「そうか」


「僕の願いなんて聞かなくてもいい。けど、軍に入ることを拒まないで、逃げ出そうとしないで。僕はたとえそこが地獄の中でも皆に生きて欲しいから」


「お前は、本当に残酷だな。地獄の中で生きるか、死ねか選択させるなんて。……俺は、生きたい。けど、地獄の中で何て生きたくない。だから九十九、お前の下についてやる。九十九の言う世界を俺に見せろ。だから、速く偉くなれよ。あんまり待たせると俺が世界を変えるからな。」


 少し照れくさそうに暮人が言った。

 それを聞いて僕は、思わず笑みが零れた。


「市ヶ谷様は、これからどうなさるのですか?」


 ルスが市ヶ谷さんに問う。


「貴女は、知ってるんでしょう?私はもう帰る場所はない。異能を持たない私はいらない存在だから、軍に入るしかない。」


 市ヶ谷さんんが言った意味を知るルスは黙る。


「どういう意味?帰る場所が無いって」


 真衣さんが問う。


「そのままの意味よ。私は死んでも生きていてもどちらでもいいから、生きているならこの世界のためになれってこと。親に、家に、捨てられてるの、生まれた時から」


 僕は生まれながらに能力持ちだった。だから、彼女のことは分からない。純さんなら分かるかと思って彼女の方を見ると、静かにお茶を飲んでいた。

 僕の視線にきずいた純さんが、笑いかける。


「どの家でもあることよ。市ヶ谷家はそれが顕著なだけ。」


「純さんもそうでしょう。私と同じ無能力者、いらない子」


 市ヶ谷さんが棘を含み言い放つ。それに対し、純さんはクスリと嘲笑った。


「確かに私は何の能力も持っていない。けど、捨てられてはいない。私には、私の役割があるもの・・・けど、仁乃ちゃんはそうじゃないでしょう?自由。確かに、その自由には制約がある。でも、その中であなたがそう生きようか、誰かに何かいわれはないはずでよ」


「私には、それが無いから羨ましい」そう零す、純さん。さっきの嘲笑は、純さん自身へのものか


「そう。・・・私皆についていくわ。何をすべきか答えが見つかるまで」


 そういう市ヶ谷さんは、吹っ切れたように笑った。


 その後、朝日が昇るのを待ち蒼大、真衣さん、仁乃さんそして、暮人は、軍の本拠地へと行った。本当は、僕もついていきたかったが、暮人によって断られた。

 曰く、「俺らに着いていって無駄な時間を使うな。早く理想の世界を創って見せろ、九十九」 だ、そうだ。

 その後、蒼大にこっそり教えてもらった。別れが辛くならないように一緒に来て欲しくなかったと。それを聞いて笑った。暮人は、本当に不器用で優しい人だと。





 一週間後、僕は純さんと共に澪が眠る部屋にいた。

 寝ているが成長は止まっていないようで、そこにいるのは僕の知っている澪ではなく、十代後半の少女がいた。

 日に当たることのない肌は雪みたいに真っ白で、艶やかな豊かな黒髪はベッドの上で波打っている。見ていて気付く姉妹だと。顔の形が純さんと澪、似ている。

 眩しいくらいの笑顔、僕を写すことのない瞳に泣き出しそうになる。それを堪えて、澪のそばにより、髪をなでる。

 よくやっていた、澪の髪が好きで頭を撫でていたのだ。


「どうして、純さんは僕に近づいたの?」


 ずっと思っていたこと。

 茅君が僕を憎んでいると、言っていたけど彼女はそれを否定していた。なら、どうして。

 僕は真っ直ぐ純さんを見る。

 彼女は、澪を見、そして僕の方に向きなおる


「澪が、いつもあなたのこと話していたのですよ。今日は九十九様とこんなことをした、こんな話をした。たわいもないことを細かく。澪は全身で九十九様が大好きだと語っていた。だから、こんなことになって驚きました。九十九様を待つためにいたところで、ゾンビに襲われるなんて」


