異界地区の魔法士

第1話 聖リルデヴェール学園



─昔々のお話よ。

 海の真ん中に、突然不思議な島が現れたの。

 人間たちは驚いて、その島を探索した。

 その島には恐ろしい魔物がいっぱい。

 もちろん人間たちは、異界地区と名付けたその島を恐れたわ。

 だけど勇敢な五人の人間が、異界地区の神リルデヴェールと見事に契約を交わして不思議な力を得たの。

 それが魔法の始まり。そして彼らが始まりの五人の魔導士。

 人間たちは魔法を使って、異界地区に更なる発展をもたらした。

 めでたし、めでたし─


じゃ、ないのよね。

だってそこにいた魔物たちは?

人間たちが来る前からいた、魔物たちは?

いい、畏れを知らない人間たちはね、


─あろうことか、魔法の力で魔物たちを迫害して。

 二十年に及ぶ戦争の末、遂に魔物たちを辺境に追いやって。

 異界地区を支配したの。

 そして我らが神リルデヴェールは、この結末を嘆いて姿を消した。

 こんなはずではなかったのに、と。

 あなたたち人間に与えた力は、決して、争うためではなかったのに、と。

 たったひとり残された、最後の魔導士にそう言い残して─


忘れてはいけない。

忘れないで、この伝説を。

あなたは人間だけど、この伝説のような、愚かな人間にはならないで。

忘れないで、私の愛し子─。






「ミツルさまっ!見えて来ましたよ!」

車の窓から吹き込む風が、相棒の少女の白髪を揺らす。白い分厚いコートに、くるくるの白髪を高く結った全体的に真っ白な少女は、唯一青い大きな瞳を期待に輝かせている。

「へえ、一大事業というだけあって随分金のかかってそうな学校だな」

窓から遠くに見えるのは、純白に塗られた建物群。

今月から俺が通うことになる、聖リルデヴェール学園である。

「そんなお話は止めてください、ミツルさま。まるでお城のような、素敵な学園じゃあありませんか!」

相棒の少女─リルは、楽しみで仕方ないというように窓に齧り付いている。

「…俺だって、ヴィタリー先輩の命令じゃなきゃなぁ」

もうちょっと、明るい気分でいられるんだけど。

『目的地マデ後十分デス』

無人運転のアナウンスがそう告げた。




ここは異界地区。海のど真ん中にこの不思議な島が突如出現してから、およそ100年。

島の中央には、学園よりよっぽど雰囲気のある由緒正しいお城がそびえ立ち、島の入り口側の半分は人間たちの都が、島の反対側には追いやられた魔物たちの町がある。

そしてここは4地区と呼ばれる、丁度人間の土地から魔物の土地への境界の場所だ。

聖リルデヴェール学園のある場所は、4地区の中でも魔物の土地に最も近く、境界壁ぎりぎりの場所にある。実習とかで魔物の土地に行くこともあるだろうから、そのための配慮なのだろう。

境界壁─人の土地と魔物の土地を分け隔てる魔力結界─は、ここからも良く見える。馬鹿みたいに高く、長く、島を横断する真っ黒な壁。魔物の土地である6地区、7地区、8地区、9地区はあの向こう側にある。もちろん、一般人は異界省の認可なしには壁を越えられない。

…ちなみに俺、ミツル=カラードは、この異界地区の人間たちの安全を守る仕事をしている。魔法を学び、異界地区の理を学び、人々の平和を守る魔法使い─魔法士。要するに異界地区の警察のようなものだ。

俺が聖リルデヴェール学園に入学することになったのも、魔法士としての仕事ゆえだ。それというのも、あの横暴な先輩が─。




「やあミツルくん。中等学校卒業おめでとう。早速だが次のミッションだ」

1地区の区役所でデスクに座る男は、胡散臭い笑顔でそう言った。

「話が違うぞヴィタリー先輩!どうして魔法士見習いのまんまなんだよ!?」

抗議するもヴィタリー先輩は全く意に介さない。

この人は異界省のお偉いさんで、俺の直属の上司であり、そしてむかつくことに一応俺の保護者である。

「まあまあ、話を聞きなさい。今君を正式な魔法士にするわけにはいかないんだよ」

「…どういうことだよ」

ヴィタリー先輩は両手を組んで顎を乗せる。完全に悪巧みする姿勢だ。

「次のミッションは超重大なものでね。異界省渾身の一大事業だ」

「おいちょっと待て、また任務か!?こないだ紛争鎮圧に参加したばっかりだろ」

「話を聞きなさいと言ってるだろう。今度のはそんな血生臭いものじゃない。学園への潜入捜査だ」

ヴィタリー先輩はデスクの引き出しから書類の束を取り出した。

「なんだそれ……パンフレット?」

「聖リルデヴェール学園。新しく異界省がつくった魔法士養成学校さ。今年度からだから、君たちが栄誉ある一期生だよ」

…聖リルデヴェール学園?

