歪な関係の僕ら

紅ノ夕立

第1話:9月30日

「好きです。付き合ってください!」

僕は彼女にそう告げた。

朗らかな性格の、柔らかい面持ち。

一目見て、恋に落ちた。

でも、僕の想いなんて所詮届くことはない。

「…ごめんなさい」

わかっていたんだ。

だからこそ、想いを告げられた。

僕が好きになった相手は、必ずと言って良いほどの確率で、僕の身近な人に想いを寄せている。

つまりは…

「もしかして、誰か好きな人がいる?」

「う、うん。そうなの。えっとね…笹目くん、なんだ」

笹目…僕の親友。

彼は男女問わず人気があって、特に女子に好かれやすい。

気配り上手、と言えば頷けるだろうか。

「何か、そんな気がした。ごめん、急に告白して」

「ううん、良いの。それだけ梓くんは強いってことだから」

梓は僕の名前。

彼女…飾曰く、僕は強いらしい。

何て言うか、自分では卑怯だと思っている。

返答のわかりきっている告白をして彼女を困らせるとか、好きな人を聞き出すとか。

彼女の『笹目』という名前を出した時の表情からするとあまり怒っていないようだけど(むしろ嬉しそうに言っていたけど)、それでも僕自身は卑怯な性格だ、そう思う。

「飾さんも、一度告げてみたらどうだろう。もしかしたら笹目も同じ想いかもしれないし」

「うーん…私は勇気が出ないから…。それに、言うのってちょっと、緊張しない?」

中途半端に本音を言えずに気持ちが流れることが嫌いな性格をしているから、緊張とかよりも後悔する恐怖の方が大きいけど、普通の人はそうなんだろうな。

でもまあ、この質問には慣れているので、いつもの調子で言葉を返す。

「緊張はするよ。でも、その答えが良かれ悪かれ、自分の想いが本人に伝わったんだって思ったら、その一瞬だけでも自分のことを真剣に考えてくれてるんだと思ったら、僕は嬉しくなるよ」

僕が初めて人に告白をした時に感じたもの。

彼女がまだ一度も告白をしたことがないなら、それは味わえるはず。

「そう、かな…?たとえ駄目だったとしても、想いが伝われば嬉しくなるかな…!?」

「あくまで僕は、だけど、そのままにしていつか後悔するよりも、ずっと良いと思う」

「わかった、ありがとう!まだちょっと緊張して怖いけど…後悔する前に頑張って伝えてみる!」

「うん。頑張って」

そうして僕たちは九月最後の十六時、校舎の屋上を後にした。





…やっぱり僕は卑怯な人間だ。

自分だけが傷つくならともかく、彼女を道連れにするだなんて。

さっきの、初めて告白した時の気持ち、あれは間違いなく本当に味わったこと。

告げれば想いが伝わって、たとえそれで断られたしても、嬉しさは残る。

成功するに越したことはないけど。

でもまあ、彼女はその相手が悪い。

「お、梓おかえり。…で、どーだったんだ?」

「…その楽しそうな表情からして、もうわかってるんでしょ?何でわざわざ聞くの」

「この世に奇跡が存在するかもしれねーだろ?ちと俺の予想を上回るくらいのこと…」

「ない、かな」

「即答かー…」

彼が笹目。

さっきも言ったけど、僕の親友。

基本的に明るくて、決して人に物を押しつけない。

よく振り回されることはあるけど、一緒にいて不快にならない。

僕が好きになった人の大体は彼のことを好きでいる。

嬉しくもない運命とやらかな。

「それで、そっちはどうだったの」

「まだ返って来ねーんだよなー。今日どーしよーかな」

「…僕は帰るよ。邪魔する気もないし」

いても僕だけ違う世界になりそうだし。

「待て待て。この広ーい教室の中、俺一人で埋まらないかもしれねー予定を待ち続けろと?」

「その予定が埋まったら僕は夕暮れの寒空を一人寂しく帰ることになるんだけど?」

まあ言ったところで、一人で帰ることには変わりないんだけど。

彼と僕は同じ方向に家があるけど、今日は寄るところがあるから家とは反対の帰路。

だからこの会話はただの彼の暇潰しでしかない。

「あー…そこは、ドンマイ的な?」

「…帰る」

「つれねーなー…。って、今日って梓、塾じゃねーか?」

笹目の言った通り、これから僕は家とは反対側にある塾まで向かう。

時間はあるけど、余裕を持って着きたいのが本音。

前回の復習をしたり、課題のやり忘れがないかの確認をしたいからだ。

だから早く、ここを切り抜けなければならない。

「そうだよ。だから早く…」

「あ、返信来た」

どうやら無事に帰れそう。

「良かったね。じゃあ僕はこれで…」

「いや待て、今日は共に寒空の下帰ろーぜ」

彼の方から塾の有無を聞いたことをもうお忘れなのだろうか。

家とは反対方向の道を、どう一緒に帰ると言うんだろう。

わかりきった返答をもらうべく、質問をしてみる。

「何て返って来たの」

「今日蘭子と帰るって…しかも楽しそーな絵文字つきで…かわいいな…」

蘭子というのが誰か未だによくわかってはいないけど、とにかく彼がフラれたというのはよくわかった。

お互い良くない結果を味わったところで本格的に塾へと向かう。

…そういえば、結局彼の誘いを断っていない。

長々と続けるわけにはいかないし、一気にまとめてしまおう。

「そっか。それは残念だね。でも僕はこれから塾があるから、笹目とは帰れないよ。ごめんね」

「少しは励ましの言葉をくれねーのか…?鬼だな…梓は」

問答無用に去るつもりだったけど、若干申し訳なく思ってきたので励ましの言葉を考えてみる。

かと言ってそういう言葉がパッと思いつくようなタイプじゃないんだけど…。

「うーん…また次があるよ。お互い頑張ろう!…みたいな?」

「最後のが無かったら、励ましになってたなー」

まあよくわからないけど、それで諦めがついたのか彼は自宅に、僕は塾へと向かった。

廊下を歩いている最中後ろから視線を感じたけど、あれは僕に向けてじゃないかな。





「あ!梓お兄ちゃんだ!」

塾までの途中に通るのがこの小学校。

そこで第二の知り合いと遭遇した。

「こんにちは。今帰り?」

「うん!そうだよ!日直だったの!」

「舞花ちゃん、この人は誰?」

僕が今会話をしているのが舞花という少女。

その隣にいる少女が舞花に僕の存在を聞いている。

実のところ僕も君が誰なのか知りたいけど、予想はついているのであえて聞かない。

「この人はね、梓お兄ちゃん!お兄ちゃんの親友なんだよ!」

舞花にまで僕が笹目の親友と認識されていると思うと、恥ずかしさが若干あるけどやっぱり嬉しい。

勘が良い人は気づいているだろう。

彼女…舞花は笹目の妹。

「そうなんだ!よろしくお願いします!梓さん!」

改めてご丁寧に挨拶されると一歩引いてしまう。

まして小学生がこんな…将来道を踏み外さないことを祈っておこう。

それにしてもいきなり敬語に変わったけど、さっきの口振りから僕が年上と気づかなかったのかな。

…気のせいだよね。

いくら背が低いからって小学生と間違われることは…ない…よね?

