『石ころ』

 帰り道は好きじゃない。僕には友達がいないから家に帰るまでの時間が退屈で退屈でしょうがない。だから、僕は道端に落ちている石ころを蹴りながら歩いて帰る。たとえ一つの石ころを家の前まで蹴り続けることができても、特に達成感はない。

 ひどい大雨で、空が習字で使う墨汁みたいに染まっていたある日。僕は学校で事件に遭遇した。なんと、前の席の前田くんが話しかけてきたのだ。これまで一度も話したことがなかったのに。事件も事件。大事件だ。

 僕はこの小学校に入ってから2年間、誰とも話したことがなかった。僕の父親は転勤族で、僕が小3の時に引っ越したのだ。当然、唯一仲の良かった幼馴染みとも離れ離れになり、この学校にも馴染めず、退屈な日々を過ごしていた。

 前田くんは5時間目の終わり。給食を食べて少しして、まぶたが重くなってきた頃。突然後ろを振り向いて話しかけてきた。

「なあ今日の放課後、俺の家で一緒に遊ばない?」

僕は前田くんがこちらを向いて、口を動かしているのがわかった。が、意味もなく、風で窓が軋む音に耳を澄ませていたためにその言葉まではわからなかった。そもそも、僕に話しかけているのだとは夢にも思わなかった。

「おーい。斎藤。聞いてる?」

「え?僕?」

「そーだよ。斎藤って言ったら2組にお前しかいないじゃないか」

「ああ……」

僕は一瞬言葉に詰まったが、僕に話しかけるぐらいだから、何か大事な用があるのだろう。

「消しゴム忘れたの?ふたつ持ってるから、貸してあげるよ」

「そんなこと言ってねーよ。放課後、俺の家で遊ばないかって聞いてんの」

「なんで?」

「いやー今日は暇でさ。いつも遊んでる奴らが今日は遊べないみたいなんだ」

「そうなんだ……」

「今日は無理そう?」

「いやいや、行ける行ける!」

僕は食い気味に答えた。なんてったって同い年の子と2年ぶりに遊べるのだ。学校が終わったら直で前田くんの家に行くことになった。はじめて退屈じゃない帰り道を味わえそうだ。

 キーンコーンカーンコーンと6時間目終了のチャイムが鳴った。帰りの会が終わって、僕たちは下駄箱へ向かった。

 僕が上履きを脱いで、靴に持ち替えると前田くんが近づいてきた。

「斎藤の靴。なんかつま先の方がやけにボロボロじゃないか?」

「あっほんとだ」

いつも石ころを蹴っていたせいか少し欠けてしまっていた。僕は前田くんにこのことを伝えた。

「へー。石ころは好きなの?」

「別に好きじゃないかな。いつもの帰り道の退屈しのぎで蹴ってるだけだから」

「そうなんだ」

その時、前田くんの口に少し笑みが溢れたような気がした。

 その後、前田くんの家までおしゃべりをしながら向かった。僕があまりにも同じ小学校の人と話さないものだから、前田くんの噂話はどれも新鮮に聞こえた。中でも気になったのは月一で学校から行方不明者が出ているという話だ。2年間も同じ小学校に居て、こんなことを知らない僕は自分でもちょっとまずいなと思ったが、なんでも月末にいなくなるという規則性があるようだった。そんな話を聞きながら歩いていると、誰かに後ろをつけられているような感じがした。後ろを振り向いても誰もいなかったので、気のせいだろう。前田くんには言わなかった。そして、前田くんの家があると言う団地に着いた。

 前田くんの家のドアの前まで来た。前田くんが鍵を開けて、どうぞと僕を先に中に入らせてくれた。

「お邪魔します。お母さんとかいないの?」

「いないよ」

すると前田くんがこっちと言って、1番奥の部屋に僕を案内してくれた。

 僕が先に中へ入ると前田くんは、「ちょっと待ってて」と言ってどこかへ行ってしまった。僕は部屋を見渡した。あまり大きい部屋なわけではないが、部屋の両脇には漫画本がずらりと並んでいる。でも、ひとつおかしなのは机の上に奇妙な石ころが並んでいることだ。なぜかひとつひとつにクレヨンかなんかで顔が描かれていた。さらに何かが書かれたメモ用紙がそれぞれの石の下に敷かれていた。近づいて、石からはみ出した紙の部分を見てみると、数字や人の名前の一部が見えた。不思議に思って、石を持ち上げようとした時。廊下から前田くんの足音がしたので、慌てて元の場所に座った。

「お待たせー」

「うん。何を持ってきたの?」

「これ?これはね、『石ころゲッター』っていうおもちゃだよ」

「へーどうやって遊ぶの?」

「こうやるんだ」

前田くんは僕の方に向かってそのおもちゃを向けた。すると、カメラのようなパシャっという音と共に眩い光が放たれた。僕は思わず目を瞑ってしまった。


『2012年、1月31日、木曜日、斎藤風間』






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