とあるオーガの話

東京廃墟

メメコ 女 種族:オーガ


村を襲う魔物が私の全てを薙ぎ払い、蹂躙した。

一緒に野原を駆け回った幼なじみはドラゴンの吐く焔によって炭と化し、貧しい私に売れ残りの青果を分け与えてくれた屈強なおじさんは巨大な戦斧の一振りで散り散りと畑の肥料となり、愛を誓った恋人はスライムの中でゆっくりと溶けていった。

悲鳴が森を揺らす中、私は焦げ付く頬をそのままに空を見上げた。

月よりも明るい光が私を見渡していた。


「ヤバい夢って感じだね」

ルドルフと名乗った人間の男は短くなった紙巻きタバコの先端を見つめながら言った。

私はぬるくなったレモンティーに自分の顔をうつしながら、あぁ、とうなずいた。

やはり、夢の話は盛り上がらない。どんなに恐怖を感じ、五感全てが反応する現実感があったとしても、夢は夢だ。他人の夢など体験できるわけもなく、退屈なのは当たり前のことだ。しかも初対面で夢の話だなんて黙って席を立たれても仕方がない。

しかし、ルドルフは離席することなく、私とレモンティーの間に顔を突っ込み、私の顔をまじまじと見た。

頬がこけて影を落としている。ギョロついた大きな目、まばらな頭髪が私の鼻をくすぐる。見つめられていい気分はしない顔だ。

「あんた強いよね」

不躾にルドルフは言った。

野良のモンスターにでさえ手こずる私が強いわけがない。私は首を横に振ろうとしたがルドルフは私の肩のツノに人差し指を置き「オーガだもん強いよね」と先手を打った。

「ちょっとパーティー組んでくれない?」

ルドルフは茶けたまばらな歯を見せて笑い、

ルーレットで0に持ち金全てを振り込み、見事に散ったのだとポケットを裏返して見せた。

「要は小遣いが必要ってことだ」

私は乗り気では無かった。武器も持たず、魔法を唱えるような教養のかけらも見当たらない、しけたマッチ棒のような男と組んでクエストを達成できるとは思えなかったからだ。

「スロット回せばいいじゃないか」

と私が提案すると、ルドルフは眉をしかめ、私とレモンティーの間をすり抜けると大きな溜息をついた。

「その方が効率がいいってか、馬鹿だねえギャンブルってのは戦いだ」

消したばかりのシケモクを咥えるとシケた煙を吐いてシケた御高説を垂れ流す。

「手前とディーラーのプライドを換金して戦うのがカジノだ。ギャンブルだ、それをお前は機械相手にやってんだ。機械にはプライドがねえ、確率だけだ。指をくわえて当たりを狙ってなにが面白いんだ。その方が堅実なのは分かるさ、けどよ…」

ギョロついた目が私に向けられる。

私は視線を逸らす。視界に入ってなくてもルドルフが得意気にニタついているのが分かる。

「堅実を求める奴がギャンブルなんかやってんじゃねえよ」

自信満々に放たれた言葉。濡れて痩せ細った野良犬に吠えられた気分だ。

「そんな奴は俺のパーティーには要らねえよ、じゃあな」

そう言い捨てると、ルドルフはシケモクを指で弾き、席を立った。


私は初対面の相手には決まってあの夢の話をする。

故郷が蹂躙されて親しかった人達が雑草のように刈り取られる夢だ。

皆揃って、眉をしかめ唇を噛みしめ、静かに頷くのだ。

そうだな…と言い残し、荒野に向かう者がいた。

だからここにいる。と決意を再確認した者も荒野に向かった。

皆、荒野に向かった。


私は荒野には向かわなかった。

私は夢は夢だと呆れて欲しかった。

あれは夢であり、現実では無いと否定して欲しかった。

で、なければそんな辛い過去を私は許容できないからだ。

私は街を彷徨い、行き着いた先がここのカジノだった。

カジノを入り浸る人種どもはそれは夢だと笑ってくれるのだ。

そして、私もその人種の仲間になった。


でも、レモンティーに映る私の顔はどこか不満気でやるせない表情をしている。


今にして思う。ルドルフの誘いにのって私も荒野に向かえば良かったと……しかし、それはもう過ぎた事だ。


さあ、今日もスロットを回そう。回転するドラムを定まらない視点でじっと見ていよう。もうすぐVIPルームのチケットに手が届く。

チケットを手に入れたらこのクソみたいでスライムのように不定形な世界からおさらばできる気がするのだ。


私は今日もスロットを回す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とあるオーガの話 東京廃墟 @thaikyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る