3=12-3-4-5(ストレートフラッシュ)
全てが終わった日。魔術と科学が頂点を極め、その成果によってついに焼き尽くされた日。
太陽系に千億を数えたホモ・サピエンスは、十万にまでその数を減らした。
それでも絶滅を免れたのは、単なる幸運か、あるいは何者かの作為か。いずれにせよ、彼らは変わり果てた母なる星で、僅かに残った遺産を手に生き抜かなければならなかった。
その遺産の中で、最も多くの者が手にしたのは、手に収まる大きさの金属の延べ板。ドッグタグと呼ばれる、原始的な識別標である。
それはありふれた素材だった。壊れず、錆びず、削れも歪みもしない。前文明では当然の処置を施されたつまらない小物。だが、だからこそ破局を免れて万人に行き渡った。
その数字に意味は無い。ただ区画ごとに順番に割り振られただけの番号だ。
それでも人はそこに意味を見出す。それが特徴的な数字ならなおさら。
ゾロ目だったり、綺麗な並びだったり、いわれのある数だったり。
数字を巡って人々は争った。製作者のうちの誰もが気にもしていなかった遺産は、敗残の世界で秩序を作った。
やがて国ができた。身分が生まれた。
その一つ。
かつて12番シェルターと呼ばれた場所の跡に築かれた、大国と呼ばれる国の一つである。
中心にある城、天を突く尖塔は極めて無骨だった。それに反比例するようにして過剰とも思える装飾の屋根が塔の下に広がり、その周りを壁が覆う。
少しくすんだ白壁は、ところどころ隙間を開けて幾重にも連なっていた。壊れ物をくるむ包装紙か、新鮮な玉ねぎのようだ。
はっきり言って戦闘には役に立たない。吸血鬼は走る余波だけでこれを崩せる。侵入者除けにしても、壁同士の隙間は人間にとってはかなり広いし、そもそもあらゆる場所から人が集まる王都から怪しいものを締め出すなど不可能だ。
この壁は、そのような低俗な目的のため積み上げられたものではない。ひとえに強力な紫外線、乾いた砂による摩耗から先人の遺産を守るためのものだ。
一番外の皮には5つの穴があり、それぞれに門が建っている。番兵もいるにはいるが、王都は基本的に来るものを拒まないので、どちらかといえば王城への取次ぎ役のようなものだった。
その日はいつもと変わらず毒針じみた陽光も
一人、荒野の向こうから一本の長い影がやってくる。日に焼けて傷んだ灰色の三つ編みが揺れていた。
門番は旅人にけげんな目を向ける。こんな真っ昼間から、日よけになる物もない平原を横切ってくるのは珍しい。よほどの急ぎの用事でも、命を懸ける理由が無ければやらないことだった。
旅人が近づくにつれて、兵士の顔が険しくなる。一つと思っていた影は、二つが重なったものだった。発育途上の少女にかぶさるように、高い棺桶がついてくる。
酔狂で棺を引きずる阿保はいない。霊柩を連れ歩くのは棺守りの証だった。
王都は来るものを拒まないが、棺守りは例外だ。地図を物理的に書き換えられる戦力を国家の中枢に入れたいと願うものは少数だろう。
「
「なんだ
門番UAは拳を握って小指と人差し指を立てた。吸血鬼ありの合図だ。すでに塔の監視システムは確認しているはずだが、報告はあげなければならない。
ねばついた汗が額にじむ。死が間近に迫っていた。
視線の質が変化したのは、棺桶の
「おい、ユア。ありゃ俺の見間違いか?いや、だが、いや……」
「あの形は……、あの金の模様」
見たことがあった。何よりも輝かしい記憶だ。忘れようもない。それはいつも歓呼に迎えられ、祭りの中心にあった。
しかし、だが。
棺を知っているのなら、当然その持ち主も覚えている。
二人は固まったまま動けない。口の中が乾く。熱風が吹き込むのにも気づかずに、口が半開きになっていた。
影はついに門前へとやってきた。長身の少女。顔はまだ幼いが、目には鋭さを秘めている。
「だ、台帳を……。棺守りが王都に入る時には、名と数字を記入することになっています」
ユアはかろうじて決められた文言を発する。少女は静かにうなずいた。
ペンを取り、分厚い紙束に走らせる。身長は小柄なユアよりわずかばかり高い。硝煙の臭いに、乙女本来の甘い香りが混じる。
筆跡は鮮やかだった。大きくDZ。次いで数字。四つの五つ。すなわち
「し、識別標は!?」
ケッセルが裏返った声で怒鳴る。冷静さを欠いていた。そのことを指摘する気力は、今のユアには無い。
