『知らぬが仏』

 『石ころ』を読み終えた僕は自分の鼓動が速くなっているのに気付いた。僕はこの話を知っていたのだ。というよりこの場面にいた。

 僕は8年前の今日。2012年1月31日木曜日。僕はあいつに、斎藤に会いに行ったのだ。斎藤が転校してから僕も学校ではずっと一人だった。だから久しぶりに会おうと思い、僕は学校をずる休みして、斎藤が通っているという学校に向かった。そして、校門の前で待ち伏せした。しかし、予想外のことに誰かと一緒にいた。正直、僕はあいつに友達が出来ているとは思ってなかったのでショックだった。だが、2人が別れた所で後ろから脅かしてやろうと思い、隠れつつ、ついて行った。そして、衝撃の事実が発覚した。なんとそのまま別れずに、隣で歩いている奴の家に入って行ったのだ。そこまで仲の良い友人を作れるなんてあいつらしくないと思ったが、ここまで来たからには必ず再会しようと心に誓った。

 僕は団地にあった公園のブランコに乗りながら、ずっと斎藤が入って行った部屋を監視していた。しかし、日が暮れ、19時を過ぎても全く部屋を出てくる気配がなかった。まさか、一緒に泊まるほど仲の良い友人だと言うのか。僕はこの事実に打ち拉がれ、余計に孤独を感じる羽目になった。

 この日からと言うもの僕は友人を徹底的に作らないようにした。そもそも、僕と分かり合える人の方が少ない上、仲良くなっても結局孤独を感じることになるからだ。なら、最初から孤独を貫いた方が良い。

 しかし、この話を読んで気が変わった。僕は1人ではなかった。斎藤も僕のことを唯一仲の良い幼馴染みと思っていてくれた。この日、ラストを除けば僕が見た限り本当の話だ。一人称で書いてあると言うことは店主の孫が斎藤なのか。僕はすぐに確かめたくなった。僕は『奇奇怪怪短編集』を片手にアパートを飛び出した。

 いつもの古本屋の前に到着した。ここの営業時間は夜20時までだ。ギリギリセーフだった。まだシャッターは開いたままで中も明るかった。

 僕は店の中に駆け込んだ。そして、奥の会計台まで一直線に走った。しかし、店主はいなかった。その代わり、会計台の横に黒いマントを羽織った若い男がいた。しかも『奇奇怪怪短編集』を読んでいる。

「君、ここの店主どこにいるか知らない?」

「ああ、俺のおじいちゃんのことね」

「君が……ってことはお前、斎藤か?」

「斎藤くんじゃないよ。前田だよ。君読んだろ?」

その男は僕の片手にある『奇奇怪怪短編集』を指差した。

「前田って……」

「じーちゃん余計なことしてくれたなあ」

「は?」

「無許可でコピーしやがって」

「これ、君が書いた小説なんだろ。斎藤とは今も知り合いなのか?」

「君は斎藤くんとはどういう関係で?」

「幼馴染みで親友だ。長い間会っていない」

「そうだったのか。そりゃ悪いことしたね」

「何が?」

「ん?ここに書いてある通り、斎藤くんは小5で石ころになったきりだよ。僕の自宅に今もある」

「ふざけるな。それこそ斎藤に、小説に登場させる許可取ったのか?」

「石ころに許可取れってか?それにこれは小説じゃない」

「どういうことだ」

「強いて言えば日記かな。俺の趣味」

「日記?」

「これ使って書いた日記」

前田は自分の懐の中からゴーグルを取り出した。

「これね、『人生VRゴーグル』っていうおもちゃ。日付けと名前を設定すれば人の人生覗き見できる。ってか覗き見どころかその人の心情なんかも体験できる」

「ふざけるのもいい加減にしろ。まず、店主はどこに行ったんだ」

「え?ここにいるじゃん」

前田は会計台の上を指差した。そこには雑な顔が描かれた石があった。僕は怒りが爆発しそうだった。どこまでふざければ気が済むんだ。話にならないので僕は一旦帰ろうと思った。

「おい、ちょっと待てよ」前田が言った。

「なんだ?」

「申し訳ないけど、君も逃さないよ」そう言うと、前田は何かを構えた。「世の中、知らなくて良いことの方が多い」

次の瞬間、シャッターの音が聞こえた。僕の視界が暗転した。


『2020年、1月31日、金曜日、20時、岸海斗』



 

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奇奇怪怪短編集 シミュラークル @58jwsi59

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