第22話 毬萌と筋トレ

「コウちゃーん! 来たよーっ!」


 久しぶりに俺の部屋へ突撃訪問を仕掛けてくる毬萌。

 どうやら、我が家が親戚から貰ったシャインマスカットを食べに来たらしい。

 何と言う嗅覚。

 いや、もしかすると、そのアホ毛が美味しい物センサーになっているのか。



「ったく、俺の分も残しといただろうな? まだ3つしか食ってねぇんだぞ」

「ほえ? もう、みーんな食べちゃったよ?」

「なんで!? 俺、あとで食うからって母さんに言っといたのに!?」

「おばさんが、良いから食べちゃいなさいって言うんだもんっ!」

「……マジかよ。俺、初めてのシャインマスカットだったのに」


 もっと味わって食えば良かった。

 もう、一口食べたら止まらなくて、皿に出された3個一気食いしちゃったよ。

 なら自分で買えば良い?

 買えるかい、あんな高級品! 干しぶどうが俺の精一杯だよ!!


「にへへっ、いっぱい食べちゃったー」

「えっ。一応聞くけど、毬萌。何個食ったの?」

「んっとねー。9個かなぁ?」



「俺の3倍食ってんじゃねぇよ!! なら、せめて一つくらい残しとけよ!!」



 ちくしょう。

 俺のシャインマスカットはもういない。

 次にいつ食えるかも分からない。

 もう良い、分かった。

 明日、学校帰りに干しぶどう買ってくる。


「ところでコウちゃん。さっきから何してるのー?」

「おう。見ての通りだよ」

「出産直後の仔馬のモノマネ?」

「筋トレだよ!! 腕立てしてんの!!」


 そうとも、俺の目指すは自分に厳しく他人に優しい男。

 そのためには、自らを追い込んで体を鍛える必要がある。

 だから俺は、毎日ハードなトレーニングで体を鍛えている。


「にははっ! コウちゃん、筋トレ好きだよねー」

「別に好きじゃねぇけどよ。やっぱ、大事なものを守るためにゃ、頑丈な体ってのも必要だろう?」

「おーっ! コウちゃんが、なんかカッコいいこと言ってる!」

「……くはぁっ! よ、よし、1セット終わりだ」


 腕が痺れている。

 上腕三頭筋が悲鳴を上げている。

 しかし、この辛さが明日の筋肉を作るのだ。

 そうとも、この痛みは筋肉の歓喜の歌だ。


「わたしもやってみよっかなぁ」

「おいおい。女子にゃ俺のメニューはキツ過ぎるぞ。ヤメとけ、ヤメとけ」

「そっかなぁ? 腕立て伏せ、1セット何回するの?」

「ふふ、聞いて驚け! なんと、5回だ! 地獄の様な数字だろう!?」


 毬萌は首をかしげている。

 そうだろう。いくら天才とは言え、筋トレに必要なのは頭ではない。

 折れない心とたゆまない努力。

 そしてプロテイン。


「やってみるねっ! いーち、にーい、さーん」

「お前、そんなハイペースで!? 怪我しちゃいかん! ヤメとけって!」

「じゅういちー。じゅうにー」

「……嘘だろ」

「にじゅうきゅーう。さんじゅーっ! はぁーっ! 結構大変だねぇ!」



 ——お、おおおお、お、俺の6倍!!



 腕立てを5回するだけで死にそうになる俺を差し置いて、さ、ささ、30回を休みもなしでこなすなんて……!?

 バカな、そんな事ってあるのか。

 俺が5回続けて腕立てできるようになったの、高校になってからだぞ!?


「毬萌。ちょっと良いか?」

「なぁにー? みゃっ!? にははっ、ちょっとコウちゃん、くすぐったいー!!」


 何をしているかと問われたらば、答えなければなるまい。

 俺は今、毬萌の二の腕を触り散らかしている。

 女子の体に軽々に障るなと言う意見もあるだろうし、それは聞くべき価値のあるものなのは承知の上で、触り散らかした。

 何故ならば、毬萌の二の腕がガッチガチに固くなければ理屈が通らないからだ。


「ちょっ、えっ、マジで!? すまん、逆の方も! ちょっとだけだから!!」

「みゃーっ!! もうっ、コウちゃん! 女の子の腕、触りすぎだよぉ!!」



 ——ぷにぷにである。



 繰り返す。毬萌の二の腕はぷにぷに。

 もう、ずっと触っていたくなるほどのぷにっぷに。

 問題は、そのぷにぷにの腕で、なにゆえこれ程の負荷に耐えられるのか。


「よ、よし。毬萌。次は腹筋だ。一緒にやろう」

「えーっ? わたし、スカートなのに?」

「大丈夫! お前のスカートの中になんて、これっぽっちも興味はねぇ!!」

「コウちゃんのエッチ! 分かったよー。やったげるから、コウちゃんのジャージ貸してー」

「お、おう」


 俺はジャージを手渡しながら祈る。

 さっきのは何かの間違い、

 腹筋なら俺の方が優れているに決まっている。

 だって、中学に入ったときからやっているのだから。

 そうとも、俺には4年と少しの積み重ねがある。


「わたしが数えたげるねー! せーのっ! いーち、にーい、さーん」

「はひぃ、ひぎぃ、ふぅぅん、ええぇん」

「ろーく、なーな、はーち」

「…………おふぇ」


 ギブアップ。

 だって、いつも1セット5回だもの。

 6回とか、未知の領域に足を踏み入れた自分をむしろ褒めたい。

 そして未知の領域にボコられた自分を慰めたい。


「にじゅうきゅー、さんじゅーっ!! ほえ? コウちゃん、どしたの?」

「ちょっとすまん!!」

「みゃ、みゃーっ!! コウちゃんの変態!」

「しゃべっしゅ」


 毬萌に腹筋を蹴られて、俺は悶絶。

 なんで蹴られたかって?

 毬萌の腹筋がカッチカチかどうかの確認をしただけですけど?

 結果はぷにぷに。

 もう、ずっと触っていたくなるくらいぷにっぷに。



「もうっ! コウちゃん、わたしに負けたからってセクハラしないでよぉ!」

「ま、負けてねぇし!?」


 そうだ、こいつは体力もチートなんだった。

 運動神経だって女子の中でも飛びぬけていた事を忘れていた。

 そうとも、普通の女子。

 例えば花梨ならば、俺よりも筋肉がないに違いない。

 俺は半ば強引に決定づけた。



 その仮説が当然のようにぶっ壊される訳だが。

 それは別の話。

 そして絶対にその話はしない。



 この日のプロテインは、やたらとしょっぱい味がした。

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