貴方に贈るラブレター/ルクラン

ルクラン

死んでからもずっと。

「あっつ……」


嫌になる程の日差し。こんなに照り付けて何か俺達地球人に恨みでもあるのだろうか。


「待ってよー!敦ー!」


「あー。わりぃ。」


俺の名前を大声で叫んで坂の下を登ってくるのは幼馴染で高校までずっと同じ学校に通っている佳代子。

セミロングのくせっ毛茶髪が歩く度にふわふわと揺れる。明るい性格で誰にでも分け隔てなく接する彼女は男子に人気の高い女子。らしい。正直俺は昔から一緒にいてそれがよく分かっていない。幼馴染とはこんな物なのだろう。


俺達が目指しているのは山の上にある依代神社(よりしろ)。小さな神社で、ガキの頃から俺と佳代子の遊び場だった。特に何がある訳でも無いのに境内で遊び回った記憶が蘇ってくる。


「まだこっから階段もあんのにそんなんで大丈夫かよ。」


「うへぇ…おんぶしてー!」


「出来るか!!」


「昔はしてくれたのにー!」


「体重を考えろ体重を。」


「私そんなにデブじゃないもん!」


「ふっ。」


「あ!鼻で笑ったな!聞こえたぞ!」


まぁなんやかんやうるさい奴だがいないといないで寂しい気もする。こぉしておちょくる相手がいるってのは意外に幸せなのかもしれない。


ひぃひぃ言う佳代子を連れてなんとか上まで登りきる。振り返ると登ってきた参道の木々を突き抜けて下に俺達の街が見える。


「それにしてもここは変わらねぇよな。」


「オヤジくさいこと言うねぇ。」


「うるせっ!」


「にっひっひ!当たりませーん!」


「ったく。」


さっきまでフラフラだったくせにもぉ元気に走り回っている。こんな所も昔と変わらないものの一つだろう。


何故こんな所に来たかというと、佳代子がたまには神社に顔を出そうと言ういきなりの誘いで無理矢理連れてこられたのだ。

高校も二年になり落ち着いたかと思った佳代子のわがままがここに来て炸裂したわけだ。


まぁ付き合ってやる俺も俺なんだが…


「ふぅー!」


「満足したか?」


「うん!満足した!」


「拝むためだけに来たのか?」


「だけって言うな!ここは神聖な場所なんだぞ!」


「はいはい。依代神社様のお話だろ?」


「依代様のお話!」


この神社には少しの曰くがあった。


読んで字のごとく、昔どこかの偉い坊さんか何かがここでその身に神を下ろし、この山の裾野に広がる村に繁栄を約束したとかなんとか。


「依代と言うのはですね!神霊の憑依する物とか神域を指すのですよ!」


「分かった分かった。凄い凄い。」


「ここは神の居る場所なのですよ!もっと敬意を払いなさい!」


「はいはい。」


そんな事を言われても住職の一人もいない神社にどんな敬意を払えば良いのだ。

無神論者の俺に神とか言われてもピンと来ない。


「分かったから帰ろうぜ。暑いしアイスでも買って。」


「敦の奢り?!」


「黙れ愚民が!俺様からの施しを受けようとは笑止千万!」


「ははー。神様仏様敦様ー。」


「うむ。殊勝な奴じゃ。アイスを一本施してやろう。」


「有り難き幸せー。」


いつもの様におどけていつもの様に笑って。そんな佳代子との毎日がこれからも続くと思っていた。


山を降り、夕暮れに染まる空の下。俺と佳代子は車通りの少ない道を歩いていた。いつも誰もいない工事現場に差し掛かった時の事だった。


「あ、猫ちゃん!」


無類の猫好き佳代子は猫を見るといつもの様に駆け寄ろうとした。


「佳代子!!」


突然の事だったのに咄嗟に体が動いていた。

佳代子が駆け寄った事で逃げようとした猫が工事現場の鉄骨に触れた。

元々バランスが悪かったのかその鉄骨がフラリと揺れ倒れてくる。


ドンッ!


こんなにも強く佳代子を突き飛ばした事は今まであっただろうか?