リルデヴェールってのは、確かこの異界地区の大昔の神様の名前だが…。

「ミツルくんを正式な魔法士にしてしまったら、魔法士養成学校に通わせる建前ってものがなくなるだろ?」

「…それは分かった。でも潜入なんて、何のためだよ」

「目的は主に三つある」

ヴィタリー先輩は順に指を立てる。

「ひとつ、単純にこの新しい学園のテスターをすること。

ふたつ、さる重要人物の弟子が入学予定なんだが、彼女のボディガード兼教育係をすること。

みっつ、これが一番重大だが─、反乱分子が入学している場合、発見、監視、及び排除すること」

「…へえ?血生臭くないだなんて大嘘じゃねえか」

つまりはスパイになれと言っているのだ。

先輩は苦笑いで答える。

「三つ目はもしもの場合だよ。最も、俺はほぼ確実にいると思っているが」

「なんでだ?」

「この学園は、能力のある人物に広く入学を認めると標榜している。入学のハードルが低いんだ。異界地区出身の魔法士の子息女もいれば、外から来る魔法使いもいる。つまり、誰がいても怪しまれない」

「怪しいやつが紛れ込んでる可能性は大いにあるってか」

「まあ、もしもの話だけどね」

しかしヴィタリー先輩はそう言うからには、本当にほぼ確実にいるのだろう。

…まあ悪い気はしない。反乱分子の始末だなんて、汚れ役だけどとんでもない大役を任されたものだ。

「ちなみに二つ目の任務の、とある重要人物の弟子ってのは何なんだ」

「ああ、それは─」

ヴィタリー先輩はおかしそうに笑った。

「ちょっと面白い縁だよ、君にとってね。まあこっちは堅苦しい任務じゃないから、難しく考えなくていい」

「ボディガード兼教育係だろ?ボディガードの方はいいとして、教育係をやるってんならあんまりにもポンコツが来たら困るぞ」

大体俺は人に教えるなんて苦手中の苦手なんだが。適材適所ってものがあるだろうに。

「どっかの貴族様か何かか?そもそもその重要人物ってのは誰なんだよ」

「ははは」

ヴィタリー先輩は小憎たらしい笑みを浮かべる。

「会ってからのお楽しみさ」




─と、こんな経緯で、俺は相棒のリルと共に聖リルデヴェール学園に向かっている。

今日はまだ入学式ではない。寮への引っ越しと、例の重要人物の弟子とやらとの対面だ。

隣りのリルは今度はヴィタリー先輩から貰ったパンフレットを読みふけっている。ここ何日かの間もずっと読んでたのに。

「ミツルさま、寮の説明ですが、使い魔は主人と同じ部屋のようです。これからもお世話を焼かせて頂きますねっ」

「聞いたよそれ…」

「設備がとっても充実してるんですよ!図書館はぴかぴかで大きいし、可愛らしいカフェや遊戯室なんてのもあるそうですよ!」

「うん…」

「ミツルさま、この聖堂の写真を見てくださいっ!きらきらしていますよ、とってもとっても素敵ですっ」

「………」

いつになくリルのテンションが高い。相槌も段々適当になってしまう。

…仕方ないか。リルは学校に通ったことがないのだ。

俺が外の世界の学校に通っていたころは、リルは家で留守番をするのが常だった。リルの白い髪は外の世界では目立つからだ。

リルは俺の使い魔だ。使い魔は魔法士が魔法を使うのを補助する。使い魔は元は魔物だから、ふつう人間扱いはされない。

しかしこの聖リルデヴェール学園は使い魔にも相応の待遇を保証しているようだ。生徒としては扱われないようだが、寮と食堂では生徒同様の待遇らしい。

「少しは先輩に感謝してもいいか…」

何せ、リルは使い魔ではあるが俺から見れば人間同然。学校生活くらい体験してみるべきだろう。

車は既に校門を通過して、校内に入っていた。正面に見えるのが講堂と第一校舎だろう。しかしそこまでの距離も相当ある。どうやらやたらに大きい学園らしい、ここは。




「誰もいませんね?」

駐車場に止まった車から降りて、とりあえずは第一校舎に向かう。そこが例の重要人物の弟子との待ち合わせ場所なのだ。