ところで僕は人見知りだから、返しにどうしても躊躇いが入る。

「よ、よろしく…えっと…」

「あ、蘭子です!名前言ってなかったですね…」

敬語も謝罪もちゃんと出来る、この子はどこのご令嬢なんだろう。

最近の小学生はこういうことを学ばされるのだろうか。

僕よりもずっと大人な子だと染々感じながらも、予想通りであったその名前に少し安堵する。

「蘭子、ちゃん。どこかのお金持ちの子だったりするの?」

「えっ…?あ、いや、普通です…!何も!ないです!」

結構慌てて言葉を返したようだけど、隠しているのか予想外の内容で驚いたのかわからないな。

まあ聞いて空気が重くなるのも嫌だし、ここは流すことにしよう。

「そっか。ごめんね。いきなり聞いて」

「あ、や、いえ」

これ以上会話を続けるとギクシャクしちゃうな。

彼女にあれだけ伝えてこの場を去ることにしよう。

「そうだ。舞花ちゃん、帰ったら笹目に気をつけた方が良いよ」

「あーお兄ちゃん…絶対怒ってるんだろうなー」

「いや、そっちじゃなくて、多分、しばらく羽交い締めにされると思うから」

「んー、そっか!家に着くまでに気合い入れとかないとだね!」

そのことを楽しんでいるみたいだから、特に心配はいらなさそう。

僕だったらしばらく家には戻らない。

外見に負けず笹目は力は強いから。

彼女もそこまで嫌というわけじゃないのかな。

舞花って良い妹だね。

彼が一緒にいたがる理由も何となくわかる。

「じゃあ、僕はこれから塾があるから」

「そうなんだ!」

「それじゃあ梓さん、さようなら!」

「うん。さようなら」

ただ、蘭子には勝てないんだろうな。

あんな親切心の塊で出来た小学生はなかなかいないよ。

同学年だったら僕の想いがどう揺らいでいたかもわからない。

もしかしたら…好きになっていたかも。

とりあえず、笹目、ドンマイ。

そのあと僕は予定よりも三十分遅れて、目的地に着いた。





塾は個別だから周りとはあまり交流がない。

先生も教科ごとで違っていて、この人に執着するということはない。

僕は席に着くと提出する課題の確認をし、今日の学習に備えた。

今僕は中学生二年で、そろそろ進路を決め始めるという頃。

それなりの学力がないと好きには選べない。

とはいえ学校は中高一貫だから持ち上がりでも良いんだけどね。

「全教科均等にやるよりも、苦手意識高いのを潰していかないと」

極端に出来ない教科があるわけではないものの、得意不得意には差がある。

僕はわりと文系だから理系を中心に構成するべきかな。

冬休みは数学中心にしよう。

それから三時間授業を受けて、二十時過ぎに自宅へと向かった。





「ただいま」

「おかえりなさい。塾お疲れさま」

キッチンから顔を出してそう返してくれたのは母さん。

父さんは出張でよく家にいないから二人で過ごすことが多い。

昔からで慣れているので寂しいとか、そういったことはない。

「うん。ありがとう」

それから母さんと遅めの夕食をとって、お風呂に入って眠る…いつもと変わらない生活をする。

今の時刻は九時半を過ぎたところ。

眠るにはちょっと早いな。

塾の課題は明日やることにして、この時間どうしようかな。

プルルルル…

と、ここで着信音が鳴り響いた。

その相手を確認する。

どうやら多美からのようだ。

『もしもしー?起きてる?』

「起きてるよ。どうしたの?」

『ちょっと、話したいことがあって…』

多美は園児の頃からの幼馴染み。

家もすぐ隣にあって、ちょうど僕の部屋の窓から見えるところが多美の部屋。

声を張り上げれば聞こえる距離だ。

今通話の手段を選んでいるのは時間的にもう遅いから、だろう。

「また先輩の話?」

『う…お見通しですか…そろそろ言うべき、いや言いたいんだけど…』

「なかなか決心がつかない?」

『…うん』

僕によく相談をする人の内容は大体が恋愛関係。

気持ちを伝えるにまで至らないって人がほとんど。

僕にしてくるのは多分、僕がそれに関して慣れているからなのだろう。

後悔するよりは告げてしまった方がスッキリすると思うんだけど…。

僕の思考回路は皆と根本的に何か違っているのかもしれない。

「先輩、かっこいいって噂で、憧れと勘違いされるかもしれないから、ちょっとしたことじゃ本気の告白って気づかないかも」

『そういうとこが好きなんだよね…でも、好きって言ったら引かれそう…はぁ…』

そんなため息をつくことが僕にはないから、どういった感情を抱いているのか、どう言葉をかければ良いのか、いまいちよくわからない。

話は聞けるけど、得策とか、それ系は全くアドバイスが出来ない。

「僕はあまりそういうことで悩んだりしないから…同情とか、良い感じの励ましは出来ないよ」

『うん。わかってる。言ったらちょっと頭の整理出来るかなって』

「…出来そう?」

『うん、気持ちは落ち着いた。ありがと、梓!』

「話はいつでも聞くから。何かあったらまた連絡して」

『うん。本当ありがとう!』

そこで通話を終了した。

先輩というのは僕が入っている園芸部の、たった一人の三年生の先輩のこと。

名前呼びをしないから曖昧だけど、確か薙だったはず。

薙先輩は口下手で交友関係があまりないみたいだけど、花が好きで物思いな人だ。

多美が好きになるのも納得がいく。

…ただ、たった一つにして最大の誤りがある。

「先輩、多美が告白したらどんなリアクションするんだろう」

声に出して呟いてみる。

僕が先輩の立場だったら…とりあえず驚く。

驚いて、そして笑ってしまうだろうな。

その光景を想像しているうちに時刻が二十二時を過ぎていることに気づく。

そろそろ眠たくなってきた。

明日は誰がどう動くのか、毎日楽しみで仕方がない。

僕も基本、楽しいことが好きなんだ。

『歪な関係の僕らは、明日も明後日も、交わらない想いを巡らせる。』

なんてね。



**



九月の終わりの屋上は、少し肌寒い。

「好きです。付き合ってください!」

そこに呼び出され、私は今、人生初の告白をされている。

身長が低めで、あまり目立った行動をしない男の子。

すごく、びっくりした。

好きって言われると、恥ずかしさと嬉しさが混ざった感情になるんだ…。

新鮮な感じがする。

…でも、私は彼を悲しませる一言を告げる。

「…ごめんなさい」

目を見て言えないのが情けない…。

それからしばらく間を置いて、彼と目を合わせる。

その表情は…あまり、落ち込んでいる様子ではなかった。

「もしかして、誰か好きな人がいる?」

むしろ伝えられてスッキリしているようにも見える。

未練とか、ないのかな…?

そんなことを考えている間に彼…梓くんから質問が飛んでいた。

私は慌ててそれに答える。

「う、うん。そうなの。えっとね…笹目くん、なんだ」

ここは誤魔化した方が良かったのかな…慣れてないから対応に困ってしまう。

でも、聞いているってことは真実を知りたいってことだから、誤魔化さない方が良いよね?

私はいつも彼の隣にいる笹目くんのことが気になっている。

彼のことを考えると、自然と笑みが零れてしまう。

今も、そうなのかな。

「何か、そんな気がした。ごめん、急に告白して」

梓くんに謝られてしまった。

勇気を出して告白をしてくれたのに、申し訳なくさせてしまっている。

私は嬉しいのに、伝わらない…。

それはきっと、断っちゃったからだよね…。

「ううん、良いの。それだけ梓くんは強いってことだから」

私は笹目くんにしようと思ってもなかなか踏み出せないのに、どうしたら、彼みたいに思い切れるんだろう…。

梓くんみたいな強い子になれたらなぁ…。

お互い考え込んでいたところで彼の方からこんなことを告げられる。

「飾さんも、一度告げてみたらどうだろう。もしかしたら笹目も同じ想いかもしれないし」

笹目くんと、同じ想い…?

そんなことがあり得るのかな…?

笹目くんとは接点も全然ないし、ない気がするんだけど…。

…でも、伝えるにしても、言葉にするのはやっぱり難しい。

そこで彼に、少し相談をしてみる。

「うーん…私は勇気が出ないから…。それに、言うのってちょっと、緊張しない?」

返答に迷っているのか、少しの沈黙が訪れる。

やがて、彼の口が開く。

「緊張はするよ。でも、その答えが良かれ悪かれ、自分の想いが本人に伝わったんだって思ったら、その一瞬だけでも自分のことを真剣に考えてくれてるんだと思ったら、僕は嬉しくなるよ」

そっか。

そうなんだ。

告げたその瞬間は、返答はどっちであっても私のことを考えてくれているんだ。

そう思うと、少し、いや結構、嬉しくなる気がする…!

「そう、かな…?たとえ駄目だったとしても、想いが伝われば嬉しくなるかな…!?」

「あくまで僕は、だけど、そのままにしていつか後悔するよりも、ずっと良いと思う」

そうだ、後悔するより、伝えられた方が、絶対に良い!

「わかった、ありがとう!まだちょっと緊張して怖いけど…後悔する前に頑張って伝えてみる!」

「うん。頑張って」

梓くんは私がフったのに、恋愛相談に真剣に乗ってくれる。

すごく、優しい人だなぁ。

そう感じながら、私も梓くんも屋上から自教室へと戻った。



**



成績優秀、眉目秀麗、男女問わず人気が高い。

相手への気配りが上手で運動もそつなくこなせる。

その一つでも私に当てはまったら良いのにな…。

気配り上手とはたまに言われたりするけど、お人好しなだけだってすぐにあしらわれる。

たまにビビりだとも言われる。

そんな何の取り柄もない私、飾はなかなか友達が出来ず、絶賛大苦戦中です。

話を合わせることは出来ても、上手に言葉を返すことが出来ない。

向いてないなぁ…友達作り…。

そう一人感傷に浸りながら帰る準備を済ませ、教室を出ると、先ほど屋上で告白…してくれた男の子の、梓くんと、恥ずかしながら私が想いを寄せている相手…笹目くんが少し前の廊下を歩いていた。

梓くんに申し訳なく思いながらもやっぱり視線は彼の方へ行ってしまう。

同じ気持ちを抱いている、なんて可能性はゼロだとは思っているけど、梓くんの言う通り、言葉にして伝えないと彼に気持ちは届かない。

今日は無理だけど、明日言おう。

でも明日が駄目だったら…って、マイナス思考になっちゃ駄目…!

誰かと結ばれちゃう前に、駄目もとでも伝えるんだ!

その後私は、視界から外れるまで二人の後ろ姿を見ていた。



**



「想いって…どうやって伝えるんだろう」

家に着いて早速、私は彼に告白…する時のシチュエーションを自室で考えていた。

「やっぱり、梓くんみたいに呼び出すのが良いよね…」

梓くんは正面から私に向かって、『放課後、屋上に来てもらえないかな』って声をかけた。

初めてのことだったから何が起きるのか全然予想つかなくて、話が告白のことでかなり驚いた。

あんな風に告白されたら、私は嬉しかったけど、笹目くんだと引くのかな…。

じゃあ、手紙?

でも正面から伝えないと、真剣さは伝わらないよね…。

「どうしよう…」

「何かあったの?」

「ひゃっ!」

そんな時、突然後ろから呼びかけられた。

私は声を漏らし、倒れそうになる。

何とか堪えた後、その相手が誰なのか確認する。

「お姉ちゃん…びっくりした…」

「あら、ごめんなさい。玄関入る時と、さっきも飾に声をかけたのだけれど…」

全く気づかなかった。

思考を巡らせることに集中すると何もかも遮断してしまうから。

「何か悩んでいたのね。梓くんが…どうたら」

しまった。

そこまで聞かれてしまっていた。

周りに人がいないと考えていることがつい声に出てしまう。

昔からの癖で、なかなか直らない…。

「ごめんね!何でもないの!」

「本当?恋煩いだったりしない?」

うっ…お察しの通り…。

お姉ちゃん、さすがだなぁ…。

でも、これはお姉ちゃんに相談してはいけないような気がして、軽く嘘を吐く。

「ち、違うよ!?梓くんに声をかけられただけ!」

…全然、嘘じゃない。

そうだった。

私は嘘をつけない人間だった。

重要なところまでは口にしないものの、梓くんと会話をしたのを簡単に暴露してしまった。

「気をつけなさいね。貴女にもし何かあったら、私傷ついてしまうわ」

「ありがとう。気をつけるね!」

そう言ってお姉ちゃんは私の部屋からいなくなっていった。



**



お風呂も入って、明日の支度もして。

気付けば時刻が十一時を回っていた。

私は眠る前に、お姉ちゃんについて考えてみることにした。

さっき声をかけてきたのが、英お姉ちゃん。

私より一つ年上で、同じ中学に通っている。

お姉ちゃんは身体能力が優れていて、何事も行動を優先しているみたい。

学力も優秀で、何も特徴のない私とは全然違う。

私が悩んでいることについて、お姉ちゃんに一度相談したことがある。

答えは…

『それは飾自身が秘めている力に自分で気づけていないだけ。まだ発揮していないとびきりの力が、貴女には眠っているのよ』

って言ってくれたけど、本当なのかな。

いまいち私に何か優れているものがあるとは思えない。

このネガティブ思考になってしまうのも、友達が出来ない原因なのかな。

感傷気味になるのは全体もマイナスになってしまうって、お母さんが言っていた。

やめよう、気持ちを切り替えよう…!

明日は気持ちを軽く、明るい私でいよう!

その第一歩に笹目くんにまずは話しかけるんだ!

結局私は、彼に告白するためのプランを何も考えつかないまま、一日を終えた。

『こんな私でも、貴方に好きって、そう告げてもいいですか。』

そんな卑怯な言葉を思いついたってことは、私の胸の中だけに閉まっておこう。



***



放課後になって直後、俺は最愛の妹である舞花に誘いの一文を送る。

『今日、一緒に帰らないか?』

妹の舞花は小学生だから、頻繁に携帯を開くことは出来ない。

かと言って中学生の俺もそう変わらねーんだけどな。

一応それをわかってて放課後に送信したんだが、一向に返事がない。

既読すらもつかないこの状況は、日直か何かなのか?

それとも会話に夢中で気づいてないのか?

この返ってくるまでの時間、不安になる。

ましてやこの無人の教室で今俺は一人。

そろそろ病んでくるぞ…。

と、そんな病みかけの俺のとこに親友が迷い込んで来た。

彼はある女子に想いを告げに行くと言って出て行ったからその話を聞くことにする。

「お、梓おかえり。…で、どーだったんだ?」

「…その楽しそうな表情からして、もうわかってるんでしょ?何でわざわざ聞くの」

俺自身、そんな明るい表情をしてるつもりはなかったんだが…結果を聞くのが楽しみだったんだろう。

彼…梓の言葉を聞く限り断られたっぽいが、いつも通り落ち込んでる様子はない。

俺がもし彼女にコクって断られたら、多分立ち直れねーな。

梓はそんなの全く引きずらねーのか?

それはそれで何かすげーな。

にしても、これで何回目だ?

「この世に奇跡が存在するかもしれねーだろ?ちと俺の予想を上回るくらいのこと…」

「ない、かな」

「即答かー…」

俺的にはわりと本気で言ったつもりなんだが、梓には奇跡なんて概念がねーのか…。

「それで、そっちはどうだったの」

今度は梓の方から質問が来た。

どうだったというのは舞花のことだろう。

さっき梓が行く前に今日誘うって話はしてたから、気になってんだろーな。

ボソッと言ったつもりがしっかり聞こえてたのか。

コクる前に緊張ぐらいはしろよ…。

と、ぐだぐだ思考を巡らせながら返信がないか確認をする。

現在進行中で未読状態。

あー…

「まだ返って来ねーんだよなー。今日どーしよーかな」

「…僕は帰るよ。邪魔する気もないし」

素っ気ねーな…。

まあ、たまにあることだけど。

未だに成功例がないことから今回も成功しそうにないが、一度呼び止めてみる。

「待て待て。この広ーい教室の中、俺一人で埋まらないかもしれねー予定を待ち続けろと?」

「その予定が埋まったら僕は夕暮れの寒空を一人寂しく帰ることになるんだけど?」

乗り気でないわりには面白味のある返答をしてくれる。

そこが気に入ってるんだよな。

梓との会話は飽きない。

「あー…そこは、ドンマイ的な?」

「…帰る」

「つれねーなー…。って、今日って梓、塾じゃねーか?」

俺は行ったことも行く気も更々ないが、彼は自分の意思で行ってるらしい。

将来なんてまだ考えてすらもねーから対策の立てようがなー…。

高校はこの学校が確か中高一貫だし、多分持ち上がりするだろーな。

…ってことは、梓は違うのか?