スローモーションで離れていく佳代子の背中を見つめてそんな事を考えていた。怪我。しないといいな。


ガラガラ…


「いったー………………敦?!敦!!」


「うっ……」


「誰か!誰でもいいから助けて!!お願い!!」


佳代子の涙声が微かに聞こえる。真っ赤に染まる視界の中佳代子は必死に誰かを呼んでいる。



「か…よこ……」


「敦!!敦!!」


「け…が……ない…か…」


「私は大丈夫だから!もぉ喋らないで!誰か!お願いします!誰か!!」


「よか……た……………」


「敦?……敦…ねぇ!ダメだよ!死んじゃ嫌!!お願いいかないで!!まだ何も伝えてないのに!!」


そぉ。俺は死んだ。


突然だった。いきなり命が終わる事って本当に誰にでもある事を死んでから知った。

なんで死んでから知れるのかって?俺は今俺の死体を見ているからだ。

フワッと体が持ち上がる感覚の後に俺の体から俺が抜け出し、今に至る。


「なんだこれ…霊体?」


「あつしー!うぁーーー!!!」


「お、おい!佳代子!俺はここにいるぞ!」


泣き叫ぶ佳代子にどれだけ声を掛けても返事がない。触れようとしても触れられない。

歯痒い気持ちが一杯になるが、俺の死後の世界を見られるのは少し良かったと思えた。佳代子が幸せになっていく所を見られるのならと。


しかしそんなに甘くは無かった。


俺の葬式で母が泣き崩れ、まるで足の筋肉が無くなったかの様に父に支えられる姿。

棺桶に抱き着くように泣きじゃくる佳代子。


そんな景色を想像した事があるだろうか。俺は無かった。こんなにも色々な人に俺の死は影響するのだと初めて知った。


ここにいるのに伝えられない辛さが行き場を無くして俺の中を掻きむしった。


葬式が終わった後もそれは続いた。


まるで生きる気力の無くなった母。それを見ても何も言えない父。優しかった母や、厳しかった父が痩せこけ、頬骨が突っ張り目は落くぼむ。こんなにも変わってしまうなんて。


何より辛かったのは佳代子の事だった。


夜になると脱水症状になるのではと思う程涙を流し、学校にも行かず、一日中外をぼーっと眺めているだけ。たまに俺の名前を呼んではまた泣き出す。


佳代子が幸せになる日を見てみたかった。そんな事を望むのは見当違いも良いところだった。


そんな絶望に満ちた日は何日も続かなかった。

フラフラと定まらない足取りで佳代子が久しぶりに外に出た。


「敦……ごめんね……私も……」


そぉ言って向かったのは依代神社だった。


長い坂道と階段を登りきり、社の前に辿り着いた佳代子はそこで小さな消え入る様な声で喋りだした。

いや、正確にはそこにいるはずの無い俺に向かって語りかけた。


「敦…私ね…ずっと敦の事が好きだったの。ずっと。いつも私のわがままに付き合ってくれて…口では嫌そうにするくせに絶対付き合ってくれる敦の優しいところが凄く好きだったの。」


「佳代子……」


「でも……もぉ敦がいないの……私のせいで……」


「佳代子のせいじゃない!俺が勝手にしたとこだ!」


「だからね……私も……私もそっちに……」


「ダメだ!佳代子!そんな事俺は望んでない!やめてくれ!!」


何度も大声で叫んでみても。止めようと手を伸ばしてみても。届く事は無い。


境内に向かい、奥の階段へと向かう佳代子。


「やめろ!やめてくれ!頼むよ!」


「ごめんね…痛かったよね…苦しかったよね……」


階段の前まで来て佳代子は目を瞑る。


「頼むよ!なぁ依代神社なんだろ!ここは神域なんだろ!なんとかしろよ!頼むよ!俺の事ならどぉなったっていいんだから!佳代子を助けてくれ!!」


フラリと体が揺れて倒れる佳代子。


階段ではなく境内の方へと倒れた佳代子。


「なん……で……?」


「良かった……良かった……」


「あ……敦…なの?」


「え?俺の事が分かるのか?」


「ねぇ!いるなら返事してよ!私を引っ張ったの敦だよね?!」


「俺はここだ!佳代子!」


「なんで死なせてくれないの!?私も敦の所に行きたいのに!」


「違う!そんな事望んでなんかいない!くそっ!なんで届かないんだよ!」


「うぁーーー!!!」


地面の上に座り込みまた泣き出す佳代子。


「くそっ!くそっ!なにか…なにか!!」


必死で何かを探したのは佳代子に伝える手段。この思いを伝えたい一心だった。


「これは……」


俺が見つけたのは境内に転がる小さな木片。


元が何だったのか分からないが、これだけは辛うじて触る事が出来た。何故かなんて今は考える必要が無かった。


ギリギリで持てるその木片をなんとか持ち上げる。


ザリザリ……


「あつ……し?」


必死で、全力を尽くして地面に書けたのはたったの二言だけだった。


「あいしてる……いきろ………」


たったの二言。でも俺が伝えたい全て。


「あ……あつし……あつしーーーー!!!!」


死んでから贈ることになったラブレター。でも…きっと佳代子には伝わったはずだ。ずっと一緒にいた幼馴染だからな。


「敦!ごめんね!ごめんね!うぁーーー!!!」


泣きじゃくる佳代子に手を伸ばし、そっと口付けをする。


佳代子には何も感じない口付けだ。でも。これだけは他の奴には譲れなかった。譲りたくなかった。死んでから気付くなんて俺は地上最強の鈍感野郎だ。


きっと佳代子はもぉ大丈夫。幸せになる姿を見られないのは辛いが、いや、幸せになる姿を見るのは辛いかもしれない。どちらにしろ俺はここまでらしい。


透けていた体が更に透け、透明へとなっていく。


「佳代子……愛してる。死んでからもずっと。誰よりも。」

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