リルの言う通り、見渡しても人影は見えない。

「入学式まで三日あるからな。まだ来てないやつの方が多いだろう」

「早く来た方がゆっくり学校を見られますよね」

魔法通信器を使ってヴィタリー先輩に到着の報せを送り、第一校舎の昇降口に辿り着くと、そこに見知った女がいた。

「あ、やっと着きましたね!?遅いですよーミツルくん!」

女は腰掛けていたベンチから立ち上がると、一直線にこちらに駆けて来た。

「は!?何でお前が…」

「お久しぶりですミツルくん!卒業式以来ですね!」

「ミリーさま!?」

後ろを歩いていたリルも驚いて声を上げる。

当たり前だ、それはここにいるはずのない人物だった。

女、ミリー──ミリー=クレモンティーヌ──は一月前と変わらない能天気な笑顔で言う。

「驚いていますね!?そうでしょう、私も驚きました!ヴィタリーさんからミツルくんの名前を聞いたときは、奇跡か運命だと思いましたもん!」

待て、理解が追いつかない。

ミリー=クレモンティーヌは知り合いも知り合い、一言で言えば中等学校の同級生である。一月前まで俺は異界地区の外の世界を知るため、遠い国の普通の中等学校に通っていたのだが(その間も転移魔法で異界地区に戻ってはヴィタリー先輩にこき使われていたが)、ミリーはその学校で三年間俺と同じクラスだった。親交もまあ、それなりにあった。

しかしそのミリーがここにいて、そしてヴィタリー先輩の名前が出てくるってことは。

「待て、ちょっと待て、じゃあお前が─」

「はい、これからお世話になります、ミツルくん。私のサポートをしてくれるんですよね」

まさかまさかの展開である。

重要人物の弟子ってのはミリーのことなのか!?

ヴィタリー先輩はそれを知って──いたんだろうな、もちろん。知ってて黙ってたわけだ、あの上司。

…というかまず、どうしてミリーがここに?

「どういうことだ、お前魔法使いじゃないだろ?」

ミリーは一般人のはずだ。それも異界地区とは何の関係もない、魔法のまの字も知らないはずの、遥か海の向こうの国で平穏に暮らすいち学生のはずではなかったか。

「先月まではそうでした。まさかクラスメイトのミツルくんが魔法士なんて非日常的な存在だとは思いもせず、のうのうと過ごしていましたとも」

ミリーは答える。

「でもいろいろありまして。私も非日常の仲間入りをすることになったわけです。サポート係がミツルくんだと聞いて、私も本気で驚いたんですよ!」

「いろいろって…」

そこを一番知りたいんだが。

「いろいろはいろいろですよ、ミツルくん」

話したくないってことなんだろうか?

卒業式で会ってから一ヶ月ほどしか経っていないのに、その間にミリーに何があった?

「リルちゃんも久しぶりですねぇ。うーん、相変わらず可愛い!」

「て、照れちゃいます、ミリーさまったらもう!…でも本当に、奇跡のようです。またお会いできて嬉しいです!」

リルは素直にミリーとの再会を喜んでいるようだ。リルはミリーに良く懐いていたからな。

…しかし俺は、どうも喜べない。

外の人間が異界地区に来るというのは、大抵なにか、良くない理由でのものだからだ。何かがミリーの身に起こったことは間違いないのだ。

それに魔法士を目指すことが、ミリーのためになるだろうか?ヴィタリー先輩からの魔法士見習いとしての任務は、反乱の鎮圧だの反乱分子の排除だの、そんなのばっかりだっていうのに。無論、ミリーが魔法士になりたいというなら止める権利は俺にはないが…。

「ミツルくん、考えてること分かりますよ」

「…なんだよ」

「危ないからやめろって言うんでしょう?魔法士を目指すのは」

「まあ、そうだな」

「言っておきますが、ミツルくん。私、そんなのは全部覚悟済みです。師匠にも散々、やめろって言われましたし」

──師匠?そういえば結局、ミリーは誰の弟子なんだ?

