第9話 花梨と星の数

「せんぱーい! 桐島せんぱーい!」


 昼休み。

 中庭でカツサンドを食べ終えて、コーラで午後の授業へのエネルギー充填を試みていた俺を呼ぶ声がする。

 彼女の声は凛としていて、よく響く。

 そして、可愛い後輩に名前を呼ばれて嫌な気になるヤツはいない。



「おう。花梨。奇遇だなぁ」

「えへへ、本当ですね! 先輩の姿が見えたので、思わず大きな声を出しちゃいました!」

「ビックリしたぞー。なにせ、普段俺のこと呼ぶヤツなんて、毬萌くらいしかいねぇんだもん。コーラ吹き出しそうになっちまった」

「あはは! 生徒会の副会長なのに、そんな訳ないじゃないですかー!」


 意外とそんな訳があるのだが、ここで敢えて言及する必要はなかろう。

 何故ならば、花梨に気を遣わせてしまうし、何より俺の心が痛む。

 傷ついた心にコーラを浴びせたらば、さぞかし傷口が悲鳴を上げるだろう。

 俺だって泣いちゃう。


「先輩、ここ、座っても良いですか?」

「おう? そりゃあ構わんが。花梨、昼飯は?」

「もうお友達と済ませました!」

「じゃあ友達に悪いんじゃねぇか?」

「いえ! 先輩を見つけたので、先に教室に戻っててねと言って来ました!」

 なんだかそのお友達に申し訳ない。


「そうなのか。……でも、あれじゃねぇか? こんな冴えない男と一緒に居ると、周囲の目が気になったり」

「えー? 生徒会の役員がお話するのは普通の事だと思いますけど。それとも、先輩はあたしとお話しするの、ご迷惑でしたか?」

 これはいけない。俺としたことが。


「んな訳ないだろ。むしろ、花梨と食後のお喋りが出来る事を、今、神に感謝してるとこだ」

「あはは! じゃあ、あたしも一緒にお祈りします!」

 そして俺たちは二人並んで神に祈る。

 今日も平和です。ありがとう、神様。


「それにしても、花梨。かなり友達も出来たみたいで良かったな」

「へっ? どうして先輩がご存じなんですか?」

「おう。たまに花梨を見掛けるからな。その時に、割と一緒にいる相手が違うから。ああ、順調に学校に馴染んでんなぁと思って」

 花梨は返事をせずに、何やらモジモジしている。

 アレかしら?



 うわぁ、こいつ隠れて様子伺ってるとか、ストーカーかよ、的な?



 何と言って弁解しようか考えていると、花梨が恥ずかしそうに言う。

「もぉー! 見掛けたら声をかけて下さいよー! あたし、変な顔とかしてませんでしたか?」

「いや? ちゃんと可愛い顔してたぞ」

「か、かわ……! こ、今度からは、声かけて下さい!」

「そうは言うが、女子が楽しそうに話してる所に、やあやあ、なんて言って割り込むのも気が引けるからなぁ」


 それが許されるのはイケメンかローランドくらいのものである。

 だって、声かけたは良いけど、変な空気になったらどうしようって思うじゃない?

 全国の男子高校生の同意が聞こえるようだ。

 そうだろう。そうだとも。


「先輩って、すっごく思慮深い人ですよね」

「そうか? これくらい普通だろ? と言うか、俺に勇気がないだけだ」

「いいえ! 先輩は特別な男の人だと思います!」

「いやいや。マジで俺みてぇなヤツ、星の数ほどいるぞ?」

 自分で言って思う事は、俺が星の数いたら嫌だなぁと言う悲しい感想。


「あー。よく男の人って言いますよねー。女なんて星の数ほどいるさ! とか!」

「言うな。主にフラれたヤツを慰める時なんかに頻出する」

「あたし思うんですけど、それって慰め方として間違ってると思うんです!」

「ほほう。と言うと?」

 拳を握りしめて、椅子から立ち上がる花梨さん。


「星って、手が届かないじゃないですか。確かに数えきれないほどありますけど、それを掴めるかって言うお話になると、別だと思うんです」

「なるほど。確かに」

「つまり、隕石に当たらないとダメなんですよ! 星の数ほどいたって、それを眺めるだけじゃ意味がないんです!!」

「おおー。素晴らしい論法だな! そしてすごい説得力!」

 花梨はハッとして、スカートを整えながら、椅子に座り直した。


「す、すみません。ちょっと興奮しちゃいました」

「勉強になったよ。いやぁ、俺もいつか隕石に当たってみてぇもんだなぁー」

「あれ? 先輩、隕石に当たったことないんですか?」

「なんでそんな意外そうなの!? ないよ、ない! 星が接近してくる気配を感じた事がないもの。まあ、俺なんかにゃ縁遠い話だな」

「そんな事ないと思いますけどー」

「ほほう。そう言うからには、花梨は隕石に当たった事があるくちか?」


 すると花梨は立ち上がり、いたずらっぽく笑う。


「それはどうでしょう? どっちだと思いますか? せーんぱい!」


 反射する太陽の光を受けた花梨は、視点を変えれば燃える隕石と思えなくもなかった。


「あ、いけない! あたし、次の時間体育なんです! 名残惜しいですけど、お先に失礼しますね! またお話できたら嬉しいです!!」

「おう。頑張ってな!」

「はい! ではではー」



 小走りで去って行く花梨は、小さな流れ星のようであり、彼女も高校生活でどこぞの隕石と衝突したりするのだろうかと夢想した。


「あーっ! コウちゃん! なにのんびりしてるの!? 次、移動教室だよっ!」

 偶然通りかかった毬萌の声で、現実に引き戻される。

「えっ!? マジで!?」

「しかもコウちゃん、日直じゃん! にははーっ、うっかり屋さんだなぁー!」


 まさか毬萌にうっかりを指摘されるとは。

 ぬるくなったコーラを飲みこんで、俺は思う。


 こんな鈍い俺は、隕石と衝突する権利を得る前に人工衛星辺りとぶつかって粉々になるだろう、と。

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