降伏勧告
夜襲後も両軍の士気は低下したままずるずると時間が経過した。この間にぽつぽつと四国戦線の情報ももたらされたが、讃岐に侵攻した小早川隆景は上陸した織田軍を一蹴したものの、阿波に侵入するはずだった吉川軍が敗れ元長が負傷したため足止めを受けた。織田軍は讃岐上陸を諦めて阿波に攻め込み、長宗我部方の国衆らと合流して阿波を確保。さらに岡豊城で籠城する元親の元にも弾薬と兵糧を届けることに成功するなど善戦し、讃岐を制圧した隆景隊は孤立する形になっていた。
戦線が広範囲に広がってしまえば数が多い織田軍が有利である。それに四国では長宗我部方が味方する織田軍に地の利があった。
「そろそろ潮時かもしれぬな」
その報告を聞いた俺は考えた。毛利家としては織田家内紛の好機を突いたつもりが、思いのほか反撃が早くて当てが外れたという思いになっていることだろう。
一方、こちらも高松城の落城は間近に迫っている。秀吉亡き後織田家に忠義を尽くそうとしている羽柴秀長を見捨てるのも忍びない。
そこで俺は勝敏本陣に出向いた。
勝敏は勝敏で優勢なような劣勢なような戦況に焦燥を募らせていた。おそらく勝敏の元にも毎日のように味方の士気が低下したという情報がもたらされているのだろう。
「新発田殿か。何かあったか」
「いえ、しかしそろそろ戦争を続けるのもお互い限界に近づいているものと思われます。ここは毛利に降伏を勧めてはいかがでしょう」
「なるほど……しかしそれで織田家の面目が立つだろうか」
「亡き信長様も有利な時は相手を徹底的に打ち破りましたが、不利な時は時に屈辱的な講和を結ぶこともありました。条件次第ですが、このまま毛利と共倒れするよりはましと思われます」
俺はまるで信長の業績を見てきたかのように語った。実際は本で読んだことがあるというだけだが。
信長の名を出したのが効いたのか、勝敏も頷く。
「実はわしもそろそろ限界ではないかと思っていたのだ。しかし毛利が降伏を受け入れるだろうか」
「一つ方法があります。今回は寛大な条件で毛利に降伏を認め、織田家の体制が整い次第、九州攻めの先鋒と移封を命ずるのです」
本来であればこのような手は使いたくなかった。気を付けないと、自分が同じような目に遭うかもしれないかれないからであるが、背に腹は代えられない。兵の士気は限界に近づいているし、四国にせよ局地戦で一度負ければ戦況がひっくり返る可能性はなくはない。
「そうか、九州攻めのことも考えなければならぬな」
現在九州では島津家が破竹の勢いで領地を拡大している。もし今年中に九州攻めが始まらなければ、島津家は史実以上の領地を得ることになるが、織田政権は史実の豊臣政権に比べるとかなり脆弱だ。その時に毛利を島津攻めの先鋒に使えれば幾分か楽になる。
「では早速使者を派遣しよう」
毛利軍本陣
使者を受け取った輝元はすぐに吉川元春を呼び出した。隠居済みの元春は家督を元長に譲り吉川軍も任せていたが、本人は輝元の相談役として同行していた。
呼び出しを受けた元春が険しい表情で本陣に現れると、輝元は重苦しい表情で告げる。
「ついに降伏の打診が来た」
「やはり敵軍も厳しいのだろう。だが、このまま戦い続けて我らが勝つとは思えぬ。徳川家は軍勢の立て直しに忙しく当分動けない。一方我らは必ずしも島津と良好な関係ではない。仮に高松城を落としたとしても敵軍に与える影響は少ないだろう」
高松城に籠る羽柴秀長は直前まで織田家内部で対立していたため、仮に城を落としても敵軍の士気が下がることはあまり期待できない。むしろその後毛利軍が高松城に押し込められて包囲される可能性もある。
「このまま戦い続ければ敵軍が瓦解することはないだろうか」
「もちろんその可能性はある。だが、こちらもこれ以上戦い続ければ国人衆が離反していく可能性もある。それに申し訳ないが元長の傷もかなり重いと聞いている」
現在吉川勢の指揮は元長の弟広家(当時は経言)が代わりにとっているが、吉川軍の動揺は大きく、一時は土佐の大半を制圧した吉川勢は後退を余儀なくされていた。
「それに織田家はまだ経済的な余力があるものの、我が家は四国や関ヶ原の戦いから戦いが続いており、いずれ財政的にも厳しくなっていくだろう」
毛利家はこのたび中国路で三万、四国路で二万とかなり無理をした兵の動員をしているので長期戦は不利であった。
緒戦で勝利を収めて勢いに乗れるか、織田家の対応が遅れれば勝機はあったが、羽柴や宇喜多が相次いで敵対したこと、織田家の毛利征伐軍が予想外に迅速に編成されたことが誤算であった。
元春の言葉に輝元はしばしの間沈黙し、ぽつりとつぶやく。
「勝てなかったか」
「仕方あるまい。我らが羽柴殿に味方しなかったとしなければ、我らは勝った徳川にいいように使われていただろう。かくなる上は早急に降伏し、今後の我らの処遇を交渉するより他にないだろう。織田家としても戦を早く終わらせたい気持ちに変わりはないはずだし、我らはまだ決定的な敗北を喫した訳ではない。むしろここからが頑張りどころだ」
元春はそう言って甥を励ます。その言葉に輝元は静かに頷いた。
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