…そんな疑問は、次のミリーの言葉で彼方に吹き飛んだ。

「私はもうこちら側の人間なんです。私に、もう帰る場所はないんですよ」

帰る場所は、ない。それはつまり、

「ミリーお前、家族とか友達とか、高校とか、…どうしたんだよ?」

「どうしたもこうしたも」

ミリーの言葉はただただ静かだった。

「家族はみんなこの世にいませんよ。友達は私のこと、死んだと思ってます。高校は、せっかく受かったけど入学辞退しました」

「そんな!ミリーさま、どうしてそんな…」

そんなことに、とリルが悲痛な声で呟く。

「…何があったんだよ」

「いずれ話します。とりあえず、私は外の世界に戻るつもりはないってことです」

「………」

ミリー=クレモンティーヌはごく普通の中学生だった。クラスの中心人物で、クラスを盛り上げ、時にはまとめる、誰からも好かれる明るい女子。家族は父と母、そして弟がいて、良く弟の自慢話をしていた。吹奏楽部の部長で、成績は美術以外オール5。学校きっての超優等生。いつも笑顔で、人生楽しんでますというような、そんな彼女が。

全て失って異界地区に来ただって?

何故。

何故そんなことになった?

「ミツルくーん?聞いてますか?暇なら学校探検しましょうよー」

ミリーは今の話などなかったかのように、再び能天気な笑顔でそんなことを言う。

リルは心配そうにミリーを見ていたが、リルらしい気遣いからだろう、俺に言った。

「そうですね、学校探検に行きましょう、ミツルさま」

「…ああ」

こうなった以上、俺に出来ることは一つ。

ヴィタリー先輩からの任務の通り、ミリーの教育係兼ボディガードを務めることだろう。

俺はミリーたちに続き、第一校舎を出る。しかし、学校探検は始めることもできなかった。

「ぎゃーーーーーーーー!!!」

という、凄まじい悲鳴が何処からか聞こえてきたのだ。

「え?えっ?何事ですかっ!?」

慌てるミリーをよそに、俺はリルに尋ねる。

「リル、何処からかわかるか」

「え…ええ。3時の方向、恐らくあちらに見える森の中からだと思われます。距離は500メートルほどかと」

「えっリルちゃん耳良すぎな─」

「行くぞミリー!走れ!」

「そ、そうですよね!緊急事態なんですね!?ミリー=クレモンティーヌ、脚力には自信があります!」

俺達は駆け出した。




「む?迷ってしまったか」

鬱蒼と生い茂る森の中、獣道とも言えないようなその場所に、堂々と仁王立ちする少女がひとり。

黒いTシャツとミニスカートからは健康的な長い手足。マントとブーツは暗い赤色。しかしその赤色すら霞ませる、木々の緑色の中で光るように目立つ、目も眩むような赤色──少女の髪は異様なことに、その長い黒髪の所々が真っ赤だった。