今度聞くことにしよう。

「そうだよ。だから早く…」

会話中、携帯に振動が来た。

「あ、返信来た」

梓が何か言いかけてたがそれを遮り、返信の内容を確認する。

『今日は、蘭子ちゃんと帰るんだ♪だから、一緒に帰れないよ』

これには所々に絵文字が散りばめられていた。

「良かったね。じゃあ僕はこれで…」

「いや待て、今日は共に寒空の下帰ろーぜ」

「何て返って来たの」

「今日蘭子と帰るって…しかも楽しそーな絵文字つきで…かわいいな…」

何だこれ…。

かわいいにもほどがあるだろ…?

怒るに怒れねーぞ…。

断られても怒る気は最初からねーけど。

「そっか。それは残念だね。でも僕はこれから塾があるから、笹目とは帰れないよ。ごめんね」

あまり深くはない悲しみに暮れる俺を構いもせず、相変わらずの素っ気なさでバッサリと切ってくる。

今日の俺の占い、もしかして最下位なのか?

全く…。

「少しは励ましの言葉をくれねーのか…?鬼だな…梓は」

教室を出かけた梓が足を止めて少し考え始める。

そこは考えてくれるのか。

「うーん…また次があるよ。お互い頑張ろう!…みたいな?」

「最後のが無かったら、励ましになってたなー」

これ以上残る意味がなくなったから荷物をまとめ、教室を出る。

途中の廊下で視線を感じたような気がしたが、多分気のせいだろう。



***



「はあ…今日は一人か…」

そう遠くない自宅までの道を歩行中。

最近は舞花か梓と帰ることが多かったせいか、一人はわりと寂しい。

寄り道をするにも住宅ばっかで何もねーし…。

それに、時間を潰すにはもったいない気がする。

「「あ」」

今後の予定をのんびり考えてるとこで前方に見知った人を見つけた。

彼も俺に気づいたようで声が重なった。

「笹目じゃねぇか。何だ?今帰りか?」

「そーなんだよ。舞花誘ったら思いっきりフラれた」

「相変わらずなシスコンだな。いつか愛想つかされんじゃねぇの?」

彼は矢一。

俺の友人だ。

特徴的には喧嘩が強く、未だ負けがないらしい。

どんくらいかは実際やりあったことがねーからわかんねーな。

梓とは違ったノリの良さで、俺は友人として一緒にいて楽しい。

「そんなことねーだろ…?一応兄妹だってのはわきまえてるぞ…?」

「ま、限度越したら拒絶は確定だな」

矢一は天然なのかわざとなのかよく見透かしたようなことを言う。

俺が舞花と結ばれたいだとか言った覚えはないはずなんだが、もしかすると無意識のうちに発言してたのか?

矢一の前だと性格からか、軽々と何でも話すことがある。

舞花の想いは伝えたことがないはずなんだが…

「どうした?固まってっけど」

「あーっと、ちと考え事を、な」

「俺は上手く相談には乗ってやれねぇからな。すんならそっちの親友にしろよ」

梓のことか。

俺がよく相談してることを矢一は何故か知ってる。

言ったことすらねーはずなのに、やっぱ見透かされてんのか…?

今度梓に紹介するときはそこの注意だけ忘れないようにしよう。

「で?そっちはどーなんだ?」

「あ?んの話だよ」

その発言がとぼけてるのか触れるなの意味なのかよくわかんねーな。

キレるとこえーからな…矢一は。

今回は機嫌を損ねてる感じがないことを何となく読み取り、そのまま会話を続ける。

「あれ、確かいたよな?彼女」

「んなこと言ったか?記憶にねぇな」

…俺の記憶違いか?

確か矢一は彼女がいるはずなんだが…。

「進展くらい…」

「ねぇよ。つか、あっても言わねぇし」

この反応はいると思って良いよな?

さっきのは誤魔化しか何かか…?

それはともかく、時々聞くこの質問に矢一は一切答えない。

そんな隠す必要あるのか?

裏事情でも抱えてんのか…?

って、そもそも相手が誰かもわかんねーんだよな。

ただそれを聞こうとすると…

「なあ矢一、そろそろ名前くらい教えてくれても良いんじゃ…」

「誰がてめぇに言うんだよ」

口調が荒くなる。

そして矢一がキレた、またはキレかけの時は二人称が『てめぇ』になる。

毎回なんだが、名前聞くとキレんだよな。

友人だし、もう少し話してくれても良いのにな。

広めるわけでもねーし。

「…そうキレんなよ。悪かったって」

「お前何回目だよ。次聞いたらただじゃおかねぇぞ」

そんな狂気的な言葉をかけられ、解散する。

ただ、さっきの毎回言われんだよな。

矢一にとっての次っていつなんだろーな。

そんなことを考えながら再び自宅へと向かった。



***



「やっぱ見透かされてんのかな」

帰り道に思ったことを口にする。

矢一が俺には喧嘩しないって思ってることを見透かしてるような気がした。

さっきも言ったが、いまいち抜けてんだか洞察力が高いんだかわかんねーな。

まあ、多分、後の方なんだろーけどな?

友人にしては若干離れてる気がする。

外側でしか関われてねー感じだな。

会話のきっかけでも増やしてーな。

と、ふと時計が目に入る、時刻は十七時半。

そろそろ帰って来る頃か。

玄関前で待機しようか迷ったが、さすがに度を越えるので止めることにした。

「ただいま~」

そんなかわいらしい声が家中に響く。

走って向かいたい衝動に駆られたが、それを止め、落ち着いて彼女の元へ行く。

「おかえり。舞花」

「あれ~?今日はバァーーッ!って来ないんだね?」

「毎日やったら嫌だろ?」

「ん~、そうなのかな~?」

…その、返答はあれか?

毎日でも構わないってことか?

朝昼晩いつでも良いってことか?

「…毎日、それでも良いのか?」

「毎日はイヤかな~」

よし、適度にしよう。

「あと、もうちょっと優しめだと助かるかな!」

「優しめなら、良いんだな?」

「うん!良いよ!」

舞花からの許可を得れた。

これで拒絶されることはとりあえず無い…よな?

色々自分の中で限界を決めておかないと無意識のうちに度を越えるからな。

「そういえばお兄ちゃん」

舞花が話を変えてきた。

「何だ?」

「あのね、今日一緒に帰れなかったから、明日一緒に帰ろ?」

舞花からそんな誘いの一言をもらった。

「明日?」

「うん!」

滅多にないことだった。

だから…こんなに嬉しーんだろーな。

「そうだな。明日、一緒に帰るか」

「うん!約束!」

それから舞花と指切りをした。

この約束を断る理由は、世界中どこにも存在しない。

「ねえねえ、お兄ちゃんも一緒に、もなかのところ行く?」

指切り後、そう聞かれた。

「…行こーかな」

もなかは俺らが以前飼ってた犬のこと。

一ヶ月程前に亡くし、当時の舞花は一週間立ち直れないでいた。

今は完全とはいかないが少しずつ前の調子を取り戻してはいる。

このもなかの死をきっかけに今後ペットを飼うことは禁止してる。

俺を含め一家全員が拒んでるからだ。

心臓が停止する瞬間を見届けるのはかなりの辛さだった。

まして一番愛情を注いでた舞花にとってはとてつもない虚無感に苛まれただろう。

やがて、もなかの墓がある裏庭に着く。

供え物などはしないが、ここに来ては短い挨拶をほぼ毎日してる。

春になると花を供えることもしばしばある。

「もなか。今日ね、日直だったんだ。もう一人の子が休んじゃって一人で大変だったんだけど…」

と、舞花が今日あった出来事を語り始める。

ここで舞花の一日が大体把握出来る。

別にそこまで細かく聞きたいわけじゃねーんだが、細々と語ってるから嫌でも耳に入って来る。

…嫌じゃねーし、むしろ聞けるのはうれ…いや、何とも思わない。

「それとね、蘭子ちゃんに梓お兄ちゃん紹介したんだよ!」

梓に蘭子を紹介したのか。

彼の塾は小学校を通るから偶然会うことはあるんだろう。

それに、今日は舞花、日直だったんだもんな。

「蘭子ちゃんね、好きな人がいるらしいの!知らなかったな~!」

蘭子に好きな人がいたのか。

大人っぽい性格してるって舞花言ってたし、相手は断らなそーだよな。

「お兄ちゃんだったりして!」

「いや、それはねーだろ?」

「うぇ?どうして?」

…しまった。

せっかくの舞花ともなかの二人の会話に割って入ってしまった。

「いや、何でもない。水差してごめんな」

「ううん、良いの!あ、それでね…」

もし本当に俺だったとしたら、多分蘭子を悲しませるな。

俺は舞花一筋だから断る他ない。

いやいやいや、まず俺なわけねーだろ…。

「お兄ちゃんも、もなかに何か言っとく?」

ありもしないことをぐだぐだ考えてる間に舞花が俺に話かけていた。

もなかに言うことか…。

「そうだな…今日も舞花はかわいいよ」

「私に言うんじゃなくて!」

もなかの報告のために言葉にしたつもりなんだが、舞花に勘違いされてしまった。

それはそれで、何か…

「かわいいな」

「もう!違うってば!」

結局舞花の勘違いは解かないまま、裏庭を後にした。



***



時刻は十二時を回る少し前。

そろそろ寝ないと明日に響くな。

それにしても、今日はいつにも増して舞花がかわいかった。

…ってそれは毎日思ってることか。

いやだが…今日は異常だな。

許可を貰えたからか、それともかわいいと自然に伝えれたからか?

…多分、前者だな。

察してはいるだろうが、俺は妹の舞花に恋をしてる。

兄妹としてではなく、異性としてだ。

結ばれることが可能であるならば、そうしたい。

だが、それは二つの意味で出来ない。

一つは法律上、もう一つは…舞花の感情。

舞花にだって想ってる相手はいる。

俺もそれが誰かわかってる。

彼女が愛して止まない相手…それはもなかだ。

未だに一番は彼から変わってないだろう。

そんな舞花の純粋な想いを踏みにじってまで結ばれたいとは思わない。

だから俺は伝えることはしない。

彼女にとって一番近い存在であれば十分だ。

「もなかに、ちと嫉妬だな…」

そんなネガティブになりかけた気持ちを切り替え、俺は眠りにつくことにする。

『変わらない彼女を毎日見れるなら、俺はそれだけで幸せだ。』

なんてな。

…好きだよ、舞花。



****



九月の最終日。

この日私は、クラスの友達と遊ぶ約束をしていた。

でもその子が急に部活に一時間出ることになって、教室で一人終わるのを待っているところ。

友達が来るまで、何をしてようかな。

「うーん…」

「多美?何やってるの?」

そこで話しかけてきたのは別クラスの友達。

その子たちは帰ろうとしてたとこでクラスに私だけがいるのを疑問に思って声をかけてくれたみたい。

あ、言うの忘れてた!

私の名前は多美だよ!

中学二年生!

「えっとね、吹部が終わるのを待ってるんだ!」

「そっか」

「多美が一人で待つって珍しくない?」

「暇ならちょっと話そ?」

「うん!私ちょうどやることなくて暇してたんだ!何か話そ!」

私は色んなクラスにたくさん友達がいて、ほとんど毎日遊んでばっかりいる。

勉強は正直、大の苦手で、テストの点数は全然取れない。

それでも友達と過ごすことが楽しいから、学校生活はすごく謳歌してる。

「それで、多美は好きな人とかいないの?」

「えっ!?」

「あ~多美ならいそうだよね~」

突然話の流れが恋バナになった。

その話題にかなりの動揺をしてしまう。

だって私は…好きな人がいるから。

かっこよくて、落ち着きがあって…憧れに近い存在の人。

「いな、いないよ!?」

「怪しくな~い?」

「多美嘘隠すの下手くそだよね~」

「ね、誰々?」

「い、いないってば!」

でも…誰かって言うのは恥ずかしい。

隠し通したいんだけど、二人がすごく迫ってくる…。

何とかしてこの場を乗り切らないと…!

