第354話 文化祭、開幕宣言!

「コウちゃーん! おっはよーっ!!」


 毬萌のヤツが、玄関先で俺を待っている。

 こいつは本当にイベントの時だけ早起きで、いっそ清々しい。

 散歩に行く前の柴犬かな?


「エプロン持ったか? 三角巾は? ハンカチとは別に、タオルはあるか? 一枚じゃダメだぞ。着替えは? 絶対汚すから、2、いや3着は用意したか?」

「もうっ! コウちゃん、わたしを何だと思ってるのかなっ!?」



 世界で一番大事な幼馴染で、世界で一番世話の焼けるヤツだけど?



「良いか、今日は火も油も使うんだからな。気を付け過ぎなんてこたぁないんだ。万が一のための準備は俺がしているけども」

「だったら大丈夫じゃん!」

「いや、お前! ちゃんと心構えをだな!」


「だって、コウちゃんがサポートしてくれるなら、大丈夫なんだもんっ!!」



 イエローカードだ。

 くるりと振り向きざまにアホ毛ぴょこぴょこさせながら笑顔でそのセリフ。

 実に悪質である。アレだったら一発レッドカードもあり得た。



「あー!! もう、行くぞ! とりあえず、開宴の挨拶の準備しねぇといかんからな!」

「はーいっ! でも、今日は放送室だから、わたしのスカートの中見れないよ?」

「へもしっ」


 鼻水が噴き出た。これは俺としたことが。

 ああ、早速もしもの時のハンカチ1号が役にたったよ。

 本当に、備えあればうれいなしだよ。


「おまっ! なんつー事を言い出すんだ!! しかも今、このタイミングで!?」

「にははーっ! んっとね、花梨ちゃんが言ってたんだぁー。こう言ったら、公平先輩アタフタしちゃうから、面白いですよーって!!」


 この1週間くらい、メシマズシスターズをずっと同じ場所でポテト修行させていたのは俺であるが、それによってこんな二次被害が生まれるなんて。

 花梨の『からかう』スキルを、毬萌がラーニングしている。

 これは非常にまずい。


 何がまずいって、毬萌が俺をからかいだしたら手に負えないからである。

 こいつは天才。そしてアホの子。

 その両面でからかわれる。……酷い未来しか浮かばない。


 そこで俺は、緊急退避システムを発動させることにした。


「おっ! 毬萌、寒いだろ? ココア買ってやるよ!」

「みゃっ! ホントー!? 飲むーっ!!」

「よーしよし、ちょうどいい塩梅あんばいに自動販売機があるんだから、仕方ねぇよなぁ!」

「にははっ、ありがとー! んむっ、んむっ」

「どうだ? 甘いか? 美味いか?」

「うんっ! おいしーっ!」


 まずは、このように、毬萌の天才スイッチがオンになる状況を作ります。


「ところで毬萌。ドラえもんのもしもボックスってあるだろ? あれ、どういう仕組みなんだろうな?」

「んっとね、多分だけど、あれはもしもの仮定をした瞬間に、別の次元の、パラレルワールドを呼び寄せる機械だと思うんだ。でもね、その解釈だと、使用者以外の人との認識に必ず差異が生まれるはずなんだけど、必ずしもそうじゃないんだよぉ」


 次に、割とどうでも良い事を考察させます。


「そうか、そうか。勉強になるなぁ。毬萌は賢いなぁ」

「にへへっ、そうかなぁ?」

「そう言えば、さっき何の話してたっけか?」

「ほえ? ……なんだっけ?」


 すると、天才モードの勢いで、直前の思考が上書き保存されるので、アホな事を考えていた記憶自体が行方不明になります。

 以上、対毬萌用アホの子・緊急退避システムの使用例でした。


 ちなみに、必ず効果がある訳ではないので、今回は幸運にも恵まれたようだった。



「せんぱーい! おはようございまーす!!」

 生徒会室には、既に花梨が到着していた。


「すまん。待たせちまったか?」

「いえいえー。ただ、オリエンテーリングの時を思い出してたら、なんだかソワソワしちゃいまして。つい早く来ちゃいました!」

「おー。花梨は偉いなぁ! よーしよしよし! 良くデキた後輩だよ!」

「も、もぉー! 公平先輩、あたしを何だと思ってるんですかぁー!?」



 世界で一番大事な後輩で、世界で一番気にかけている女子だよ?



「とりあえず、鬼瓦くんが来るまで待つか。と言うか、仕込んだ料理のタネ、本当に鬼瓦くん一人に任せて良かったんだろうか」

「良いんですよ! あの人がやるって言ったら、大体ホントにやっちゃいますから」

「おお、花梨は鬼瓦くんの事を信頼してんだなぁ」


「当然です! 公平先輩が選んだ人ですよ? あたし、公平先輩の選んだことだったら、何だって受け入れちゃうので! えへへ」



 今日はイエローカードがよく出るな!