「困ったな。どっちが学校だろうか」

少女は道に迷っているようだった。きょろきょろと周りを見回すも、周りには木々しか見えない。

「そうだな、こういうときは木に登ろう。高い所から見渡せば学校が見えるはずだ」

少女はごつい革手袋を着けた手で、躊躇なく丈夫そうな木の枝に手を掛けた。

「ぎゃーーーーーっ!!!!」

「………む?」

そこで、遠くからそんな叫び声が聞こえた。

少女は手を止める。

「今のは、あれだ。同胞たちが非道な魔法士たちに不当に虐げられるときの声。もしくは、脆弱な魔法士たちが同胞たちの人型でないときの姿を見てあげる声」

少女は整った顔を歪めてそんな事を言うも、すぐに首を振った。

「だめだ、すぐそんな風に考えてしまうな僕は。いけないいけない、こういうのは偏見って言うんだよな。何も魔法士が全員極悪な訳じゃない。ってそうじゃなくて」

少女は声がした方を見る。

「あれは女の子の悲鳴だ。同胞であれ人間であれ、か弱い女の子は助けなければならない。それが義というものだ」

言うが早いか、少女は駆け出した。悲鳴を聞いてから駆け出すまでの思考が、いささか長かったようではあるが。




「いやああ、まじ有り得ないっ!!ナニアレナニアレ、ばけものじゃないのよーーーっ!」

悲鳴の主はすぐ見つかった。叫び散らしながらこちらに向かって走って来る、高校生くらいの制服姿の少女。あれだけ騒いでくれると非常に見つけやすくて助かる。

「あっ、そこのあんたたち!私を助けに来たのねっ!?そうよね!?早くアレをたたっ殺してえ!もしくは囮になって!」

よほど余裕がないのか最低過ぎる思考がだだ漏れになっているが。何にせよ、彼女は俺達を見つけると助けを求めて駆け寄ってきた。

「って、何からです?何も見えないんですが」

ミリーは少女の後ろを不思議そうに眺める。確かに、何か危険そうなものは見えないが。

少女は俺の背中に隠れた。

「アレよアレ!見ちゃったの!ヤバイの!まじ有り得ないんだってば!」

「……まさかゴキブリとかじゃないだろうな」

「え、やだ、異界地区にまでいるんですか、ミスターG」

「似たようなのはいるぞ」

「あんたたち、どうでもいい話してんじゃないのよ!アレどうにかしてよ!」

「アレって何です?ミスターGじゃないんですよね?」

「当たり前でしょう!」

「あ、あの、落ち着いてください。深呼吸してから説明して頂けますか?」

リルがそう言うと少女はようやく怒鳴るのを止めた。そしてふう、と深呼吸すると、それについて話し始めた。

「地面から出て来たのよ。でっかい石のヘビみたいなの」

「でっかい石のヘビぃ?」

ミリーが疑わしそうに眉を顰める。

「ほんとよ。私が丸呑みされそうなくらいのでかさのやつよ」

「一応そういう魔物はいるぞ。それで、どこで見た?」

「あっちの方よ」

少女は走って来た方向を指差す。

「大体真っ直ぐ走って来たから、このまま行けばまたアイツに会うかも。追っては来てないみたいだけど…」

「分かった。それで、あんたはどうしてここにいる?一般人が入れる場所じゃないぞ」

「そ、それは、その…」

少女は口ごもった。

「知り合いの家にこっそり来ようとして。それで、迷っちゃったっていうか…」

「名前と住所は」

「メイプル=シュルスバーグ。4地区直轄市在住よ」

「…シュルスバーグ?」

「何よ」

「…いや、何でもない。ミリー」

「はい?」

俺はもと来た道──学園に続く道を指した。

「お前はこのメイプルさんを連れて学園に戻ってくれ。学園に着いたら職員室に行って教員に相談した後、場合によっては4地区役所に通報しろ」

「…え?私、お役御免ですか?邪魔なんです?」

「違う。でかい石ヘビ、そういう魔物は確かにいるが、規格外サイズの魔物は異界省が管理しているはずだ。それがこの森にいるっていうなら非常事態の可能性がある」

「つまりバトルですね?私、魔法使えますよ?戦えますよ!」

「そうじゃない。ミリー、お前にはこのメイプルの保護を頼みたいと言ってるんだ。魔法士の一番重要な仕事は一般人を守ることだぞ」

「………」

ミリーはむう、と頬を膨らませた。

「分かりましたよー。護衛をすればいいんでしょう?ミリー=クレモンティーヌは護衛だって得意です。さ、行きましょうメイプルちゃん!」

「ちょっと、いきなりちゃん付けで馴れ馴れしく呼ばないでよ」

ミリーはメイプルと学園に向かって行った。

「良いのですか?ミツルさま」

「ああ。シュルスバーグって確か結構な家柄だろ。怪我させるわけにはいかねえ。俺とお前で何とかなるだろうし」

「そうではなくて、ミリーさまを放って良いのですか。ミリーさまの護衛はミツルさまのお仕事なんですよね?」

「………あ。…いやまあ、大丈夫だろ。まさかさっきのメイプルが刺客ってことはないだろうし」

すっかり忘れてた。どうもミリーは守る相手って感じがしないのだ。

「規格外サイズの魔物がいるかもしれないこっちよりは安全だろ」

「それもそうですね。先ほどのメイプルさまが呑み込まれそうな大きさのヘビというと、リルも見たことがありません」

「…行くぞ」

「はい!一ヶ月ぶりのお仕事ですね、ミツルさま!」




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異界地区の魔法士 @kira-ma9

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