「いないよっ!」

「多美~お待たせ~」

と、そこで私が待っていたクラスの友達が部活から戻って来た。

良かった…これで話を抜けられる…!

「ちょうど良いところに!さ、帰ろ…」

「で、聞こえてたんだけど、多美好きな人いるの?」

彼女にまで聞こえてしまっていた。

皆して恋バナ好き過ぎだよ…!

人のこと言えないけど!

「だからいないってば…!行こ!」

「え、ちょっと…教えてよ~!」

この日は半ば強引に二人と別れて、その後クラスの子とは近くのクレープ屋さんに寄って、一時間後に家に着いた。

途中で好きな人の話題を何回も振られたけど、全部上手く誤魔化した。



****



「はぁ…疲れたぁ…」

お母さんとお父さんと夕食を食べ終わってから、お風呂に入って今は自分の部屋。

一日中ハイテンションでいるとやっぱり疲れる。

だから、自分の部屋に戻るとすごく落ち着く。

やっぱり家って安心するなぁ…。

皆とわいわいしてる時はもちろんすごく楽しいけど、でもこの時間もすごく大切。

昔からこんなに明るい性格をしてなかったから。

「恋…かぁ…」

今日一日中友達に聞かれ続けてた私の好きな人。

それは一つ歳上で、それこそ私と接点も何もないんだけど、でも私は普通の人よりもよく知ってるって自信がある。

その人をよく知ってる人が私のすぐ近くにいるから。

「あー!考えるとまた想いが溢れちゃうよ…!」

胸がドキドキする。

誰かに話を聞いてもらえないと、爆発してしまいそう。

だから私は、すぐ隣にいるはずの彼に電話をかける。

プルルルル…

…起きてるかな。

起きてなかったら…乗り込もうかな。

ううん、それがダメだから今かけてるんだよ。

行動が矛盾しちゃう。

ピッ。

色々思考を巡らせてると、通話が繋がった。

向こうから声は聞こえないから、私の方から話を始める。

「もしもしー?起きてる?」

『起きてるよ。どうしたの?』

言葉もはっきり聞こえた。

ちゃんと起きてるみたいだった。

今の会話相手は隣の家に住む、幼馴染みの梓って男の子。

私の好きな人と同じ部活に所属していて、私がその人のことを好きだっていうのを知ったら、梓はたまに情報をくれるようになった。

とは言っても、好きな花の話がほとんどなんだけど…。

「ちょっと、話したいことがあって…」

『また先輩の話?』

梓はよく私の話したいことを察してくれる。

私の思考がわかりやすいってこともあるのかな。

わからないけど、私の好きな人…薙さんについてを語ろうとする時は必ず梓の方から話を振られる。

「う…お見通しですか…そろそろ言うべき、いや言いたいんだけど…」

『なかなか決心がつかない?』

「…うん」

私は恋をするのが二度目で、一度目は恋ってはっきりとわかる前に消滅してしまった。

だから今回は、言えずに終わりたくない。

後悔、したくないんだ。

…そうは思ってるけど、現実はすごく難しい。

どうやって好きって伝えれるんだろう。

『先輩、かっこいいって噂で、憧れと勘違いされるかもしれないから、ちょっとしたことじゃ本気の告白って気づかないかも』

「そういうとこが好きなんだよね…でも、好きって言ったら引かれそう…はぁ…」

『僕はあまりそういうことで悩んだりしないから…同情とか、良い感じの励ましは出来ないよ』

幼馴染みはそんなことを言った。

梓って恋、したことないんだ。

誰かを好きになると、その人のことを無限に考えちゃって、考えてる間は何も手につかなくなる。

どうしようもなくなる。

そんな経験とかも、きっとないのかな。

「うん。わかってる。言ったらちょっと頭の整理出来るかなって」

『…出来そう?』

「うん、気持ちは落ち着いた。ありがと、梓!」

『話はいつでも聞くから。何かあったらまた連絡して』

「うん。本当ありがとう!」

確かに、気持ちは落ち着いた。

爆発しそうな衝動はなくなった。

でも、モヤモヤはなくならない。

本人に直接言わないと、きっとこれは一生なくならない。

私の想いを寄せてる人…薙さんは、いわゆる一目惚れで、その外見のかっこよさとは反対に花を愛でるところにすごく惹かれた。

梓と話してるところを何回か聞いたことあるけど、声も凛々しくて。

一回好きってなると全部が魅力的に感じちゃうらしいけど、本当にそうなんだ。

薙さん…私は会話をしたことがないから、一度で良いから目を合わせて何かを話してみたいな…。

「あ、ダメ…また想いが…」

やめよう。

梓にまた頼っちゃいそう。

二回目はさすがに出てくれないかもしれない。

そうなったら、すごく傷つく。

梓のせいじゃないのに。

私は思考を全部ストップさせて、布団の中に入り込んだ。

そういえば宿題があったような気がするけど…今は良いや。

明日頑張ってやるか、先生に忘れてましたって謝ろう。

こういう子を彼は、嫌がるかな…?

『でも、君への好きは止められないよ。』

多分、ずっとずっと、好きなままなんだろうな…。



*****



夕暮れ時が早まりつつある九月の終わり。

自分は学校の花壇に咲く花に水やりをしていた。

この季節になると学校で花を見ることは正面玄関の隣にある紅葉以外全て枯れてしまう。

部活の役目も、そろそろなくなってしまうんだろうか。

「お、部長は今日も休まず活動してるな?」

感傷に浸っていたところで顧問の先生がそう話しかけてきた。

察しはついていると思うけど、自分は園芸部の部長。

なった理由は三年に自分以外の部員がいなかったから。

その前にまず、この園芸部に入った理由は『今は』花が好きだから。

元々の理由は少し違う。

「先生も水やりしていきますか?」

「そうだな、せっかくの顧問だし、やってくことにするよ。じょうろはどこに?」

「これ使って大丈夫です。別のは自分が取りに行きます」

「それは助かるな。じゃこの桜に水やりしてるよ」

「…コスモスです」

「…まあ、細かいとこは気にすんな」

先生にじょうろを渡してから、物置小屋にある別のものを取りに行く。

…若干、それを手に取ることを躊躇った。

いつもは違う人が使っているから。

けど、他にはないことから思考を切り替え、水を汲み、花壇へと戻る。

顧問にしては園芸や花に関しては無知な人だけど、水を雑に振り撒くことはしないことから、繊細な人だと思った。

自分が戻ってきたことに気づくと、軽く謝ってきた。

「手間かけさせて悪いな」

「大丈夫です」

それから数分の間、沈黙が流れる。

「ところで部長はモテるのか?」

「…急な話ですね」

「いや、さっきから下校する女子の視線がここに集中してるんだ。あれはよくあるのか?」

先生が唐突に振った話題は恋愛ものだった。

その話題は苦手であるから返すのに躊躇いが入る。

「最近は…特に後輩から」

「ほう、後輩ってわかるのか」

「敬語で話しかけてくることがあるのと…自分をよく知らないという点からです」

今こちらを見ている女子も恐らく年下だろう。

「まあ、絵になるしなぁ。こんなルックスの良い部長が花を愛でてるんだ、気にはなるだろ。そして、どうやら先生はその雰囲気を壊しているようだな」

誰からもそんなことを言われたわけではないのに、先生は自分を軽々と卑下する。

「…自分で言うものではないですよ」

「その優しさは嬉しいが、度を超すと毒になりかねないからな?勘違いで襲われるぞ。それに、これは恐らく事実だろうし、そこは冗談でも同調しとけ」

それは…

「話せばわかってもらえるので大丈夫です。このくらいしないと、元に戻りかねない」

「元?」

「…何でもないです」

自分は周りに隠している過去がある。

それは言ってはいけないことではないけど、出来れば誰にも言いたくないこと。

この人なら誰にも言いふらしたりしないという絶対的な信頼を置ける人でないと、話したりはしない。

それに該当する人は現在二人だけ。

「まあ、これからも苦労するとは思うが、大いに楽しめよ」

そう言い、先生は力強く自分の背中を叩く。

「…手加減はないんですか」

「痛かったか?」

「多少」

「はは、悪い」

思えば何故先生は思い切り叩くことが出来たのか。

過去を知らないはずなのに。

「さて、これはどうすれば良い?」

「片付けは一人で出来ます。ありがとうございました」

「そうか。気をつけて帰れよ」

そうして片付けを終え、予定よりも五分早く教室へ戻った。



*****



中途半端に開いている扉から教室へ入ると、クラスで一番親しい人物の姿が目に入った。

何の躊躇いもなくその人物の名前を呼ぶ。

「英」

それに気づいた彼女…英は自分と目を合わせ、会話を続けてくる。

「薙。どうかしたの?」

特に用事はなかったけど、流れに任せ帰りの誘いをすることにした。

「今から帰り?」

「そうね、日直の仕事も無事終わったことだし、後は帰るだけかしら」

「なら、帰ろう」

「わかったわ」

それから二人は帰り支度を進め、準備が終わったところで玄関へと移動する。

歩く速度はどちらもあまり変わらないことから、揃える必要もない。

一階に下り、部室である生物室を眺めながら英が疑問を投げかけてきた。

「そういえば、今日は部活動しなくて良かったの?」

「顧問の先生が手伝ってくれたから。いつもより早く終わっただけ」

「そうなのね」

もう少し話を続けようかと思ったけど、靴箱を開けたところで『ある物』を見つけ、完全にそれに気を持っていかれた。

「…また」

自然と声が漏れた。

それを英はしっかり拾ってくる。

「どうかしたの?」

何となくわかっている様子で聞いてきた質問に、それを見せながら答える。

「最近、入っていることが多い」

「薙も罪な子ね」

「自分は何もしてない…」

二年、三年と進級してから、よくこんな物を貰うようになった。

それは手紙、しかもラブレターと呼ばれるもの。

気持ちは嬉しいけど、自分は誰からであったとしても付き合う気はない。

相手に断りを入れるのは申し訳なく思うけど、どうしても『付き合えない』のだから仕方がない。

それに、どうして自分なのだろう。

手紙に書かれている内容で多く見る単語は『かっこいい』だけど、他にもかっこいい人は数多くいるし、自分を対象にするのは…

「なら、自然体な姿に皆が惚れているのね。最も喜ばしい理由じゃない」

自然体…?

これが…自分の…?

