第340話 土井先輩の華麗なるミイラ男

「公平兄さまー! ミートパイっていうのが美味しいのです!」

 あああっ! 可愛い!!


 シリアス決め込んだ姿はどうしたって?

 シリアスだろうがシベリアだろうがシリアルだろうが、可愛いは正義だろ!!

 そこにシチュエーションなんか関係あるか!!


「ミートパイ、美味いよなぁ。うん。分かる」

「でも兄さま、食べてないのです?」

「おう。そういやぁ食ってないなぁ」

 俺はさっきからカルボナーラを食べるのに忙しい。


 え? カルボナーラ食いながらシリアス決め込んでたのかって?

 そうだけど? 何か問題でもある?

 それ言ったら、俺今日ずーっと金ピカのピコ太郎だよ?

 一瞬たりともまともな恰好してないじゃん。ヘイ、ゴッド。


「はわわー。だったら、心菜が食べさせてあげるのです!」

「ほぴょ!?」


 ああ、ビックリした。

 ビックリし過ぎて変な声が出たよ。

 心菜ちゃんが俺に「あーん」してくれるのかと思ってしまった。

 なんて不埒ふらちな。頭ん中は桃色片想いか。


「兄さま、えとえと、お口開けて欲しいのです!」



 ほぴょってる!! 考え違いじゃなかった!! ちゃんとほぴょってた!!



 まず、俺の流儀には「女子に恥をかかすものではない」とある。

 これは、先日敬愛する土井先輩から習った。

 いついかなる時でも、女子に恥ずかしい思いをさせてはならぬ。

 そんな事をするくらいなら、自分が道化になるが良し。


 さすが土井先輩。言う事が違う。もはや何物をも超越したセクシー。


 では、心菜ちゃんがモジモジしながら俺にミートパイを差し出している、現状について考えるべきである。

 彼女の申し出を断れば、天使が悲しむだろう。

 それを良しとする者がいるだろうか。



 いないね。存在したら不死鳥フェニックスパンチ案件だよ。



「お、おう。それじゃ、いただきま」


「あっと! すんません! って、なんや、心菜ちゃんかー!」

「むすーっ。美空ちゃん、急にぶつかったら危ないのです!」

「あっははー、ごめんて! でも、何も持ってなくて良かったわー」

「はわー?」


 俺の脳は加速度的に回転速度を上げていく。

 まず、状況確認。


 アツアツのミートパイが俺の右目のちょっと下に張り付いている。


 まあ、それは良い。

 ダチョウ倶楽部だっておでんで似たような事やっているし。


 問題は、この俺のお粗末な姿を見て、心菜ちゃんがそのお粗末さんの創造主が自分だと、つまり自分が原因で俺に粗相を働いたと思ってしまったらどうか。


 もちろん、俺は笑って許すし、怒ったりするはずもなし。

 むしろご褒美。

 しかし、事の主題は『心菜ちゃんがどう思うか』であって、『俺がご褒美に興奮している』事はまったく、全然、これっぽっちも関係ないのだ。


「はわわ、兄さま! パイ、美味しかったですー?」


 俺は咄嗟に顔面をフクロウのようにグリンと回転させようとした。

 出来る訳がないのに。

 それでも、やらねばならぬ。


 そんな時、どこからともなくやって来る、あのお方が登場した。


「失礼、こちらをお使いください。シルクで出来ておりますので、触り心地は保証いたします」


 顔面どころか、全身に包帯を巻きつけていても分かる、この圧倒的な存在感!

「あ、あの、一応確認しますけど。……土井先輩っすよね!?」

「いいえ。わたくしは、通りすがりのミイラ男でございます」



 役になり切っておられる!!