 朝っぱらから、どんだけ大盤振る舞いなんだ!?

 その上目遣いとそのセリフ! 実に危険なプレーだよ!!



「ゔぁあぁぁあぁあぁあぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁああぁぁっ!!」

「うおっ!? び、ビックリした。この声は……」

 ドキドキする胸を押さえながら、窓の外を見る。

 そこには——。


「おはようございばず!! 仕込み終えたもの、全て運んできました!!」


 リヤカーを引いてきた様子の鬼瓦くんが立っていた。

 問題は、そのリヤカーのサイズである。


「鬼瓦くん。その軽トラの荷台サイズのリヤカー引いて来たの?」

「はい」

「車道にはみ出て危ないじゃないか」

「大丈夫です。ちゃんと車の徐行する速度で走って来ました。道中、トラクターを追い抜いたので、恐らく交通渋滞も起こしていません!」



 イエローカードだね。

 君に差し出すイエローカードは、もう、なんて言うか、アレだな。

 筆舌に尽くしがたいから、とりあえず出しとく感じになるな。



「お、おう。まあ、なんだ、とりあえず放送室行くか。せっかくだから、全員で行こうぜ」

「えー? 良いんですか? 毬萌先輩が挨拶するんじゃ?」

「僕はお邪魔になると思いますが」


「良いんだよ。全員で開宴の宣言をしちまおう! 教頭辺りがなんか言ってくるかもしれんが、気にすんな! だって、来年も文化祭はあるけどよ」



 そして俺にもイエローカード。

 これは完全なる公私混同。職権乱用。

 仮にも生徒会の副会長たる俺が言って良い事ではない。



「このメンツでやれるのは、これっきりだからな!! 良いよ、やっちまえ!!」



 しかし、それでも俺は断行する。

 周りに何を言われたって知った事か。

 自分で言った通り、俺たちの文化祭は今年限りなんだから。

 そのために精一杯準備してきた俺たちが、そうとも、俺たちがちょいと挨拶で思い出作って何が悪い。


 おっと、黙ってくれよ、ヘイ、ゴッド。

 正論なんて聞かされた日にゃ、お前には一発レッドカードを出すことになる。


 青春の1ページを作るのに、ルールが邪魔ならそんなもん蹴飛ばしとけ。

 あとから拾って元通りにしといたら、多分大丈夫だ。



 放送室に入り、毬萌がマイクのスイッチをオンにする。

 お前、まだ打ち合わせも何もしていないって言うのに、このあわてんぼうめ。


「みなさんっ! おはようございます!! 準備は順調でしょうか!? わたしたちは、まだ準備できていません! にははっ、ダメダメですねー!」

 生徒諸君の笑い声が聞こえる。


「今年の文化祭は、今年だけです! ですから、みなさんも悔いのないようにして下さいっ! わたしたちも、今日はみなさんに負けませんよっ! はい、花梨ちゃん!」


 毬萌が流れるようにマイクを花梨にパス。

 花梨は笑顔でキャッチ。

 体育祭の時のバトンリレーの借りはこれで返したな。


「生徒会書記の冴木花梨です! あたしは、初めての文化祭でとってもドキドキしています! このドキドキを、みなさんも大切な仲間と一緒に味わってくださいね!」


 そしてマイクを鬼瓦くんに……。

 鬼瓦くん、首をブルンブルン降り散らかして、それを拒否。

 すまんな、今日は無理にでも喋ってもらうぞ。


「ほれ、鬼瓦くんも」

「ゔぁ、ゔぁい! みなざん! 重たいものがあれば、ぼ、僕に声をかけてくだざい!! 僕がぜいいっばゔぇえぇだぁぁぁ! 失敬、精一杯、お手伝いします!!」


 涙目になって頑張った鬼瓦くん、グッジョブ。

 鬼神の目にも涙。


 さて、俺がトリを務めさせてもらうなんて、少々恐縮だが、たまには良いだろう。

 非日常な1日の始まりは、ちょいと頓狂とんきょうな具合で問題ないのだ。



「準備は良いか!? 今日は祭、無礼講ぶれいこうだ! 最低限のルールを守って、盛大に羽目を外そう! 陰気なハゲが文句言ってきたら、生徒会の桐島まで一報してくれ!!」


「一時間後に開場だからな! 一般の方にも、俺らの祭を楽しんでもらおうぜ! 最高の祭に、一生忘れられない祭にしよう! 以上、生徒会からでした!!」



 こうして、文化祭の幕が上がる。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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目次 またの名をお品書き

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