「ごめん。僕が澪の変化に気づいていなかったから」


「謝らないでください。運が悪かったんです。」


 僕の固く握った拳に、そっと手をとって優しく微笑みかける。


「知りたかったんです。あの子の大切な人がどんな人なのか。だから、同じ学校に入りました。年齢を偽って」


「私、十八歳なんですよ」そう言う彼女はいたずらっ子のように笑いかけた。


「貴女は、澪のこと何も覚えていなかった。九十九様にとって澪はその程度の存在だったんだと思いました。けど、違いました。九十九様は、何も知らなかった。澪のことも、この世界のことも、覚えていなかった。けど、それは、私にとって都合がよかった。九十九様のことを知ることができましたから。澪が、九十九様が好きな理由分かりました。」


 澪を見てそう言う純さん。


「それで、純さんはこれから僕から離れていくの?」


 思わず口に出してしまった言葉。それに、純さんも驚いたように僕を見た。そして、困ったように微笑む。


「離れる、とは少し違うと思いますけど。そうですね。そもそも私は、九十九様のそばにいてはいけない存在なんです。私は、私のすべきことをします。九十九様の傍にはいられないかもしれませんが、貴方の目指す世界を応援しています。そういう意味では、暮人君や、真衣達と一緒ですね」


 違う、全然違う。


「嫌だ。僕は、純さんには近くで見ていて欲しい。」


 離れないで欲しい

 傍にいて欲しい

 暮人たちは、軍として繫がるしかなかった。僕にも、暮人たちにもお互いその選択しかない立場だったから。けど、彼女は少し違う。いや、僕が嫌なんだ。離れて欲しくない。これは、我儘。絶対に離してやるもんか。


「無理、ですよ」


「無理じゃない。どんな手を使ってでも純さんが僕から離れていくのは阻止する。」


 告白や、プロポーズにも似た言葉に純の顔が赤く染まる。が、九十九はそれに気づかない。


 もう、失わない。僕の知らないところで居なくなって欲しくない。


「純さんの気持ちが知りたい」


「私は、・・・私も貴方の行く末を一番近いところで見たい。澪よりも近くで。だから、私を傍においてくれませんか」


「本当?よかった」


 ほっとする。嫌だ、って言われたらどうしようって思った。


「ねぇ、純さん僕、あのゲームの最中に手紙を見つけたんだ」


「手紙?」


 そう問いかけに頷く。

 ルスにも、暮人たちにも言えなかったこと。ゲームの参加者、生き残って軍人となった誰かが書いた手紙。

 あれには世界のこと、そしてゲームの詳細が書かれていた。あの手紙は書き主のできた反抗だ。それがバレればその人は、最悪殺されるだろう。だからその手紙の内容は、言わない。純さんにも。


「内容は言えないけど、それを読んであんなゲームのシステムを変えたいと思った。あんな沢山の人を犠牲にしてまでやることじゃない」


「そうですね」


「そのためにも、僕は浅井の当主になる。これは、宣言だよ」


 頷く純さん。


「私から、覚悟ができた九十九様に一つ。澪が目を覚ます見込みがあるそうです。」


 澪が、目を覚ます?


「それ、本当!?」


「はい。医者が言っていました。いつかは分からないけど、また澪と会えるんです」


 それを聞いてほっとする。もう、二度と会えないと思っていたから。


「じゃあ、頑張らないとね」


 もう一度、澪の髪を撫でる。


 しばらく、澪の髪を撫でてから部屋を出た。

 廊下を歩いていると、斜め後ろで一緒に歩いていた純さんが歩みを止めた。僕も、それに合わせて、止まる。


 純さんは、一度深く息を吸うと


「貴方の進む道は茨の道です。それでも、行きますか?」


 と、真剣な面持ちで聞いてきた。

 僕は、安心させるように笑って見せる。


「構わないよ。どんな道でも。僕は、僕のために運命に抗うんだ」


 これが、僕の答え。


 約束がまだ、果たされていない。それを、果たしにいく。

 僕自身のために、

 約束した澪のためのに、

 僕のために一緒に闘ってくれると言ってくれた暮人たちのために、

 そして、傍にいてくれると言ってくれた純さんのために、




 約束を、未完成のままにしない

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未完成の約束 クロレ @kurore

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