英は全てわかっているはずなのに、素でそんなことを言っているのだろうか。

「これは…今の自分は自然体とは呼べない」

「なら、昔に戻りたいと思う?」

「…戻る気はない」

昔の自分…それが信頼の置ける人でないと言えない自分の秘密。

盛り上がる話では決してないし、むしろ聞けば、自分を知れば離れる人が増えると思う。

だから、英ともう一人にしか言っていない。

そして今の自分はその時に戻りたいとは一ミリも思わない。

トラウマ…に近いかもしれない。

「そう。今の方が良いのなら、それが今の薙の自然体よ。大丈夫。私は今の薙といられることがとても幸せで楽しいわ。自然体の薙が大好きよ」

英は自分を励ますように言葉を送ってくる。

だけど、最後のは…

「自分に向けて言わなくて良いし、誤解を生む発言だから…」

「相手が薙なら、私は構わないわよ?」

相手というのは恋人のことだろう。

彼女はまた周りに怪しまれる言葉を平気で言ってくる。

自分にその気は全くない。

「それ…」

「なんてね。冗談よ」

「だと思った」

彼女のからかいは日常茶飯事で、よくクラスの人、他学級の人までもがターゲットにされている。

癖なのだろうけど、たまにやり過ぎるところがあるからどうにかしてほしい。

「あら、悟られていたのね」

それに、今の冗談は自分なら確実にわかる。

それが恋愛絡みのものだから。

「英は、普通の恋愛しかしないだろうから」

「そうね。恋愛をするのかも定かではないけれど」

それを聞いてふと思った。

該当する相手はいないのかと。

クラスではある噂が一部で話題になっている。

その相手を、どうとも思ってはいないのだろうか。

事実を聞こうとしたところでお互いの帰路の分かれ道に着いていることに気づく。

英がふいに一歩前へ出た。

「さて、ここで分かれ道ね。薙は一人で帰れそう?」

懲りずにまたそんな冗談を言ってきた。

「…馬鹿にしてる?」

「あら、ごめんなさい。馬鹿にはしていないわ」

言葉を間違えた。

改めて彼女に真偽を問う。

「じゃあ、からかってる?」

「ふふっ」

それにはどちらの答えも示さずただ笑っただけだった。

自分はその笑みを肯定として受け取る。

「またね」

彼女の別れの言葉に、自分は軽く手を振って返した。



*****



午後十時。

今日中にやるべきことを全て終わらせ、ただ無心でぼんやりと自分の部屋を見渡していた。

特に目立つものはない、シンプルな部屋。

やがて、ある物に目が止まる。

『それ』を見るといつもあの日を思い出す。

自分の恋が芽生えた、その日を。

最近は特に女子からの視線が熱い日々を送ってはいるけど、自分だって恋をしている。

『それ』というのは、その相手と初めてクリスマスを過ごした時に行ったプレゼント交換で貰ったものだ。

自分に似合う物を真剣に考え、その場で渡してくれた。

きっと相手は自分のことをどうとも思っていない…それはわかっている。

プレゼント交換なんてものはその日がクリスマスだったから、雰囲気に流されてしたことなんだ。

きっと相手が自分でなくとも、そんなやり取りをしているはず。

だけど、一度想ってしまえば、自身ではその感情を止められない。

今日は会えなかった。

なら、明日はどうだろう。

どこにいるだろう、何をしているだろう。

その人のことを考え始めればどんな些細なことも気になってしまう。

けど、全てを聞くことは出来ない。

だってただの『先輩と後輩』でしかないから。

「明日も部活には来ない、か」

その人が来る曜日は決まっている。

それは明日ではないけど、誘えばきっと来てくれる。

だけど、動機が矛盾だから、誘えはしない。

もし同じ年に生まれて、同じクラスだったなら。

今頃、今より少しは近い距離感だったのだろうか。

気軽に話しかけられているのだろうか。

…醜い。

叶いもしない欲望を全て消し去り、いつもより少し早い眠りにつくことにした。

『好きな君の何もかもを独占したい。』

この本音は、何があっても絶対に言えない。



******



日直の最後の仕事である日誌を終えた私は、特に残る理由もないことから帰宅をしようとしていた。

明日から十月。

そろそろ上着の一枚も欲しくなる季節ね。

「英」

荷物をまとめていたところで後ろから声をかけられた。

英は私の名前。

この漢字一文字で『はなぶさ』と読むのよ…ってそんなことはどうでも良いわよね。

私は声をかけてくれた相手が誰なのかを確認する…までもなく誰かはわかっているのだけれど、そちらへ振り向き、その人と視線を合わせる。

「薙。どうかしたの?」

正体は同じクラスで一番話す数の多い薙だった。

どちらかというと薙は口下手な方なのだけれど、私から一方的に声をかけているの。

だって…この子、面白い子なのよ。

「今から帰り?」

「そうね、日直の仕事も無事終わったことだし、後は帰るだけかしら」

「なら、帰ろう」

「わかったわ」

薙は女子からも男子からも人気がある子なの。

ただ人気とはいっても注目を集めて日々キャーキャー言われるようなものではなくて、密かにファンクラブが出来ているって感じよ。

隠れイケメン…といったところかしら。

そんな人と私が何故仲良くなったのか、それは二年半ほど前の中学校入学式にまで遡るのだけれど…もったいぶらせていただくわね。

また次の機会に。

それから私と薙は教室を出て、そのまま玄関へ。

二階から一階に下りたところで途中にある生物室が目に入った。

「そういえば、今日は部活動しなくて良かったの?」

私は疑問に思ったことを口にした。

園芸部の部長である薙は朝と放課後、学校に咲いている花に水やりをしているの。

毎日していると思っていたのだけれど、そうではないのかしら。

「顧問の先生が手伝ってくれたから。いつもより早く終わっただけ」

「そうなのね」

私が日直だったこともあったから、いつもより帰る時間は若干遅い。

顧問の先生の協力がなかったら、薙とは帰れていなかったかもしれないわね。

さて、玄関に着いたところで、外靴に履き替えるとしますか。

「…また」

「どうかしたの?」

薙が自分の靴箱の中を見ながら無意識に声を漏らしていた。

どうかしたの、なんて聞いたけれど、大方予想はついてしまっているわ。

アレ、よね。

「最近、入っていることが多い」

そう言いながら見せてくれたのは横に少しだけ長い長方形の封筒。

まあ手紙、それもラブレター、かしらね。

それが靴箱に何回も入っているだなんて…

「薙も罪な子ね」

「自分は何もしてない…」

「なら、自然体な姿に皆が惚れているのね。最も喜ばしい理由じゃない」

「これは…今の自分は自然体とは呼べない」

薙の言うことは最もなのでしょうね。

この話も割愛するけれど、薙の過去は今の姿では全く想像出来ないものなの。

私は本人から聞かされただけだから、実際見たことはないのよね。

あ、嘘ね、あるわ、一度だけ。

二年前の夏休み辺りかしら、待ち合わせ中に男子三人のグループに絡まれて、特に相手にしていなかったのだけれど、そのタイミングで薙が来て…『彼女に何か用?』って言ってくれたの。

あの時はとてもかっこよかったわ。

勘違い防止のため言っておくけれど、彼氏ではないわよ。

話を戻すわね。

そう、こんな薙は今じゃ想像出来ないの。

現段階で想像出来ているのなら、まだ薙を深くは知っていないってことね。

「なら、昔に戻りたいと思う?」

「…戻る気はない」

「そう。今の方が良いのなら、それが今の薙の自然体よ。大丈夫。私は今の薙といられることがとても幸せで楽しいわ。自然体の薙が大好きよ」

「自分に向けて言わなくて良いし、誤解を生む発言だから…」

「相手が薙なら、私は構わないわよ?」

「それ…」

これまで私の性格を紹介していなかったわね。

良いタイミングだから話しておくわ。

私…

「なんてね。冗談よ」

人をからかうことが大好きなの。

恋をした経験はゼロで、友人関係は良好、男女共に多くの子と気軽に話せる人よ。

私と薙の関係がどんなか、一瞬でも想像してしまった?

ちゃんと前置きはしたのだから、それはないわよね。

けれど、友人としての薙は大好きよ。

「だと思った」

「あら、悟られていたのね」

「英は、普通の恋愛しかしないだろうから」

「そうね。恋愛をするのかも定かではないけれど」

少なくとも、薙を恋愛対象として見ることは確実にないわ。

親しき友人、良くても親友止まりね。

「さて、ここで分かれ道ね。薙は一人で帰れそう?」

「…馬鹿にしてる?」

「あら、ごめんなさい。馬鹿にはしていないわ」

「じゃあ、からかってる?」

「ふふっ。またね」

からかうのと馬鹿にするのは同義語ではないわよね?



******



薙と別れて五分ほどで、私の家にたどり着く。

「ただいま…あら、飾ー?いるのね?」

飾というのは私の実の妹。

一つ年下で、私と同じ学校へ通っているわ。

正直で、真面目な子よ。

「やっぱり、梓くんみたいに…」

さっきから反応がないと思い耳を澄ましてみると、どうやら考え事をしている様子。

飾は一人で考え事をすると、うっかり声に出てしまう癖があるのよね。

梓くん…とは誰かしら。

何か飾の手本になるようなことでもされたとか?

それにしても、男の子といつの間に仲良く出来るようになったの?

少し気になるわ。

「飾、部屋入るわよ」

この声かけも聞こえていないみたい。

かなり深刻そうね…何があったのかしら。

「どうしよう…」

「何かあったの?」

「ひゃっ!」

飾は心底驚いて、椅子から落ちそうになっていた。

そこから立ち直り、私と視線を合わせてくる。

「お姉ちゃん…びっくりした…」

「あら、ごめんなさい。玄関入る時と、さっきも飾に声をかけたのだけれど…」

そんなに驚かれるなら、反応があるまで声をかけ続ければ良かったわね。

危うく飾が怪我をするところだったわ。

少し反省。

さて、気になっていることを聞き出しましょうか。

「何か悩んでいたのね。梓くんが…どうたら」

これを聞いて予想より遥かに大きな反応をされた。

聞かれたくなかったことだったのね。

「ごめんね!何でもないの!」

「本当?恋煩いだったりしない?」

「ち、違うよ!?」

なんて、少しからかってみたけれど…あら、そうなの?

飾って誰よりもわかりやすいから…。

だからこそ、からかいがいがあるのだけれどね。

私のちょっと黒い部分。

「梓くんに声をかけられただけ!」

飾が男の子に声をかけられる展開は他に聞いたことがないから、もはやそれは恋愛絡みとしか解釈出来ないわね。

梓くんって名前、覚えておこうかしら。

「気をつけなさいね。貴女にもし何かあったら、私傷ついてしまうわ」

これは本音。

私の大切な人に傷がつくようなことは、何があっても起こってほしくない。

それが家族なら、なおさら。

「ありがとう。気をつけるね!」

そう言って目映い笑顔を向けてくれた。

本当に真っ直ぐで、かわいい子ね。



******



夜の十一時半。

特に何かをする予定もなかった私は、潔く布団へと足を運ぶ。

恋絡み…友達や飾の事情に興味はあるけれど、私自身は無縁なのよね。

好きな人も、恐らく私のことを好いてくれる人もいないと思うの。

だって人をからかうことが大好きな人間、しかも女なのよ?

相当なマゾヒストくらいじゃないかしら。

…少し言い過ぎね。

これでも告白を受けたことは何度かあるわ。

ただ自分が誰かと付き合うだなんて考えられなくて、そもそもその行為に興味がなくて、申し訳ないけれど全てお断りしているの。

何故私を好きになるのかしら…失礼だけれど疑問だわ。

ふと机の上に飾られたものに目を向ける。

今年の修学旅行時に撮られた、一枚の写真。

部屋で男女交流が出来る時間帯に、遊びに来た男子五人と私を含めた女子六人で遊んでいるところを偶然カメラマンが通りかかって撮ってくれたものなの。

あのとき恋バナなるものを少しだけして、細かいところは違えど、どうやら男子は優しくて笑顔がかわいい女の子に好意を寄せるみたい。

それと、気配り上手な子、らしいわ。

…私、優しいのかしら?

笑顔がかわいいのかしら?

気配り上手なのかしら…?

彼らの意見はあまり参考にならないわね。

ただ、一人の男子が言ってくれたこれは当てはまりそう。

『会話相手になってくれる人』

私は人と話すことが好きだから、その点だけは彼とマッチングするわ。

まあその彼は、私を恋愛対象には見ていないでしょうね。

だってクラスで一番からかいやすい男子なんだもの。

よく愛想が尽かされないものだわ。

まさか…違うわよね?

「結局、全部私の妄想でしかないものね」

誰に告白をされても、私は進展なんかしないわ。

今が一番、楽しいのだから。

『たとえそれが彼だとしても。』

ね。



*******



今日は九月三十日。

小学校六年生のこの日はいつもの六時間授業!

