第355話 毬萌とメイド服 ~進む準備~
「あ、公平先輩! どうでした? 教頭先生、怒ってましたか?」
「おう! 頭テッカテカにして嫌味たれてきやがった! あの秘密道具出さねぇ代わりに汚い油を出すドラえもん!!」
「あー。やっぱりですか。大丈夫でした?」
「平気、平気! むしろ楽勝! 笑顔で乗り切ってやったぜ!!」
先ほどの校内放送が早速教頭の耳に入り、俺は生徒会代表で呼び出されていた。
「君は歴史ある生徒会の、特定外来種だねぇ」と先制攻撃する教頭に対して「そう言う教頭先生もババコンガみてぇな腹ですね」と応戦。
そろそろ拳で語り合うかと睨み合っていたところ、学園長の「はっはっは! まあ、良いじゃありませんか、無礼講ですよ、教頭先生!」の一言で水が入る。
「さぞかし良い結果を見せてくれるんだろうねぇ」の捨て台詞を「もちろんですよ。老眼鏡を用意しといて下さい」と投げ返して、俺は戻って来た。
そして、心配そうにしていた花梨と廊下で合流。
今に至る。
「もぉー! 先輩ってば、さっきのはやり過ぎじゃないですか? 絶対怒られるって分かってたじゃないですかー」
「あ、バレてた? 良いんだよ、俺が怒られるようにしといたんだから」
「知ってます! だから、わざと最後に喋ったんでしょ? もぉー!」
花梨の目は真実を映す鏡のようであった。
俺の愚策などお見通し。
まったく、一年生にして末恐ろしい洞察力である。
彼女と結婚したら、浮気どころか夜のお店に行っただけでもバレるな。
「まあ、良いじゃねぇか! 早いとこ屋台に戻って、俺らも準備だ!」
「あー! 話はまだ終わってないんですよー!?」
「分かった、分かった! 花梨は今日も可愛いな!」
「また、そうやって子ども扱いして! もぉー!!」
そうは言っても、開場まで30分しかないのだから、ここでお喋りをしている時間は惜しい。
お叱りの続きは、作業をしながら聞くとしよう。
俺たち生徒会の屋台スペースは、中庭の入り口。
ここ、実は一等地である。
先に断っておくが、別に職権乱用して良い場所をぶんどった訳ではない。
毎年生徒会はここに出店! と言う、伝統があるのだ。
中庭は、校舎内とグラウンドを繋ぐ交通の
どんな名店でも、人目に触れなければ集客をどうにかするところがスタートラインになるが、俺たちはその点を既にクリア。
さらに、手前みそになるが、うちは名店。
ふふふ、死角がない。
「悪ぃ悪ぃ、戻ったぞー!」
「無事に公平先輩を確保して来ましたー!」
えっ、花梨さん?
俺を捕獲する係で待ってたの?
場外乱闘を教頭と続けていたら、首根っこ掴まれて情けない退場をするところだったらしい。
「おかえりっ! こっちは準備出来てるよーっ! 武三くんが頑張ってくれたのだっ!」
「ゔぁい! 毎年、花火大会で屋台を出している経験がお役に立てたようです!」
テントの下で、毬萌と鬼瓦くんが一仕事終えていた。
調理器具は設置済み。
リヤカーで運んできた仕込みの終わった食材は配置済み。
長テーブルと椅子は生徒会室のものを流用。
こちらも準備完了。
「全部やらせちまったか。ごめんな、鬼瓦くん」
「いえ。桐島先輩は、いつものように矢面に立って下さいましたから。それに比べたら、この程度の力仕事、軽いものです!」
「頼もしいなぁ。しかし、そうなると20分くらい時間に余裕が出来たな。さすがに、料理こしらえて……と行くのもまだ早いか」
せっかくの屋台飯。
どうせならば、出来立てアツアツを提供したい。
そんな訳で、時間を持て余し始めた俺たちの元へ、タイミングよく来客が来た。
「失礼します! 風紀委員の松井です!」
「あ、松井ちゃん! お疲れ様です!」
「うん! 冴木さんも、今日は頑張ろうね!」
松井さんがやって来た。
友人の花梨とお話でもするのかしらと思って見ていると、彼女は俺と毬萌に向かって言うのである。
「あの、会長と副会長に、被服室へ来ていただけないでしょうか?」
「おう? そりゃ、構わんが」
「氷野委員長が、大至急とのことで! すみませんが、お願いします!!」
「ほえ? なんだろー? でも、マルちゃんが待ってるなら行かなきゃだねっ!」
「そうだな。すまんが、二人とも。ちょいと行ってくる」
今度は花梨と鬼瓦くんに留守番をさせて、俺たちは被服室へ向かう。
何か急用なら電話してくれりゃ良いのに、と思いながら、小走りで駆ける。
道中目に入る屋台は、どこも活気にあふれており、その様子は俺の心を弾ませた。
「氷野先輩! お二人をお連れしました!」
「あら、ありがと! じゃあ、毬萌借りるわよ!」
「おう。氷野さん、何がどうしてどうなったんだ?」
「ああ、あんたは廊下! 松井、あとよろしくね!」
「えべすっ」
来いと言うから来たら、毬萌だけ回収されて2秒で部屋から叩き出された。
準備期間中に氷野さんを頼り過ぎたから、4月の頃の残忍で冷酷なサイヤ人に戻りたくなったのかしら?