少女は非礼を咎めはしなかった。ただ首元のネックレスを引き出す。
鏡のように磨かれた無垢の金属。光の加減で虹色に波打つ。現代の技術では再現不能なそのドッグタグに刻まれていたのは、間違いなくテトラクイントだった。
ケッセルが膝から崩れ落ちた。はばかりなく嗚咽を漏らす。幼児に逆行したかのようだった。
ユアも自分の視界がにじんでいることを自覚する。棒立ちになったまま涙を溢れさせていた。
棺守りの第一の任務は、その名の通り棺を守り通すことだ。ゆえに棺守りは絶対に棺から離れない。寝る時さえ持ち手を離さない者も多い。恋人、家族、己の師や弟子にさえ触れさせることは無い。
もし棺を他のものが握っていたなら、それはその棺守りが引退したか、あるいは死んだということだ。
あの男が引退するなどありえない。ならば死んだのだ。
あの偉大なる、偉大なる、とてつもなく、果てしなく、王よりも悪魔よりも何よりも偉大なる英雄が。テトラクイントが死んだのだ。
「DZ・5-5-5-5。要請を受けて
ディーズィーはそれだけ言った。ユアはバネのように背筋を跳ね上げて敬礼すると、ただちにテトラクイント来訪を伝えるために通信室へ走った。
王都の道は入り組んでいる。吹きすさぶ熱波を和らげるための工夫だが、日常生活を送るのに不便なことは否めない。
ゆえに立地の良い場所には太く短い大路を作り、都市の機能を集中させていた。
普段は市が開かれ屋台が立ち並び、人々がへし合う道だが、この時は不自然に中央が開けていた。
かわりに路肩と道路沿いの建物には、紙を入れる余地もないほどの群衆が詰めかけている。新しいテトラクイントを一目見ようと集まった人々だった。
「本当か!?本物なのか!?おい!じいちゃん。あれって本物なのかよ!」
まだ年若い少年が祖父に聞く。老人は涙ながらに返事をした。
「間違いない。ありゃあテトラクイント様の棺じゃあ!なんということか。おお、あの英雄が……。真実の勇者が……」
群衆の心理は複雑なものだが、この時は特にそうだった。最強の棺守りの来訪に単純に喜ぶ者もいれば、英雄の死に嘆き悲しむ者もいる。
だが最終的に民の心に火をつけるのは怒りだった。
「帝国だ。帝国のクソ皇帝が卑怯な手を使ったんだ!でなけりゃあのテトラクイントが死ぬもんか!」
「そうだ!奴らは世界から英雄を奪った!殺せ!奴らが生きてる道理がねえ!」
「殺せ!帝国に死を!
「殺せ」
「殺せ!」
「殺せ!!!」
憎悪はあっというまに広がる。男たちは今すぐに駆け出して帝国兵に噛みつかんばかりだった。
ディーズィーが腕を上げた。怒声が波が引くように収まっていく。
しん、と不気味なまでに静まった路上で、ディーズィーは朗々と声を張り上げた。
「テトラクイントの仇はテトラクイントがとる!手出しは無用!報いは必ず受けさせる!」
一拍の間があって、全員がその宣言を聞き取る。
歓声が爆発した。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「テトラクイント!」
「テトラクイント!」
「なかなか賑やかじゃないか。反応もいい。元気なのは結構なことだ」
棺からアールのつぶやき。聞き取れたのはディーズィーだけだった。
「こういうのは混沌って言うのよ。無茶な方に爆発したら困るわ」
「ふむん。しかし戦争というのはなかなか面白いものだそうじゃないか。物語の多くが戦争を扱っている」
ディーズィーは眉を歪めた。この倫理観の欠片も無い鬼に、道理を説いても仕方がない。ただ胸を張って答える。
「それよりも面白いのが私よ。テトラクイントはどんな戦いよりも美しい。だからあんたもあたしに従ってるんでしょう?」
「まあそれはそうだね。君たちは実に楽しい日々を私に送らせてくれている。今後もそうあってほしいと願っているよ」
「当り前よ。今に見ていなさい」
道が途切れた。ディーズィーは城へと続く階段へと踏み出す。衛兵は最敬礼で銃槍を掲げ、貴族たちが頭を下げて出迎えていた。
その奥に、この王国の支配者がいるはずだった。
アサルトヴァンプ ーAssault Vampー @aiba_todome
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