特にハプニングが起こることもなく、私の日直も終わりを迎えた。

「せんせー!日直終わりました!」

そう先生に言ってから、帰る準備を始める。

「舞花ちゃん、お疲れさま!」

携帯を取り出そうとしたら、私の名前が呼ばれた。

声の正体は同じクラスの友達の蘭子ちゃんだった。

「蘭子ちゃん!お疲れさま~!待っててくれたの?」

蘭子ちゃんは六年生になってすぐにこの学校に転校して来た子。

優しくて、ちょっと引っ込み思案なところがあるけど、面倒見がいい子なんだ!

私の一番の友達だと思ってる!

「うん。一緒に帰りたいなって!」

「私も!蘭子ちゃんと一緒に帰るー!」

蘭子ちゃんに誘われることあまりなかったから嬉しい!

途中になってた準備を急いで進めた。

と、まずは携帯、確認しなくちゃ。

通知が一つ、お兄ちゃんから届いてた。

『今日、一緒に帰らないか?』

あ、お兄ちゃんにも誘われてた。

でも…先に蘭子ちゃんと約束しちゃったし…どうしよう…?

「うーん、うーん…」

「…どうしたの?」

「お兄ちゃんからね、一緒に帰らないかー?って」

「あ、ごめんね…?良いよ!お兄さんと帰って!」

「でも、一緒に帰るって約束しちゃったから…今日は蘭子ちゃんと帰るね!」

すっごくすっごく悩んだけど、やっぱり蘭子ちゃんと約束しちゃったし、明日お兄ちゃんと一緒に帰ることにしよう。

多分お兄ちゃんは許してくれる!

帰ってたくさん謝ろう!

「…本当に大丈夫?お兄さんの方が…」

「良いの!ちょっと送らせてね」

…どんな感じにすれば良いんだろう?

あんまり断る時の返信ってしないからわかんない…。

『今日は、蘭子ちゃんと帰るんだ♪だから、一緒に帰れないよ』

こんな感じで良いのかな?

お兄ちゃんに送るのだから大丈夫だよね!

すぐに読んだ印のマークがついて、さらに返信が返ってくる。

『りょーかい。気をつけてな』

やっぱりお兄ちゃん優しい!

「これで大丈夫!じゃ、帰ろ?」

「うん…!ありがとう!」

こうして一緒にいると、蘭子ちゃんとお兄ちゃん、合いそうだなー…なんて。



*******



学校に張りついてる時計を見つけた。

五時…ちょっとかな?

「蘭子ちゃん、こんなに遅くなっちゃって大丈夫?」

いっつもってことはないけど、蘭子ちゃんは帰りの挨拶が終わった後、皆よりも早めに学校を出てた。

わざわざ私が日直のときに一緒に帰ろうなんて…何かあるのかな?

「えっ?あ、今日はね、ゆっくり帰っても良い日なの!」

「いっつもは何かあるってこと?」

「うーん…習い事…とか?」

ふわふわした言葉が返ってくるけど、聞いちゃダメかな?

気になっちゃったことはつい聞き返しちゃうんだよね。

でももう六年生だし、上級学年だし、ここは堪える!

「そうなんだ!」

と、向こうから歩いて来る、私の知ってる人を見つけた。

ちょっと遠めだけど、大きな声で呼んでみる。

「あ!梓お兄ちゃんだ!」

梓お兄ちゃんは私に気がついて、穏やかな声色で返してくれる。

「こんにちは。今帰り?」

「うん!そうだよ!日直だったの!」

「舞花ちゃん、この人は誰?」

梓お兄ちゃんと会話をしてたところで蘭子ちゃんから質問がくる。

そうだった。

蘭子ちゃんは梓お兄ちゃんを知らないんだった。

短く、わかりやすく紹介をする。

「この人はね、梓お兄ちゃん!お兄ちゃんの親友なんだよ!」

…すっごくわかりやすいよね?

逆に何にもわかんないかな…?

「そうなんだ!よろしくお願いします!梓さん!」

とりあえず年上ってことは伝わったみたい、良かった!

だって梓お兄ちゃん、背、低いんだもん!

あ…失礼なことかな?

でも、言葉には出てないから大丈夫だよね?

「よ、よろしく…えっと…」

「あ!蘭子です!名前言ってなかったですね…」

なんて一人で考えてる間に二人が初対面の挨拶を交わしてた。

梓お兄ちゃん、ちょっと戸惑ってる?

見たことあったりしたのかな?

それとも梓お兄ちゃんは人見知りなのかな?

うーん、私にはよくわかんない。

あ、でも、緊張した顔色じゃないからそんなことはないっぽい。

名前がわかんなかったって感じかな?

「蘭子、ちゃん。どこかのお金持ちの子だったりするの?」

蘭子ちゃん…お金持ちなの!?

「えっ…?あ、いや、普通です…!何も!ないです!」

だ、だよね!

根拠はないけど蘭子ちゃんは普通の子だと私は思ってるよ!

どうして梓お兄ちゃんはお金持ちだと思ったんだろ?

「そっか。ごめんね。いきなり聞いて」

「あ、や、いえ」

良かった、蘭子ちゃんに追及しないみたい。

でも…梓お兄ちゃんが言うと私もちょっと気になってくるなぁ。

あ、もし蘭子ちゃんがお金持ちだとしても、私は態度を変えたりしないよ!

二人の会話が終わったところで梓お兄ちゃんが私に向かって声をかけてくる。

「そうだ。舞花ちゃん、帰ったら笹目に気をつけた方が良いよ」

「あーお兄ちゃん…絶対怒ってるんだろうなー」

お兄ちゃんの誘い、断っちゃったもんね…。

謝って、明日一緒に帰るって約束しよう!

「いや、そっちじゃなくて、多分、しばらく羽交い締めにされると思うから」

ん?

あ、いつものアレのことかな?

日常茶飯事だけど、確かに今日は強そう。

「んー、そっか!家に着くまでに気合い入れとかないとだね!」

気を抜いてると潰れちゃうからね。

お兄ちゃんの力は意外と強いんだ!

「じゃあ、僕はこれから塾があるから」

「そうなんだ!」

お兄ちゃんと会うのは初めてじゃないけど、この通学路で偶然は初めてだった。

塾に通ってるなんて知らなかった!

確かお勉強の延長戦みたいなのだったよね?

「それじゃあ梓さん、さようなら!」

「うん。さようなら」

そんなに長くお勉強してて疲れないのかな?

私も嫌いなわけじゃないんだけど、今くらいがちょうど良いなー。

そうだそうだ、蘭子ちゃんに聞きたかったことがあったんだ。

梓お兄ちゃんと別れた後で、疑問に思ったことを聞いてみる。

「蘭子ちゃん、本当に梓お兄ちゃんと会うの初めてなの?」

「えっ?そうだよ?どうしたの?」

「ううん!そうなんだね!」

「…?」

やっぱり、私の思い過ぎだったっぽい。

そうだよね、この人誰って最初に聞いてきたもんね。

気になることはいっぱいあるけど、言えないことは無理に聞かない!

「舞花ちゃんのお兄さんってどんな人なの?」

今度は蘭子ちゃんの方から質問がきた。

「あれ?言ってなかったっけ?」

「多分、聞いてないと思う!」

お兄ちゃんって、どんな人なんだろう?

あんまり、説明したことないから…。

「すっごく優しいんだよ!それとね、私のことよく気にしてくれるの!」

私から見た素直な意見なんだけど、伝わるかな?

「そうなんだ!良い人なんだね!」

伝わったみたい。

良かったぁ。

「蘭子ちゃん、お兄ちゃんと合いそう!」

「え?えっ?どういうこと?」

「相性良いと思う!」

…蘭子ちゃん、固まっちゃった。

あれ、私変なこと言っちゃった?

「その、私は…えっと…」

「もしかして、蘭子ちゃん好きな人いるの!?」

「え!?えっ!?」

「いるんだ!」

蘭子ちゃんの反応で何となくわかっちゃった。

私に言えない人なのかな?

だったら、あの人しかいないよね!

「私のお兄ちゃん?」

「違う!違うよ!だって私、お兄さんのこと見たことだってないよ!」

「あ、そっか!そうだったね!じゃ、誰なんだろう…?」

「ね、や、止めようこのお話!違うこと話そう…?」

あ、つい気になってたくさん聞いちゃった。

大人になるって決めたのに…難しいなぁ。

「ごめんね蘭子ちゃん!それで、何のお話しよう?」

「あのね、今日の休み時間…」

その後はいつもと変わらないお話をして、お互い家に帰った。



*******



「ただいま~」

ドアを開けた瞬間、お兄ちゃんが飛びついて…は来なかった。

すっごく覚悟をしてたんだけど、いつもみたいな待ち伏せもしてなかった。

もしかして、本気で怒ってたのかな…?

と、リビングから出て来たお兄ちゃんを見つけた。

怖い感じもないし、大丈夫っぽい。

「おかえり。舞花」

「あれ~?今日はバァーーッ!って来ないんだね?」

素直に思ったことを口にした。

お兄ちゃんは申し訳なさそうな表情になって…

「毎日やったら嫌だろ?」

そんな悲しいことを言った。

たまにテレビとかで観るんだけど、兄妹関係が良くないの、切ないなって思う。

家族なのに、一番近くにいるはずなのに、距離があるのはイヤだな…。

「ん~、そうなのかな~?」

私だったら、すごくすごく悲しい。

「…毎日、それでも良いのか?」

でも、さすがに毎日だと、反応に困っちゃうなぁ。

「毎日はイヤかな~」

それでも距離が遠くなるのはもっとイヤだから…

「あと、もうちょっと優しめだと助かるかな!」

「優しめなら、良いんだな?」

「うん!良いよ!」

お兄ちゃんが優しく笑った。

私に向けてくれる顔はいつだって柔らかくて、大切にしてくれてるんだなーって思える。

やっぱり、お兄ちゃん、好き。

と、そうだ。

「そういえばお兄ちゃん」

「何だ?」

「あのね、今日一緒に帰れなかったから、明日一緒に帰ろ?」

私の方から断っちゃったから、今度は私の方から誘ってみた。

お兄ちゃんはちょっと戸惑った顔をした。

「明日?」

あれ、聞こえてなかったのかな。

それとも用事があるのかな。

「うん!」

強めに返してみた。

もしダメだったら、違う日を提案しよう!

「そうだな。明日、一緒に帰るか」

大丈夫みたい!

良かった!

「うん!約束!」

それからお兄ちゃんの前に小指を出した。

指切りをして約束する。

お兄ちゃんが恥ずかしそうな顔をしてたのは、気のせいかな?

約束をし終わったところで、大切なことを思い出す。

あの子のところに行こう。

私の大切な彼のところに。

「ねえねえ、お兄ちゃんも一緒に、もなかのところ行く?」

「…行こーかな」

もなかというのはこの家で飼ってた愛犬のこと。

今はもう動かなくて、ずっとおやすみしてる。

それでも私は、いつか元気に動き回ってくれるんじゃないかって思ってる。

一週間くらい前まではこのままずっと立ち直れないと思ってたけど、お兄ちゃんが私のことを気遣ってくれたおかげで、今は大分良くなった。

お兄ちゃんにいっぱいいっぱい感謝しなくちゃ。

そう思って、一瞬、お兄ちゃんの方を見たんだけど、難しい顔をしていて私には気づいてないみたいだった。

もなかのことを悲しんでるのは私だけじゃない。

早く、元の調子に戻さないと!

それから、もなかがおやすみしてる裏庭に着いた。

そして、私はいつものように、もなかにお話をする。

「もなか。今日ね、日直だったんだ。もう一人の子が休んじゃって一人で大変だったんだけど、何とかやり遂げたんだよ。あと、今日は難しい算数の問題も解けたんだ。ほら、もなかに解けない~!って文句を言ってたところ!」

私は毎日特別なことが起きてるわけじゃない。

前までは話そうとも思わなかった何気ないことまで今はポンポン出てくる。

…会いたいな、もなかに。

ううん、ダメ!

