第352話 花梨と設計図
「みんなーっ! 屋台を作るのだぁーっ!!」
今日もメシマズシスターズにはポテト修行をさせるべく、「ここは任せて先に行け」と言おうとしたところ、毬萌が先んじて言った。
盲点であった。
先日、入場ゲートを作る際つま弾きにされたせいで、思考回路がいじけていたのだろうか。
そうだよ、俺たちの出店、場所は決まったけど道具が全然じゃないか。
でも、どうせ、俺なんか物の数に入れてもらえないんでしょう?
知ってるよ。
どうせ釘打とうとして「あぁぁぁぁいっ!」って気合入れたにも関わらず、釘はビタイチ動いていないとか、そう言うオチで、俺がまた隅っこに追いやられるんだ。
「こーゆうのはね、コウちゃんが得意なんだよっ! ねっ?」
ま、毬萌さん?
「前もね、わたしの部屋の壁に穴が開いたの、修理してくれたんだよーっ!」
「わぁー! DIYってヤツですね! 公平先輩、カッコいいです!」
「工作も得意だもんねっ! 設計図とか、自分で引いちゃうんだよ!」
「本格的なんですね! じゃあ、先輩が設計図を作って下さいよ!!」
花梨さんまで!!
「べ、別に? 俺ぁそんな大したもんじゃないけど? まあ、みんながやれって言うなら? おう、別に、やぶさかじゃねぇな!!」
「コウちゃん、頼りになるーっ!」
「ステキです、公平先輩!!」
「ゔぁぁぁあぁぁっ! 桐島先輩は、やっぱり僕の憧れの人です!!」
ちくしょう! お前ら、大好きだぞ!!
「おっし! んじゃ、俺ぁ手早く図面書いちまうから、そうだな、毬萌と鬼瓦くんで資材調達してきてくれるか?」
「はーいっ! 行こ、武三くん!」
「ゔぁい! 力仕事ならお任せください!」
文化祭で模擬店を出すグループには、木材やアルミ板をはじめとした各種資材を使い放題と言う、学園長の大盤振る舞いが進呈される。
ついでに、コンロやグリルまで貸し出してくれる。
これは良いハッスル。
学園長にはずっとその調子のハッスルをお願いしたい。
資材置き場までのナビは去年の文化祭経験者の毬萌が適任。
そして、運搬役は鬼瓦くんを選ばない理由がない。
彼を選ばないのは、一打決勝点の場面で打者イチローに代打を出すような愚策である。
「あたしは何をしましょう?」
「花梨はすまんけど、事務仕事を軽くでいいから片付けてくれるか? ごめんな? 一人だけ面倒事を押し付けちまって」
「せーんぱい!」
「おう。すまん、やっぱり嫌だったか?」
「先輩から二人きりの時間を作ってくれるなんて、嬉しいに決まってますよ?」
「ばっ! おまっ、なんっ!! 違う、ああ、いや、別に嫌とかそう言うんじゃねぇけど、違う!! 意図した訳ではなくてだな!!」
「あはは! 分かってます! 先輩ってば、いつになっても女子に慣れませんね?」
「まったく、年上をからかいおってからに。花梨は女慣れした俺が見たいの?」
「いえ! そうなると競争率が上がってしまうので! それに、あたしは今の公平先輩で充分ですよ! 先輩の好きなところ、100個は言えますよ?」
「……そうか」
「あー! 先輩、照れてますね? 今、照れてますね? 先輩!」
花梨さん、仕事をしながら俺をからかう高度な技術を披露。
まさに才能の無駄遣いである。
「て、照れてねぇし! ……言っとくけどな、花梨」
「なんですかー? ふふっ」
「俺だって花梨の好きなとこの100や200、余裕で言えるからな?」
「へぁっ!?」
くしゃみしそうになったウルトラマンかな?
