第353話 あっと言う間に祭の前夜

 気付けば明日は文化祭当日。

 俺たち生徒会は、受け持ちの仕事を全て終わらせて早めに下校。

 残りの仕事と、当日の運営や後夜祭については、風紀委員会の管轄。

 氷野さんが激しいタクトさばきで、風紀委員たちをあっちこっちへと導いては叱咤しったし、自分も一緒になって汗を流していた。


 明日が良い日になればと心から思う。


 では、俺たちはどうしたのかと言えば、当然、祭の準備である。

 はしまき、フライドポテト、りんご飴。

 全て前もって仕込んでおける料理であり、4人で客を相手にするのだから、むしろこの前日の仕込みこそが本番と言っても良いくらい。


 お邪魔しているのは、リトルラビット。

 勝手知ったる厨房で、4人全員、仲良く準備中。



「桐島ぁくぅぅん! 本当にぃ、僕ぁ手伝わなくてぇ、良いのかぁい?」

「父さん。言ったじゃないか。学園の行事なんだから、部外者が手を貸すのはルール違反だよ」

「くぅぅぅっ! 武三、立派にぃなぁっちまってぇ!! 母さぁん!」

「ええ! 私たちはお邪魔しないように、お赤飯の用意しましょうね!」


 鬼瓦くんの言ったように、これはあくまでも学園の行事。

 だから、場所を借りるまでがセーフゾーンで、プロの手を借りるのはアウト。

 同じ理由で、冴木家からの厳選された食材の提供も断っている。


「あー、もぉー!! すみません、また電話が! ちょっと失礼しますね!」

「お、おう。あの、花梨? お父さんも良かれと思っての事だから、ね?」

「はい!」


 電話の相手は花梨パパ。

 何で知ってるのかって? これでもう10回目だからだよ。

 アニバーサリーだよ。


「だから! 言ってるでしょ! みんなで業務用スーパーとかで買ったから、いらないの!! もぉー! 次に電話してきたら、公平先輩の家に今日とつぐから!!」



 花梨さん、何言うてますのん?