「さあ、お早く! その顔に付いたパイを包帯で! 見たところ火傷はしておられませんし、包帯で拭ったくらいではご自慢の銀ラメは落ちないと愚考致しますゆえ」

「りょ、了解っす!」


 俺は、ガシャガシャと乱暴に顔を拭った。

 シルクってすごい。なにこの肌触り。ずっと顔を拭いていたい。

 そして、本当に銀ラメは取れなかった。

 そこは別に取れても良かったのに。


「助かりました。土井先……ミイラ男先輩。あの、良ければ飯を」


 ガシャーンとグラスの割れる音が近くのテーブルで響いた。

「あー! マジ最悪、ちょっと何してくれてんのー?」

「あんたがこっちに来たからじゃん! 人のせいにすんなし!」


 こいつぁ、いけねぇ。

 そう思った時には、俺の隣にいたミイラ男先輩が現場検証を行っていた。


「なるほど。ぶどうジュースですね。わたくしごときが出しゃばり恐縮ですが、こちらを使います。失礼いたします」

「えっ!? きゃ、ちょっ! 何かけてるんですか!?」


 どうやら、彼女たちは、ミイラ男の正体が学園のアイドル柔らか鉄仮面先輩と気付いていない様子。

 むちゃくちゃ怪訝けげんな顔で非難を浴びせる。


「こちら、セスキ炭酸ソーダを水と混ぜたものです。配合については割愛致します。そして、この包帯で叩くようにして差し上げると……」


「うっそ! ちょっとシミ、薄くなってない!?」

「確かに! もう、ほぼナシ寄りのナシじゃん!!」


「この程度の応急処置を行いますと、後日クリーニングに出されたら、ほとんど違和感のない仕上がりで貴女のお手元に戻ってくるとおもいますので。では」


「えっ、行っちゃうんですか!?」

「せめてお名前を教えて下さい! あと、ラインのIDとか!!」


「申し訳ございません。わたくし、流浪るろうのミイラ男でございます。そして、尽くすべきクレオパトラは既に見つけておりますので。……これにて」


 ミイラ男先輩は、ぶどうジュースのシミを落として、ついでに二年の女子二人も落として、颯爽と去って行った。

 今宵の土井先……ミイラ男先輩も、やはり華麗である。



「兄さま、兄さま! さっきの人は怪我してるのです?」

「せやな、あんだけ包帯巻いとったら、全身大けがやで!」

 純粋な心を持った天使たち。尊い。

 

 しかし、どうしたものか。

 真実を教えても彼女たちの夢を壊すだけではないのか。

 だが、嘘はつきたくない。


「ああ! 彼か! 彼はな、私の旦那様なのだよ!」

 そんな俺のちっぽけな悩みをロングシュートする天海先輩。

 チラベルトかな?


「はわわ! 天海姉さま、結婚してるのです!?」

「蓮美姉さん、すごい! むっちゃ大人ですやん!!」


「はっはっは! いや、照れるな! ……これなら良いだろう? 桐島くん!」



 なんと華麗なご夫婦だろうか。

 新婚さんいらっしゃいに出して、山瀬まみを困らせたいカップルである。



「みゃーっ! コウちゃーん! 助けてぇーっ!!」

「おうっ!? 今度はどうした!?」

「カボチャのプリン、スカートに落としちゃったよぉー!」


 先輩方には敵わんが、俺は俺に出来る事をこなすのみである。


「あー、よしよし。分かったから、じっとしてろよ!」

「みゃーっ……。ごめんねー?」

「良いよ。好きで世話焼いてんだから」


「あら、冴木花梨。腰のところにクリームついてるわよ。良いの?」

「平気です! パパが勝手に用意した衣装なので!」



 平気じゃないね!! それ、絶対平気で済ませちゃダメなヤツ!!



「花梨! 花梨さん!! こっち来て! クリームなら、すぐに処置すりゃ平気だから!!」

「えー!? なんですか? 先輩、あたしのスカートの中、また覗く気ですかー?」

「言い方ぁ!! なんでもいいから、こっち来なさい!」

「あはは! はーい! 先輩って時々ママみたいになりますよねー!」


「あーっ! それは確かにあるねっ! コウちゃん、お母さんみたいっ! 一家に一台欲しいよねーっ!」

「そうですね! 是非欲しいです!!」


「お前ら、こんな金ピカで母ちゃんみたいな俺が欲しいの?」


 毬萌のスカートをトントンしながら、俺は二人の顔を順に見る。


「はい! どこにいてもすぐに見つけられるじゃないですか!」

「ずーっと一緒に居てくれるなら、金ピカでも銀ピカでも良いよーっ!」



 これだから、困るんだよ。

 どこまでも真っ直ぐに俺の事を見やがって。


 ミイラ男先輩の帰りを待って、今日も色々と勉強だなと思うのは、俺。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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目次 またの名をお品書き

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