「おう? どうした、花梨?」
「先輩のそういうとこ、あたしはズルいと思います! もぉー!! 先輩の女たらし!!」
何やら身に覚えのないそしりである。
そして、花梨が「先輩は、まったく、ホントに困った人です、もぉ!」とブツブツ言いながら凄い速さで書類をさばき始める。
こいつは負けていられないと、俺も図面をせっせと引く。
そして一時間後。
「できた……! おう、これは我ながら、なかなかモダンだな。おう」
「お疲れさまでした、せーんぱい!」
「あひゅん」
背中に冷たいものぶち込まれて、俺の心臓が鼓動を止めた。
「何するんだよ、花梨……」
「えー? せっかく飲み物を買ってきた後輩に対して、ひどくないですかぁ?」
「不意をついて背後に回り込まないでくれたら満点だったんだけどな」
「えへへ! この前、田中さんに習いました!」
花梨パパの第一秘書である田中さん。
その実体は
本人は頑なに認めないが、間違いなく伊賀か甲賀の育ちである。
そして、背後をとる技術を簡単に教え過ぎである。
俺も習ったことがある。
忍らしくもっと忍んでください、田中さん。
「図面見せて下さい! 公平先輩!」
「おう。こんな感じ。……あー。コーラうめぇ。サンキューな」
「いえいえー。あ、すごく良いじゃないですか! ……先輩、絵が上手くなってません? あたし、先輩はずっと仲間だと思ってたのに!」
「方眼紙と定規使って描いたからだよ! さすがにそれで下手くそだったら俺は俺が可哀想で泣いちゃうよ!」
「それにしても、毬萌先輩と鬼瓦くん、遅いですね」
「そういや、そうだな。いくら資材を多く運ぶって言っても、出て行ってからかなり経ったなぁ」
「どうしますか? 様子見に行きます?」
「いや、ヤメとこう。俺が行っても邪魔になるだけだからな!」
「じゃあ、もう少しお喋りできますね!」
「いやいや、書類片づけねぇと!」
「もう終わりましたよ?」
見ると、奇麗に分類された書類たちがそこには居た。
「自分たち、もう完全降伏っす」と白旗を上げる書類たち。
何枚か拾ってチェックしてみるも、その様は完璧。
花梨、恐ろしい子!!
毬萌の天才の陰に隠れがちになるけども、この後輩も大概には規格外である。
俺がえっちらおっちら図面を作っている間に、3人分の書類仕事を終えて、ついでに俺の差し入れにコーラまで買ってくるとは、何たる有能さか。
「……? 公平先輩? どうしました?」
「いや、花梨と結婚したら、俺ぁ専業主夫した方が良いかなって」
「けっ、けけけっ!? ……けほっ、けほ」
花梨が飲んでいたコーヒーで盛大にむせた。
ブラックなんて飲むから。苦過ぎたんでしょう?
「あー。大丈夫か? 背中さすろうか?」
「へ、平気です……! もぉー! 先輩が急に変な事を言うからいけないんですよ!!」
「おう? それは、なんかごめん。定規使って図面描くの、そこまで変だった?」
「……その話じゃないです!」
「ああ、そうか。親しい仲とは言え、女子の背中を軽々に触っちゃまずいよな!」
「なんで行き過ぎるんですかぁー!! もぉー!! 先輩の鈍感!」
普段の凛として誰にでも見せる優等生な花梨も捨てがたいが、こうして表情をコロコロ変える花梨も可愛いなぁと、しみじみ。
そして、これ口に出したらまた怒られるヤツ! とセルフチェック。
「あの、先輩って、奥さんには家を守って欲しいとか思わないんですか?」
「おう? 全然思わんな。当人が納得してりゃ、夫婦の形なんてそれぞれだろ?」
うちの家計なんて、先月、母さんのパートで稼ぐ給料がついに父さんの月給超えたからな。
父さんは今日も午後イチ退社。
千円札だけ持って競艇行ってる。で、たまに勝つと焼きそば買って帰って来る。
うちの両親見ながら育ったから、割とどんな複雑な家庭でも享受できるよ、俺。
「えへへ。じゃあ、先輩と結婚したら、あたし楽ができちゃいますね!」
「おう。そうしてくれ。……おう。俺ら、結婚すんの!?」
「あはは! やっぱり自分の事だと思ってなかったんですねー。ホントに鈍感な先輩には困ったものです!」
「今度は、あたしとの新婚生活を図面に描いてみてくださいね? せーんぱい!」
何か言い返さないと負けになると思うものの、「最初から勝負にならんわい」とゴッドの一声が聞こえて、「それもそうだわね」と俺も納得。
その後、海賊船でも作るのかな? と言う量の資材を持って帰って来た鬼瓦くん。
それから、彼と協力しながら屋台作りを始めると、2時間ちょっとで骨組みと各パーツが完成する。
だって、俺が「そっちとこっちを」って言うと「分かります」って言って、釘打ち込みながら溶接始めるんだもの、鬼瓦くんってば。
鬼神ピッタリ。
たまに忘れそうになるけど、うちのメンバーは俺を除けばだいたいチートだよ。
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