「ふぅー。言ってやりました! これで大丈夫ですよ、せーんぱい!」

「おう。何がどうなって大丈夫なのかは知らんが、まあ、作業を続けようか」


 パパ瓦さんも花梨パパも、自分の子供が頑張っているのを見て、つい手を出したくなる気持ちは非常に分かる。

 同調するところ大である。

 とは言え、俺たち生徒会の文化祭は今年の1回きり。

 ならば、誰の手も借りずに、俺たちだけで完遂せねばと、士気も上がる。


「みゃーっ! コウちゃん、見てーっ! こんなにお芋が切れたーっ!!」

「ああああいっ! 毬萌、包丁が使えるようになっちまって……!!」

「……はい。大丈夫ですね。毬萌先輩、引き続き頑張りましょう」

「うんっ! 花梨ちゃん、ソースの方はどんな感じー?」


「う、うぅっ……。玉ねぎが目に沁みますぅー! でも、頑張ってますよ!」

「ああああいっ! 花梨が玉ねぎをみじん切りに……! あれ、俺の目にも涙が……」

「ソースはできるだけ多く作っておきたいので、冴木さんも頑張って下さい」

「分かってますよー! 鬼瓦くんこそ、順調ですか?」


「ええ。ミニリンゴの良いものが手に入ってラッキーでしたね。しっかり水抜きをしているので、こちらの作業が終わり次第、桐島先輩のサポートへ回ります」


 材料の大半は業務用スーパーで購入したが、その横で青空市場なる、青果の販売コーナーがあり、通り過ぎようとしたら鬼瓦くんが「ゔぁぁぁあぁっ!!」と咆えた。

 なんでも、このちっこいリンゴ、アルプス乙女とか言う品種で、お菓子の加工に向いている、リトルラビットでもお菓子の素材仲間の常連さんらしかった。

 前述の理由で、自分たちの予算範囲での材料調達をしていた俺たちにとって、これは僥倖と言っても良かった。


 予定していたりんご飴を『二口ふたくちりんご飴』に急遽変更。

 鬼瓦くんが試食用に作ってくれたが、甘みと酸味のバランスも良く、実に美味しかった。

 なにより、女子ウケが良さそうだと毬萌と花梨の太鼓判付き。

 言われてみれば、軽食とは言え、飯食った後のデザートにするくらいならば、このサイズが女子にはちょうど良いかと思われた。


「はしまきのタネも良い感じになりそうだぞ。とりあえず、食材は切ったから、あとは鬼瓦くん、すまんが確認頼む」

「さすが桐島先輩。仕事がお早い」

「普段から焼きそばばっか作ってるからな。見慣れた顔ばかりで助かるぜ」


 はしまきはシンプルに。

 お好み焼きのタネと非常に似ている、と言うか、ほぼ同じである。

 小麦粉を水と卵で良い感じに溶かして、中に万能ねぎと紅ショウガ、キャベツを細かく刻んで天かすと共にぶち込み、楕円形になるよう焼き上げてクルクルと巻く。

 その上に目玉焼きを乗っけたら、ソースとマヨネーズ、削り節で化粧をさせて完成。


 肉っけはないのかって?

 フフフ、あるに決まっているだろう? 甘いな、ヘイゴッド。


「鬼瓦くん、牛肉、こんな感じで良いか?」

「はい。充分ですよ。では、煮詰めていきましょう」


 隠し味、『牛肉のしぐれ煮』が現在作られている。

 やはり、予算の都合上、肉を買うとそれだけで財布がかなり軽くなる。

 しかし、育ち盛りの高校生が、肉っけのない料理では物足りぬ。


 そこで目を付けたのが、業務用スーパーの中でもとびきり固そうな、そしてむちゃくちゃ安い牛肉だった。

 ここで、鬼瓦くんの技術と俺の貧乏生活が奇跡のフュージョン。

「なあ、鬼瓦くん。これをすげぇ細かくして、ミンチみたいにしたらどうだろう?」

「先輩、それでしたら、いっそしぐれ煮にすれば、風味も加わります」


 その試作品が、出来上がった。


「おっし! ちょっと休憩して、はしまきの試食と行こうぜ!」

「はーいっ! お腹空いたのだーっ!!」

「今日は試食なのでセーフです……! カロリー高そうだけど、セーフ……!!」


「お待たせしました」


 目の前には、出来立てで湯気が立ちのぼる、はしまきが登場。

 もう、ソースとマヨネーズの匂いだけで美味しいって分かるヤツ。


「あーむっ! んーっ!! おいひーっ!! コウちゃん、よく考えたねーっ! 偉いっ!!」

「あぐっ。あっち! うん、でも確かにうめぇ! 鬼瓦くんのしぐれ煮が良いアクセントになってるなぁ!」

「それを言うなら、牛肉をそのまま使わずに一度加工する案を思い付かれた、桐島先輩の功績ですよ」


「おう? 花梨?」


「……もぉー! これ絶対夜に食べちゃダメなヤツじゃないですかぁー!! でも食べちゃいました! 美味しいんですもん!! 公平先輩と鬼瓦くんのバカ!!」


 普段から美味しいもの食べてる花梨のゴーサインが出た。

 これでひとまず、料理3品、完成である。


 ちなみにお値段は全て300円。

 ぶっちゃけ、利益がほとんど出ない価格設定だが、祭を楽しんでもらうのだから、そんな無粋ぶすいな事は言いっこなし。

 美味いものを安く食う。

 素晴らしいじゃないか。


 その後も、俺たちは前日に出来る仕込みを全て終えるべく、作業に専念した。

 俺たちだって、他の模擬店やイベントなんかも見たいのであるからして、前日に極限まで準備を詰め込むのはもはや良策。

 良策を超えて、いっそセクシーである。



 そしてミッションはコンプリート。

 俺たちは帰宅の途につくことと相成った。


「花梨。本当に送ってかなくて良いのか?」

「はい。ここでパパが迎えに来るのを待たせてもらいます!」

「そっか! んじゃ、二人とも、明日な! 最高の文化祭にしよう!!」


「はい!」

「ゔぁい!!」


 凛とした返事と、大地に轟く返事が、晩秋の冷えた空気を震わせた。



「コウちゃん、コウちゃん、楽しみだねっ! 明日!!」

「おう。去年はお前、生徒会に付きっきりだったもんな。……時間がありゃ、適当に回ってみるか?」


 毬萌のアホ毛がぴょこぴょこ動く。


「ホントに!? 行く行く! 回るーっ! コウちゃんと文化祭なんて、中学校の時以来だねぇー!」

「そうだなぁ。明日、良い日になりゃ……いや、良い日にしようぜ!」


 いつまでもゴッドに「良い日にしてお願い」と祈るのはヤメたのだ。

 てめぇで良い1日を作る。

 それでこそ、価値のあるものだと俺は思う。



 そうして、祭の朝が来る。




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