私が気分落としちゃってたら、もなかも悲しんじゃう!

もっとハッピーなお話をしよう!

そうだ、蘭子ちゃんと帰ったことを話そう!

「今日蘭子ちゃんと帰ったんだ!それとね、蘭子ちゃんに梓お兄ちゃん紹介したんだよ!」

私、色々紹介してなかったんだよね。

わざわざ紹介しなくても良いんじゃないかって思われるかもしれないんだけど、私にとっては皆仲良しが良いからこれで良いんだ!

「梓お兄ちゃんね、蘭子ちゃんと会った時、すっごく動揺?してたの!言葉を噛んじゃってたんだよ!珍しいなーって思った!あとあと、蘭子ちゃんね、好きな人がいるらしいの!知らなかったな~!」

さっきは違うって言われちゃったけど、まだ何となくそうなんじゃないかって思ってる。

蘭子ちゃんの好きな人。

「お兄ちゃんだったりして!」

「いや、それはねーだろ?」

「うぇ?どうして?」

お兄ちゃんが飛び入り参加してきた。

私は驚いちゃって、とっさに反応してしまう。

何でないんだろ?

私は二人、合うと思うんだけど…。

「いや、何でもない。水差してごめんな」

あ、これ以上聞かない方が良いよね。

さっきやらかしちゃったから…。

「ううん、良いの!」

これで軽く流したことになるかな…?

この話題気になっちゃうから変えよ!

「あ、それでね…えと、えーと…思い浮かばなくなっちゃった」

お兄ちゃんのこと考えてたら、頭がぐるぐるして言葉が出なくなっちゃった。

ここはお兄ちゃんにバトンタッチしよう!

「お兄ちゃんも、もなかに何か言っとく?」

「そうだな…」

お兄ちゃんは少し考えて…

「今日も舞花はかわいいよ」

「私に言うんじゃなくて!」

お兄ちゃんも今日あったことを言うのかと思ったけど私のことだった。

違う!

そうじゃなくてもなかにだよ!

ちょっと頬を膨らせてみた。

そんな私を見てお兄ちゃんは柔らかい笑顔を浮かべて…

「かわいいな」

「もう!違うってば!」

…お兄ちゃんは私の言葉が通じないっぽい。

もなかのところに来るといっつもこうなるんだよね…。

今日あった出来事を思いつく限り全部話して、家の中に戻った。

と、一つ言い忘れちゃってた。

もなかのところに一人だけでまたやってくる。

「もなか。そろそろね、大丈夫なんだ。心配してくれて、ありがとう」

もなかのこと、大好き。

いっつも隣にいてくれたから。

でも…ずっともなかに縋ってたけど、それじゃダメなんだ。

私も大人にならなくちゃ。

「…ずっとずっと大好きだよ。でも、そろそろ依存は卒業するね」



*******



夜の十時。

小学生はこのくらいに寝なさいってお母さんに言われてる。

あんまり眠くはないけど、渋々布団の中に潜り込むことにした。

夜になると、いっつも一緒に寝てたもなかのことを思い出す。

さっき決心したばっかりなのに…。

「…もなか、好き。どうして、いなくなっちゃったの?」

お兄ちゃんからは『長生きしたから』って。

わかってるんだ。

でもね、やっぱり、認めたくないよ…。

「私も、ちゃんとしっかり誰かを好きにならないと…」

私がいつか恋をしたら、もなかの時みたいに、ずっとそばにいたいって思えるのかな?

『私にとっての恋って何だろう。』

優しくて、私とずっと一緒にいてくれる。

…お兄ちゃん?

みたいな人、かな?



********



俺は人に好かれない。

むしろ、良く思われることが皆無に等しい。

原因が一体何なのか、そんなものは自分でわかりきってる。

「あの、矢一くん…」

「あ?」

「その…ぷ、プリントを…」

「あぁ、どうも」

「いえ…ご、ごめんなさい…!」

俺に話しかける女子は大抵事を済ませると逃げるように去る。

男子でさえ迂闊に目も合わせない状態だ。

世間一般で言うところの、不良ってやつなんだろう。

それに関しては俺自身、理解はしてるが納得はしてない。

口調は荒いし表情も決して優しいとは言えない。

素っ気ない態度をすぐ取ることも、原因の一つだ。

ただ内心は友人を作ることに躊躇いはないし、むしろ出来ればそいつと世間話で盛り上がることだってする。

こういうの、自分をコントロール出来ないって言うんだろうな。

今はホームルームが終わって放課後。

さっき女子から話しかけられたのは昨日休んだ分のプリントを渡すよう、担任から言われたからだ。

クラス役員だからって担任に使われて、ご苦労なことだ。

何も属さなければ一日中自由に過ごせるというのに。

ま、責任感ある奴が一人でもいないとクラスは崩壊するんだがな。

とにかく俺は、普通の奴と上手くつるめない、他称不良だと認識してほしい。

さて、用事も特に無いようだし、帰るか。



********



家は親と三人暮らしだが共働きで夜までいない。

いても関わることなんてそうそうないが、多少今日の出来事くらいの話はする。

周りには亀裂が入ってると思われがちだがな。

今現在の時刻はまだ日が出てる午後五時前。

会話相手がいねぇから暇だな。

家にいてもすることがないと判断し、宛もなく外を徘徊することにする。

「「あ」」

歩いて四、五分で見知った人物と遭遇した。

互いにタイミングが重なったのか地味にハモる。

「笹目じゃねぇか。何だ?今帰りか?」

「そーなんだよ。舞花誘ったら思いっきりフラれた」

名前は笹目。

数少ない友人枠だ。

あまり俺を恐れねぇのか、俺の情報を知らねぇのか、会った当初から一歩引くような素振りを全く見せない。

ガチな喧嘩になったらもしかしたら強いのかもな。

互いにやる気はねぇだろうが。

舞花というのは彼の妹のこと。

兄妹からかもしれねぇが、彼女に対する想いが強いようだ。

「相変わらずなシスコンだな。いつか愛想つかされんじゃねぇの?」

「そんなことねーだろ…?一応兄妹だってのはわきまえてるぞ…?」

「ま、限度越したら拒絶は確定だな」

…笹目がフリーズした。

今のは思いっきり冗談だったんだが、本気で捉えたのか?

まさか、わきまえておきながら一線越すつもりなのか?

いや、そりゃねぇか。

…さすがに心配になってきた。

「どうした?固まってっけど」

「あーっと、ちと考え事を、な」

考え事か。

何を悩んでんだ?

…なんて聞こうと思ったが、生憎上手い解決法を思いつくような脳は持ち合わせていない。

頭が弱いからではなく、彼が悩みそうな事の経験が少ないということだ。

ここは相談相手を提示しておこう。

「俺は上手く相談には乗ってやれねぇからな。すんならそっちの親友にしろよ」

何度か笹目のクラスに行った時に見かけたことがある。

近くにいただけだから親友なのかは知らないが、恐らく合っているだろう。

チビで顔に出ない男子。

付け加えるなら友人がいなそう。

ま、そいつのことはどうでも良いか。

「で?そっちはどーなんだ?」

「あ?んの話だよ」

今、急に話が飛んだよな?

何の話かわかんねぇ。

そっちとか言ってきたがこっちに兄弟はいないし、類似した奴も思い当たらない。

「あれ、確かいたよな?彼女」

…あぁ、その話か。

ってか、またその話すんのかよ。

一度誤魔化してみっか。

「んなこと言ったか?記憶にねぇな」

「進展くらい…」

「ねぇよ。つか、あっても言わねぇし」

あ、口が滑った。

進展とか言われりゃ反論したくなんだろ。

上手く聞き出そうとすんなよ。

…マジでねぇし。

「なあ矢一、そろそろ名前くらい教えてくれても良いんじゃ…」

「誰がてめぇに言うんだよ」

あぁ、また癖が出た。

これが親しい仲が出来ない最大の理由。

気に食わない話題を振られるとすぐに口調が荒くなる。

素直にその話題止めろって言えば良いんだろうが、俺にはコントロールが利かない。

自分のことだが、かなり面倒な性格だな。

まあ俺がどんだけ温厚になっても、名を明かす気は更々ない。

っつか、よくもまぁしぶとく聞いてくるもんだな。

「…そうキレんなよ。悪かったって」

「お前何回目だよ。次聞いたらただじゃおかねぇぞ」

そう言って笹目と別れた。

少しの間を置いて、さっきの発言を思い返す。

『ただじゃおかねぇ』

何回言うんだろうな、この台詞。

やり合う気がない奴に向かってこんな言葉投げても誰も信用しねぇっての。

そもそもだ、俺は自分から喧嘩を売ったことすらない。

それを知ってるであろう笹目は、一ミリもビビってるような素振りを見せない。

何か勝てる根拠でもあんだろう。

だって普通あんなこと言われりゃ何かしら返してくるもんだろ?

俺の偏見か?

ま、良いか。

ただこの彼との会話時間、良い暇潰しになったな。

やっぱこういう関係の友人ってのは大切だと常々思う。

…どれほど仲を深めようと彼女関係を話すことはしねぇが。

それから俺はもう少し外をふらつくことにした。



********



そのことにたった今、後悔してる。

あれで帰ってれば、こんな面倒なことにはならなかった。

いや、『ならなかった』ではない。

これから『なる』んだ。

「お前が噂の矢一ってヤツか?」

目の前に立ち、道を塞ぐ、明らかに柄の悪い男四人組。

…あぁ、違うな。

死角にもう二、三人いる。

よくもまぁ、そんな大所帯で俺のとこに来たもんだ。

「噂かどうか知らんが、名前は合ってるな」

これから起こる出来事の予想がつき、かなり気が重くなる。

俺が一歩外に出るといつもこうだ。

変な噂とやらが広まってるせいで無駄な体力を消費せねばならなくなる。

まぁ、自分が抵抗しなけりゃ良いだけの話なんだけどな。

…それより、何で俺のことわかんだ?

そりゃ着崩しちゃいるが、一目でわかるってことはなくねぇか?

え、マジかよ。

俺って誰からもわかられんのか。

条件によっちゃ嬉しいことなんだろうが、この場合全くもって嬉しくはねぇな。

「ちょい面貸せよ」

「痛ぇのはごめんだな」

「あ?何抜かしてんだ?やり合いに決まってんだろーが」

やっぱそうきたか。

わかってたけどな。

無駄な説得するよりかはさっさと終わらせんのが得策か。

けど、また噂が大きくなんだよな…。

「どっちがつえーか、正銘してやんよ」

「そういうことなら不戦敗で良い。俺怪我してっし」

「お子様な言い訳すんだな。んなら一発殴らせろや。それで許してやんよ」

「…痛ぇのはごめんだ」

「るっせーんだよ!」

ガッ…

「…な?!」

「痛ぇのはっつったろ。どっちが強いか、だったか?正銘すんならなめてかかってんじゃねぇよ」

「じょ、上等だァ!!」

俺が奴の拳を止めたことを皮切りに、一対七の喧嘩が始まった。

結果は…言うまでもないだろう。

「…雑魚が。粋がってんじゃねぇよ」

そう言い残し、現場を後にした。



********



「おか…また、喧嘩したの…?」

疲れ切った姿で玄関に入るとほぼ同じタイミングで帰って来たんだろう、コートを着た母が俺を見て心配そうに聞いてきた。

まぁ、ところどころに血がついてれば誰でも心配はするか。

「何度も言うが俺から仕掛けたわけじゃねぇからな」

「わかってるわ…でも…痛そう」

「これ全部返り血だけどな」

洗える性質の制服で良かったと思う。

シャツはそう簡単に落ちはしねぇけど。

家に着いたのが七時過ぎ。

俺はあの集団に小一時間ほど相手をしてたのかと途方に暮れる。

謎の闘争心のおかげで随分と悪い噂が立ち、引かれ、恐れられるようになった。

精神コントロールの出来ない自分が心底嫌いだ。

「ご飯、食べるわよね?」

「あ?あぁ」

そう短く答え、着替えを済まし、ダイニングへと向かった。

父は遅くまで帰らないらしく、晩飯は母と二人でとった。

その時の会話は、あまり弾んではない。



********



「にしても、七人は多いだろ…」

部屋に戻り、今日あったことを思い出す。

どっちが強いかとか、大人数で来たらわかるわけねぇだろ。

集団で勝利したとこでじゃあ一人だったらとか、誰が結局一番なのかって後々なることを予測出来ねぇのか?

