第6話 体育祭当日②
職員室に向かうや否や平先生は自分のデスクチェアに腰掛ける。
俺は何をどうすればいいのかわからず、その横で突っ立っていると、どのくらいかしてようやく平先生が口を開く。
「お前はいつまでそうしてるんだ?」
なんの説明もなしに呼び出しておいて、酷い言われようだ。
「そう言われても、何で呼ばれたのかまったく説明を受けてないんですけど……」
「そうだったか? まぁ、ここにお前を呼び出した理由は特に何もないんだけどな」
「ないんだったらなんで呼び出すんですか……」
俺は呆れにも似たため息をつく。
その様子を見ていた平先生は面白そうにカッカッとひと笑する。
「まぁそう言うな。ところでだ。お前には悩みとかはないのか?」
「悩みですか?」
「ああ」
平先生はそう言うと、視線で椅子に座れと命令する。
俺はそれに対し、軽い会釈をすると、近くにあったデスクチェアに腰を下ろした。
「別にないというわけではないですけど、平先生に話すような内容ではないですよ」
「そうか? お前がそう言うなら、深くは踏み込まないが……女絡みか?」
平先生は嫌な顔でニヤニヤとしている。
「ち、違いますよ! というか、なんで女絡みになるんですか?!」
「そうか、違うのか……。お前の周りには可愛い女子がたくさんいるからそうかと勘繰ってしまったんだけどな……」
と、言いつつも少し残念そうな表情を見せる平先生。
––––この人最低だな!
そんなことを思いながらも俺はコホンと咳払いをする。
「そ、そんな先生には悩み事とかあ––––」
俺は言いかけた言葉をすぐにつぐんだ。
これは訊くまでもないというか、逆に訊いては失礼にあたるかもしれない。
平先生の悩みといえば、やはりアラサーにもなって恋人ができないということだろうし。
そんなことを思っていると、いきなり頭を叩かれた。
「な、何するんですか?!」
俺は叩かれた頭を片手で押さえながら、平先生に抗議する。
「あー。すまんすまん。ちょうど頭のところに蚊が止まっててなー。つい手が出てしまったー」
棒読みの当たりとても嘘臭いが……これ以上どうこう言ったところで無駄に近いだろう。
「で、私の悩みだったよな?」
「え……まぁ、そうですけど……」
まさか触れてはいけないタブーを自分でさらけ出すのか?
と、思ったがどうやら違うらしく、平先生はデスク上にあった山積みの資料にバンッと手を置く。
「実はな……最近の悩みがこれなんだよ。私が一番下だということをいいことに上司たちがどんどんどんどん仕事を持ってきて……結果的にこうなってしまったんだよ」
「それはまぁ……かわいそうですね」
教師の中でも上司、部下みたいな関係性があるんだなと初めて知ったところで平先生が一部の資料を俺に手渡す。
紙の枚数的には二十枚と本当に少ないがこれはどういう意味なのだろうか?
俺は戸惑いつつも、平先生に訊ねてみる。
「あの……これは?」
「ん? お前が手伝う仕事分だよ」
「……はい?」
何を言っているのだろう……俺の心ではただこの一言だけだった。
俺が教師の仕事を手伝うって……できるわけがない。そもそも何が書かれているのかすらよくわからないし、もっと言えばこれをどうすればいいのかすら見当がつかない。
それを見かねた平先生は付け加えるかのように説明を始める。
「別に難しいものでもなんでもない。ただ、下の方にサイン欄があるから私の名前と印鑑を押してもらうだけでいい。内容についてはお前が読んだところでちんぷんかんぷんだろ?」
「ちんぷんかんぷんって……。まぁそうですね。でも、俺がやってもいいんですか? 筆跡とかでバレたりしないんですか?」
「バレないだろ。あいつらそこまで見てないし、なんならこれを渡された時は『適当にサインと捺印でもしておいて』だったからな」
「そ、そうッスか……」
そんな感じであれば別にやっても構わないけど……そもそもなんで俺が手伝うことになってるんだ?
というか、どこからそういう流れになった?! 別に手伝うとは一言も言ってねーぞ?
「まぁ、そんな堅苦しいことを言うな。絶世の美人なお姉さんを助けるという思いでお願いだ。お礼ならちゃんとするからさ。あ、エッチな方じゃないからな?」
「そ、それくらいわかってますよ!」
何を言ってんだよこの人は!
本当に平先生って、選ぶ職を間違っている。
俺はため息をつきつつも、デスクの方に向くと、平先生からペンと印鑑を受け取って、さっそく作業を始めた。
ところで、今日って体育祭だったよね? もうすぐで午前の部が終わるけど……俺、何してんだろ……はは。
超鈍感主人公は超絶美少女の前幼なじみと現幼なじみの好意に気づかない。 黒猫(ながしょー) @nagashou717
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