夏の始まり 高校生
雨上がりの青空は輝いて見える。
誰かが言った言葉だ。とても前向きな言葉で、結構好きだ。
どれだけ雲が覆いかぶさっていようが、反対側にはいつも青空があるという事を教えてくれる。それにより、雨が嫌いじゃなくなった。
だが、雨が降ってしまうと野球ができなくなる時があるので、それは不満だった。
たしか翔平と遊ぶときに雨が降っていると、暇つぶしに家でゲームなどをしていた気がする。それでも面白かったので、野球代わりにはなったと思う。
まあ、そんなことは置いといて。
あの夏休み前日に押し入れから出てきた野球ボールは、小学6年生の夏休みに翔平から渡されたものだった。
なぜそんなものが渡されたのかというと、翔平が家の事情で引っ越しをすることになり、今までよりも遠い場所へと離れてしまうからだった。そのため、お互いに名前を忘れないようにという思いがあった。
当時、翔平とはもう会えなくなるという実感が湧かなかった。だが、もし翔平と同じ学校に行けたらと思うと、だんだんと胸の中が苦しくなったのだ。
その気持ちを晴らしたくて、野球を始めたという事は今じゃ恥ずかしくてあいつには言えない。
野球さえしていれば、翔平と相手する時が来るかもしれない。そうなると願って、野球を真剣に取り組んでいたおかげか、かなり上手くなったのだ。
それでも、結局翔平とは会う事もなかったが。
「弁当持ったー?」
母さんが聞いてきた。
それを確かめるためにバッグの中身を見るが、すでに入っていた。
「大丈夫」
「ならよかった」
ほかに忘れ物がないか、指で数えて確認する。
「よし」
「じゃ、行ってらっしゃい」
玄関に立って母さんに振り返り、行って来ますと言おうとした時、あの時よりも少しだけ年を取った姿があった。
翔平も結構見た目変わってたりするのかな。
ふと考える。
「何してるの?早く行かないの?」
ボーっとしていたのか、母さんが小首をかしげているのに気が付かなかった。そういえば、こんなことをしている時間はなかった。
「行って来ます」
ドアノブをひねり、体を当てる勢いでドアを押しひらく。開ききった隙間から、母さんが手を振っているのが見えた。
だが、完全にドアが締め切るのを待たずに、急いで学校へと向かった。
ガチャ
夏休み明け最初の登校日は、大雨だった。連休明けは元気がないというのに、さらに追い打ちをかけている。
空は灰色で分厚い雲に覆われていて、息苦しさを感じるほどに鬱屈とした気分に変えた。
「なんて残念な日なんだ」
自然とため息がこぼれる。
雨が降りしきる中、水たまりを踏まないようにと、慎重に進み学校へと何事もなく到着する。
「おはよう」
「おはよう」
久しぶりだねー、また会ったねー、などなどの会話を聞きながら、窓側の席に着く。外の景色は憎たらしいほどの大雨で、雨が窓を叩く音が教室に響いている。
そして、ひとつ気になるものがあった。
「なにこれ?」
夏休みに入る前、席は窓側の席で一番後ろだった。だが、なぜかその後ろにもう一つの席が誕生していた。
「お、かえでも気づいたか?」
隣の席のこんがりと焼けた肌が個性を出している男子が、ワクワクとした様子で話しかけてきた。
「転校生だってよ」
「そうなんだ」
こんな学校に転校する人がいるなんて。それが率直な感想だった。この学校に特徴といえるものは何もない。逆にそれがこの学校の特徴ともいえる。
「カワイイ女子だったらどうする?」
「どうするって言っても、何もしないよ」
「ほんとかー?」
焼けた男子の小さな声に苦笑いする。
「男子でもいいと思うよ」
「いやいや、俺は男よりも断然女よ」
「よ!そういえば連休中に彼女と別れたらしいじゃーん」
「う、うるさいなー」
今学校に着いたばかりな様子の男子が一人会話に入り、転校生の内容から離れ、なぜ彼女と別れたのかを問い詰めた。
そんな賑やかな時間を過ごしていると、ホームルームを告げるチャイムが鳴った。
ガラララ
先生が教室に入り、ホームルームが始まる。教壇に立つと、目の前の生徒を一目見て話し始めた。
「夏休みが終わったばかりで、疲れているとは思う」
先生が生徒一人一人の顔を確認しながら、言い聞かせるように話す。
だが、それをいつもと同じように聞きながす。
そして授業準備のチャイムが鳴りそうと思った時、先生が窓側の空席を見て生徒に報告した。
「今日、新しくこのクラスの仲間入りすることになった生徒を紹介する」
ガラララ
「皆良いやつだから」
転校生にそう言って、先生は教壇へと誘導した。
その転校生の顔を見たとき、既視感を覚えた。どこかで見たことがあるような感じだ。胸の奥深くがざわざわとした。
「紹介する、いいよ」
先生は転校生に目配せする。
転校生の姿はとても堂々としていた。その元気よく胸を張って生き生きとしている姿が、昔のある人物と強く結びつけた。それが胸のざわつきの正体だ。
転校生は先生に合わせて、一度深呼吸してから声を出した。
「僕の名前は児玉翔平です」
瞬間、翔平の姿が雲間から伸びた太陽の光に照らされる。それと一緒に、視界の中をまぶしい光が覆いかぶさった。
そして気づいた。教室の中で光を浴びているのは、翔平と僕だった。まるで、二人の間を結び付けるように。
「よろしくお願いします」
元気にそう言った時、こちらをチラッとだけ見て微笑んだ。
雲の間から姿を現わす青空は、彼らをずっと見つめていた。
少年の日の思い出 田村サヤ @tamura-saya
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