これだから頭の悪い奴は困る。

「そういやいたな、一人だけ。喧嘩強いクセに調子に乗らねぇ奴」

弱者に手を出す下劣な奴等だけとやり合う奴。

同い年くらいとは思うが、もう一年半も前の話だからな…。

顔もあんま見てねぇし、相手も覚えちゃねぇだろうな。

俺も挑発に乗らずにいれる性格になりてぇんだけどな…。

…何考えてんだ。

自分で何が言いたいのかよくわかんねぇ。

「…寝よう。かなり疲れてる」

考えてたことを全部投げ、ベッドに潜り込む。

『自分よりも、他人が傷つかない努力をしろ。』

そうしねぇと、あいつがいつか巻き込まれ、傷つく予感がする。

そんなこと、誰にもさせねぇけど。



*********



九月の最後の日。

私はある女の子と一緒に帰ろうと声をかけるために、教室で待機していた。

その子は今日が日直であるもう一人の子が休んでしまって、一人で日直をこなしていたみたい。

偉いなぁ…。

「せんせー!日直終わりました!」

と、その子の元気な声が教室中に響き渡った。

タイミングを損なわないように、近づいて話しかける。

「舞花ちゃん、お疲れさま!」

私が声をかけるとその子…舞花ちゃんはランドセルから何か取り出そうとしていた動きを止めて、私の方を振り向いて言葉を返してくれた。

「蘭子ちゃん!お疲れさま~!待っててくれたの?」

「うん。一緒に帰りたいなって!」

舞花ちゃんと帰ったことはあんまりない。

だから、元々誰かと帰る予定があったり、私と帰るのが嫌だったら逃げるようにいなくなろう。

私はあんまりメンタルが強くないから。

「私も!蘭子ちゃんと一緒に帰るー!」

あ…良かった。

舞花ちゃんは元気で明るくて優しくて、引っ込み思案でシャイである私に一番最初に話しかけてくれた子。

そんな舞花ちゃんにもし断られたりしたら…多分泣いちゃっていたと思う。

そうなる前に逃げるように帰ろうと思ったんだけど…そんなことしなくて済んだ。

今は違う意味で涙が出そう…。

「うーん、うーん…」

そんなことを考えていたら、舞花ちゃんが携帯を睨みつけて悩み始めていた。

「…どうしたの?」

「お兄ちゃんからね、一緒に帰らないかー?って」

…先客がいたみたいだった。

しかも舞花ちゃんのお兄さん…。

私なんかとより、お兄さんと帰る方がきっと楽しいよね。

「あ、ごめんね…?良いよ!お兄さんと帰って!」

悲しいけど、その方が良いよね。

だって、それだけ悩むってことは、舞花ちゃんにとって大切な人なんでしょ…?

私も大切な人との約束は無しにしたくない。

今日は一人で帰って…

「でも、一緒に帰るって約束しちゃったから…今日は蘭子ちゃんと帰るね!」

そんな言葉が返ってきた。

私はすごく嬉しい気持ちになった。

だけど…

「…本当に大丈夫?お兄さんの方が…」

「良いの!ちょっと送らせてね」

断りの一言を入れるのかな…。

本当に私とで良いのかな…。

舞花ちゃんは優しいけど、お兄さんとの約束を切っちゃうなんて…

「これで大丈夫!じゃ、帰ろ?」

私が止める間もなく、舞花ちゃんはお兄さんに断りを入れてしまったみたいだった。

ごめんね、舞花ちゃん。

でも…

「うん…!ありがとう!」

そうして私と舞花ちゃんは、途中まで一緒の道を帰ることになった。



*********



靴を履き替えて学校の玄関を出たところで。

「蘭子ちゃん、こんなに遅くなっちゃって大丈夫?」

「えっ?あ」

舞花ちゃんから純粋な質問が飛んできた。

私はいつも、誰よりも早く学校を出ている。

それを気にしているみたいだった。

心配してくれてありがとう。

大丈夫だよ。

「今日はね、ゆっくり帰っても良い日なの!」

「いっつもは何かあるってこと?」

う…舞花ちゃんってたまに隠したいところを突いてくる…。

ごめんね…

「うーん…習い事…とか?」

嘘、吐いちゃうね。

本当は違うんだよ!

違う理由があるんだよ…!

だけど、これは誰にも言えないんだ。

それが大切な友達の舞花ちゃんであったとしても。

「そうなんだ!」

眩しい…。

いつか話せる時が来たら、絶対一番に話すからね…!

「あ!梓お兄ちゃんだ!」

そう心で叫んだところで、舞花ちゃんは私の知らない名前を声に出して叫んだ。

少し奥に中学の制服を着た男の子が歩いて来ていた。

あの人のことかな…?

「こんにちは。今帰り?」

「うん!そうだよ!日直だったの!」

どうやらそうみたいだった。

制服から見ても男の子…だよね、年齢は…私と同じくらい?

「舞花ちゃん、この人は誰?」

気になってしまったので舞花ちゃんに聞いてみることにした。

…知らない人に自分から声をかけることは、ちょっと出来なかった。

「この人はね、梓お兄ちゃん!お兄ちゃんの親友なんだよ!」

そう元気良く答えてくれた。

だけど…年齢はわからなかった。

お兄さんの親友ってことだけはわかったから、丁寧に挨拶をする。

「そうなんだ!よろしくお願いします!梓さん!」

出来るだけ明るく振る舞った。

第一印象が大切だから。

これで失敗したら嫌だから。

でもやっぱり、恥ずかしい。

「よ、よろしく…えっと…」

「あ!蘭子です!名前言ってなかったですね…」

…やっぱりちょっと引かれたかな。

梓さんは少し動揺しながら挨拶を返してくれた。

「蘭子、ちゃん。どこかのお金持ちの子だったりするの?」

「えっ…?」

ど、どうし…

「あ、いや、普通です…!何も!ないです!」

これは、誰にも、まだ言ってないから…!

どうにかして誤魔化さないと…!

「そっか。ごめんね。いきなり聞いて」

「あ、や、いえ」

そんな焦りもいらなかったみたいで、梓さんは素直に食い下がってくれた。

私は小さく息を一つ吐いた。

「そうだ。舞花ちゃん、帰ったら笹目に気をつけた方が良いよ」

「あーお兄ちゃん…絶対怒ってるんだろうなー」

舞花ちゃんと梓さんが私にはわからない人の話を始めた。

お兄ちゃんってことは、梓さんの言う笹目って人が舞花ちゃんのお兄さんかな…?

怒ってるって…きっと私のせいだよね…。

「いや、そっちじゃなくて、多分、しばらく羽交い締めにされると思うから」

…え?

そっちじゃないって…?

それに…羽交い締め…?

「んーそっか!家に着くまでに気合い入れとかないとだね!」

舞花ちゃんとお兄さんってどんな関係なの…?

「じゃあ、僕はこれから塾があるから」

「そうなんだ!」

私だけが置いていかれて話が進んで、梓さんはどうやら塾に向かうみたいだった。

塾…私も中学生になったら通うのかな…。

どうしよう。

そんなことを考えている間に梓さんが行ってしまいそうだったから、私は慌てて挨拶をした。

「それじゃあ梓さん、さようなら!」

「うん。さようなら」

あまり声は出てなかったけど、ちゃんと届いて、応えてくれた。

男の人は皆怖くて苦手だ。

でも、何故かわからないけど、梓さんとは話せそう。

「蘭子ちゃん、本当に梓お兄ちゃんと会うの初めてなの?」

「えっ?そうだよ?どうしたの?」

「ううん!そうなんだね!」

「…?」

舞花ちゃんから聞かれた質問はよくわからなかった。

初めてじゃなく見えたのかな…。

名前から紹介し合ったのに…?

って、そんなこと気にすることじゃないよね。

そうなんだねって言ってくれたし、これ以上気にすることない。

今度は私が気になったことを聞いてみる。

「舞花ちゃんのお兄さんってどんな人なの?」

「あれ?言ってなかったっけ?」

「多分、聞いてないと思う!」

誘いを断っても怒ったりしなくて、むしろ羽交い締め…?にしてしまうような人。

それって…

「すっごく優しいんだよ!それとね、私のことよく気にしてくれるの!」

優しくて、舞花ちゃん…妹をよく気にする人。

うーん…それだけじゃわからないし、違うかもしれない。

「そうなんだ!良い人なんだね!」

もう少し聞きたくなったけど、追及は嫌がられることが多いからやめよう。

「蘭子ちゃん、お兄ちゃんと合いそう!」

「え?えっ?どういうこと?」

私と…お兄さんが…?

「相性良いと思う!」

それは…たとえそうだとしても、私はお兄さんとは結ばれないよ。

だって…

「その、私は…えっと…」

「もしかして、蘭子ちゃん好きな人いるの!?」

「え!?えっ!?」

「いるんだ!」

えっ…!

舞花ちゃん、そんなに察しが良い人なの…!?

彼女の言った通り、私には好きな人がいる。

それは…それが誰かは絶対に言えない。

でも、今は、お互い…

「私のお兄ちゃん?」

「違う!違うよ!だって私、お兄さんのこと見たことだってないよ!」

「あ、そっか!そうだったね!じゃ、誰なんだろう…?」

舞花ちゃんは恋の話が好きなのか、誰かを当ててこようとしてくる。

無理…言えない…!

「ね、や、止めようこのお話!違うこと話そう…?」

申し訳なく言った言葉に舞花ちゃんはハッとして両手を合わせて謝ってきた。

「ごめんね蘭子ちゃん!それで、何のお話しよう?」

「あのね、今日の休み時間…」

無理やり話を変えて、今日はその話をさせないように精一杯話題作りをした。



*********



夜の八時。

部屋に一人になって、深く深呼吸をした。

今日は…危なかった。

私の隠していることが、バレてしまいそうな気がしたから。

そう、私には好きな人…よりもう少し先に進んで、付き合っている人がいる。

絶対に誰にも言えないような相手で…って、その人が危ない人なわけじゃないよ!

ただ…色んな人はその人を悪く言っているみたい。

その人は強くて、優しくて、いつでも頼りない私を守ってくれる。

本当に、大好きな人。

「今日は、会えなかったなぁ…」

毎日早く帰っているのは、私の家がその人の帰り道にあって、窓から眺めたり、人が少ない時は声をかけたりすることが出来るから。

朝早くに会ったり、逆に夕暮れの小学生や中学生が少なくなる時に会ったりするけど、私は一秒でも多く彼を見ていたくて、こっそりそんなことをしている。

毎日ってバレたら、さすがに引かれちゃうかなぁ…。

どんな人でもここまでされると嫌だよね。

こうやって彼のことを考えると今すぐにでも電話をかけてしまいたくなる。

でも、今日は何だか彼が忙しいような気がして、それをするのを何とか踏み止まった。

「早く同じ中学に通いたいな…」

好きな人は今中学生二年生。

本当は今頃…なんだろうけど、仕方がないよね。

全部、私のせいなんだから。

少し過去を思い出して辛くなってしまったので、考えることをしないで済むために眠ることにした。

『好き…って、言ったら、引きますか…?』

懐かしいな…この言葉。


【9月30日 終】

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歪な関係の僕ら 紅ノ夕立 @AzuNagi

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