とりあえず松井さんに状況説明を求めつつ、自然と正座する俺。
「ちょっと、副会長! なんで正座されるんですか!?」
「いや、氷野さんの命を受けた松井さんも、氷野さんの一部みてぇなもんかと思うと、アレだね。体が勝手に。気にしないでくれ」
松井さんは「ええ……。すごくやり辛いですよ」と言いながらも、最終的には俺の正座を認めてくれた。
後輩に正座を認めてもらうって何だ。特殊プレイか。
「あのですね、文化祭でも緊急事態が起きた場合に、その対応に当たることのできる人を選任してある事はご存じだと思います」
「おう。ご存じ、ご存じ。基本的に委員務めてる二年生がやるって話だったな」
「はい。それで、氷野先輩の提案なのですけど、その人がパッと見て分かりやすいように、コスプレをしてみたらどうかと言う話になりまして」
そこでようやく俺と毬萌が招集された理由が判明。
つまり、着替えのためだったのか。
それにしても、である。
俺は、率直な感想を松井さんに伝えてみた。
「氷野さんにしちゃあ、なんつーか、砕けた発想と言うか、いい意味で彼女らしくないアイデアだよな」
「そうですよね! 私たちもビックリです! きっと、桐島先輩たちのおかげですよ! 先輩の
「そうかな? まあ、でも、春先の氷野さんは誰かれ構わずブレスケア投げつける残虐超人みたいだったもんなぁ! はっはっは!」
松井さんが、突然口をパクパクさせる。
なんだろうか。ああ、読唇術ごっこかな?
どれどれ、挑戦してみよう。
ええと、「せんぱい、うしろ、うしろ」と言ってるのかな? 後ろ?
「誰が残虐超人ですって? あんた、私をそんな風に思ってたんだ? ふーん?」
「……Oh」
「違うんだ! 良い意味の残虐超人なんだ、氷野さん!! 誤解だひぃぇん」
「残虐って名前に良い意味なんかあるわけないでしょ! このバカ!!」
「ラーメンマンだって元は残虐超人だよ!」必死に弁解を試みるも、それは虚しく、俺の頬っぺたに手形が付いた。
大相撲のグッズかな?
「見て見て、コウちゃーん! これ、着せてもらったーっ!!」
「あん? ……これは」
毬萌がメイド服を着ていた。
結構短いスカート丈に、スキだらけの胸元。
頭にはいつかのネコミミが付いている。
「氷野さん、これ、いつから考えてたの?」
「ぐへへ。良いでしょう? ハロウィンの時から、絶対に毬萌に似合うと思ってたの。でゅふふ。絶対領域がけしからんわね! ああ、良い! 良いわね!!」
氷野さん、ご満悦である。
「ま、まあ。これなら目立つな。毬萌も納得してるなら、良いか」
「そうでしょう!? もう、
氷野さん、ご満悦を越えて、いっそ御乱心である。
「あー。氷野さん? 俺は何を着れば?」
「ああ、あんたのは、そこに置いてあるわよ。適当に着といて」
そこには、「御用の方はこちら!」と書かれたタスキと、付け髭にサングラス。
そして、「すみません、先輩!」と松井さんに謝られながら、俺の頭はヘアワックスでオールパックに。
ストールの代わりに黄色い手ぬぐいが首から下がる。
この姿には覚えがあった。
大きな姿見で自分の姿を確認。
うん。そうね。服が金色じゃないだけで、これは、アレだね。
簡易版のピコ太郎じゃねぇか……。
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