泣き虫

明里 好奇

泣き虫

泣き虫



 例えば、この引き金を引いたら、どうなるのかを俺はよく知っている。



 繰り返し繰り返し見る夢は、すでに夢ではなく迫りくる死と同等になっていた。起きている間に流れていく日常と相反して、夢の中は死の匂いにあふれていた。眠りたくなくても限界を告げる脳と体を無視していられる時間は少ない。気が付いた時には夢の中に迷い込んでいて、俺は選択を迫られることになる。



 吐いた息も凍てつくような緊張感が、まとわりついてくるような時間は、永遠によく似ているんじゃないかと思う。

 銃口を向けた相手が誰なのか、俺はよく知っている。相手はただ黙って腹を括ったような顔をして、こちらを見据えている。


 この引き金を引いたら、どうなるのかを俺はよく知っている。




 一度目は気が付いたら引き金を引いていた。血を拭き流す体に縋り付いて、その名前を叫んだのを先ほどのように覚えている。夢だと分かっていながら、指の間から零れていく彼の命を必死にとどめようとしていた。

 たくさん名前を呼んでも、彼は俺の頬に手を伸ばすだけで咎めもしなかった。


その次に見たときは、引き金を引く前に夢だと気が付いたら、引き金を引くことはできなくなっていた。夢だと分かっていても、指が固まったように動かなくなっていた。


ある日は自分の頭蓋を迷いなくぶち抜き、ある日は彼がナイフを自分に振り上げた。


そのナイフがどちらの胸に突き立てられるかは、運みたいなものでどちらにせよ必ずどちらかが死ぬ。その結果を何度も見ていて知っているから、どうしても彼を殺したくはなかった。


どこかで鐘の音が鳴っている。それが時間切れの合図なのか、弔いの意味を持つのか、俺にはわからなくなっていた。心臓が喧しく早鐘を打つだけになって、上手く呼吸も出来なくなって、逃げられないこの場所が酷く辛く感じた。





だからもう、銃を早々に手放して床に落下する鈍く重たい音を聴いて、彼を強く抱きしめても、結局背中からナイフを突き立てられてもそのまま力を込めた。感謝と、懺悔を、そのまま一緒に抱きしめた。彼をこのまま離さなければきっと、繰り返すことはないと思った。




もうやめようよ、兄ちゃん。




そう言った声は酷く掠れていて、彼の耳にも届いてくれたのかは闇に阻まれてわからなかった。遠くで鐘の音が鳴っている。

優しく撫でる彼の手が、馬鹿だなあと言って銃に伸ばされたのを、俺は知らない。銃身に口づけるように祈ってから、彼は小さく笑いながら迷いなく引き金を引いた。




――馬鹿だなあ。泣いてんじゃねえよ、泣き虫だなあ。

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