宗教の人

ヒガシカド

宗教の人

 僕の住む街には、黒衣の僧が度々現れる。僧と言ってもお坊さんではない。出で立ちはむしろ神父や修道士に似たところがあるが、街の人は彼の事を単に「宗教の人」と呼んでいる。

 彼が宗教を思わせるのはどこか浮世離れした、それでいて包容力のありそうな表情にも理由があるだろう。どうやら彼は何らかの目的をもって街をうろついているというわけではなく、あてのない散歩を楽しんでいるようだ。この街を気に入っているのか、口角が少し上がっていて気持ち上機嫌に見える。そんな彼が、僕はなんとなく好きだった。僕だけでなく街の人は皆彼を秘かに敬い、好いていた。

 僕は彼に慈愛と憐憫を見て取った。彼は聖人なのだ、そうでなければこんなにも好かれるはずがない。僕は彼に憧れ、彼を目指した。見かけや行動は簡単に真似できたが、あの隣人愛だけは真似できなかった。彼に近づくにはどうすれば良いのか、私は彼に尋ねることができなかった。それが禁忌であるように思えたのだ。

 到底及ばないとは知りつつ、僕は彼と同等になることを諦めてはいなかった。彼になった自分を夢想することもあった。僕は彼だ、彼自身が僕、僕が彼自身…彼は未来の僕自身だったのか?僕は彼として、彼は僕として、時が循環しているのか?

 僕の仮説を裏付けるかのように、彼はいつしか街に姿を見せなくなった。

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宗教の人 ヒガシカド @nskadomsk

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