終戦

六月十八日

 毛利輝元から会談の申し出があったとして、柴田勝敏は遠征に同行していた諸将を集めた。俺の他に佐久間盛政や滝川一益、酒井忠次、前田利家が本陣に集まった。誰もの兵が疲弊する中、戦いが終わりに近づくことへの安堵の雰囲気が一同には漂っていた。


「このたび毛利輝元から会談の申し出があった。おそらく内容は降伏条件についての話し合いだろう。我らとしてはどこまでの条件であれば毛利の降伏をどこまでの条件であれば認めるか事前に決めておかなければならない」

「こちらの士卒も疲れている。四国からの撤退と人質の差し出し、さらに中国地方の領地をある程度割譲すればそれでいいのではないか」


 利家の言葉に珍しく盛政も同意する。おそらく彼らにとって毛利の領地にこだわりはないだろう。

「もちろんそれはそうだが、中国地方でも一国か二国残せば十分だろう。勝手に長宗我部を攻めたのは明らかな謀叛だ」

 そう言ったのは滝川一益であった。一益がその発言をすることに微妙な空気が流れるが、一益は織田家内の合議という手続きを踏んで兵を挙げたのであり、毛利とは違うという意識があったのかもしれない。


「もちろん毛利がそれを受け入れれば領地は削るに越したことはないが、我らもそろそろ限界ではないか。多少譲歩しても戦いを終わらせるべきだろう」

 利家が再び反論する。

「ここで毛利を許せばまた何かを企むかもしれぬ」

 一益も譲らない。毛利に利用された形になったのが腹立たしかったのか、あるいは毛利の領地を削らなければ自身の領地が削られるのではないかという危惧があるのではないか。


「それについては案がある。毛利が降伏すれば遠からず九州征伐があるだろう。その後改めて領地替は行う。つまりこのたびの所領は一時的なものに過ぎない」

 勝敏は先日俺が言ったことを述べた。それを聞くと一益もほっとした様子を見せる。九州攻めがあるなら自身の名誉挽回の機会があると思ったのだろうか。正直俺は九州までは行きたくないので一益に頑張って欲しい。

「では毛利の領地についてはわしに一任してもらうということで良いだろうか」

 勝敏の言葉に異存を示す者はいなかった。おそらく皆、毛利の領地よりもその後の織田家内部での領地割の方が重大な関心事項なのだろうし、何より早く戦を終えたいという気持ちが一番だったのだろう。




 その後勝敏の本陣に出向いた輝元は一刻ほど会談して戻っていた。その後に勝敏から聞いた話によると、毛利の領地は周防・長門・石見の三国となり、このたびの戦いを主導した小早川隆景は隠居して養子に入っていた小早川秀包(当時元総。元就の子)に家督を譲った。そして人質として一門の毛利秀元が在京するという破格の寛大な処分に落ち着いた。こうして毛利・吉川・小早川の三家は皆世代交代を果たしたことになる。


 また、それとは別に島津家に対して再度大友攻めを停止するよう通達を出し、もし無視するようであれば毛利家が先鋒として出陣することが決められた。処分が寛大になったのも九州攻めの戦力にしたいという思惑もあったからだ。毛利にかなりの領地が残ってしまったが、この後九州攻めが終わった際に九州に毛利を移せば大きな脅威にはならないだろう。




 終戦が決まるとすぐに高松城の包囲が解かれ、俺たちは大量の握り飯を持って入城した。

 城門をくぐるとそこには地獄のような光景が広がっていた。城兵は皆やせ細り、草木は彼らが食べたのか全てむしりとられていた。また、いたるところに城兵が食べたと思われる馬の骨や皮が転がっている。

 城門を開いて俺たちが用意していた握り飯を並べると、兵士たちはやせ細った体のどこに眠っていたのか信じられないような力を発揮して俺たちの元に駆け寄り、握り飯をほうばった。


「押すな押すな!」「数は十分に用意してある! 落ち着け!」

 兵士たちは叫ぶものの、すぐに殺到した城兵で人だかりができ、折り重なって倒れる者たちが続出した。それを見て俺は改めて羽柴軍が健闘したのだなと実感する。


 そこへよろよろと杖を突きながら一人の男が歩いてきた。あまりの変わりように一瞬誰かと思ったが、守将の秀長である。着ている服は上等であるが、城兵たちと同じように頬がこけてやせ細っていた。

 秀長は俺の傍らの勝敏に気づいて話しかける。

「このたびは戦勝おめでとうございます。我らのために早期終戦していただいたようでまことにありがたい」

 羽柴軍のためというよりは軍勢の士気の低下が原因なのだが、ずっと城を包囲されていた秀長はそこまで知らないようであった。

「おぬしもやつれているが、米を多めにもらうことは出来なかったのか?」

「それでは兵卒の心は離れてしまいます。それに私も昔は農民であったので、不作の年はこのような粗食に甘んじてきました」


 秀長の言葉からは彼の実直さが見て取れるが、一方で勝敏の同情を買って領地を少しでも多く安堵してもらうためにあえてこのような状態で話しているのかもしれないと邪推してしまう。兼続や家康、秀吉ら一癖も二癖もある者たちと渡り合ってきたせいですっかり相手の裏の意図を勘繰るようになってしまった。どちらにせよ、秀長が織田家に尽くしてくれるのであればありがたいことではある。


「新発田殿も京にいた羽柴軍の返却と早期の援軍、まことに感謝する」

 などと考えていると秀長は律儀に俺にも礼を言った。俺は秀吉が討たれる原因となった張本人なので秀長に礼を言われるのは複雑な気分である。

「いや、俺は何もしていない。全ては勝敏様の采配だ」

 結局、素直に礼を受け取るのも何か違うので俺はそう言ってかわした。


 その一方、救援に駆け付けた宇喜多軍も城内に出していた援軍と合流していた。宇喜多家は織田方に味方することを鮮明にするべく毛利に囲まれる前に高松城に援軍を送り込んでいた。もっとも、高松城が落ちれば次は自分たちが毛利に攻められるという恐れもあったのかもしれないが。

 また、知らせが伝わった四国でも順次停戦が行われた。

 こうして毛利攻めは戦の規模の割には少ない犠牲で幕を下ろしたのだった。もっとも、織田家内部の混迷はしばらく続くのだろうが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

天地海 ~新発田重家転生~ 今川幸乃 @y-imagawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