第339話 天海先輩とドラキュラ

 ハロウィンの起源は、悪魔祓いであったと聞いたことがある。

 つまり、逆さにしてみると、ハロウィンの時分にはそこら辺に悪魔が居るということになりはしないか。


 ならば、先ほどのセッスクくんのご乱行に巻き込まれたのも、アレなのでは。

 悪魔のせいなのではないか。

 悪魔にりつかれたせいで、俺はかの乱行に手を貸したのではなかったか。

 そういうことになったりはしないか。



「よっ! 金ピカセックスマン!」「オレは好きですよ! 副会長の芸風!」


 違うの、ヤメて。

 もうこれ以上俺に変な蔑称べっしょうを付けるのをヤメて。

 そしてセッスクくんに付き合い過ぎた俺が悪い。

 俺が悪いけども、芸風とか言うのもヤメて。

 芸じゃないの。違うの。

 お願い、男子。盛り上がらないで。


「うっわ、下ネタ会長だ」「生徒会長って、もしかしてゲテモノ好き?」


 違うの、ヤメて。

 もう何の言い訳もできないけども、副を下ネタと置き換えるのをヤメて。

 毬萌と俺の仲が妙な噂になっているのも知ってるけど。

 知ってるけど、その上でヤメて。

 毬萌の男の趣味が悪いみたいな風聞はヤメて。

 お願い、女子。さげすまないで。


「ピコ太郎じゃん! とりま写メろ!」「冴木さんバイブス高いわ。アリ寄りのなし」


 違うの、ヤメて。

 ピコ太郎じゃない、桐島公平だよ、俺。とりま写メるのをヤメて。

 花梨との仲が噂になっているとか言う話も知ってるけど。

 知ってるけど、その上でヤメて。

 花梨がパリピ的な感覚で俺と付き合ってるみたいな風聞はヤメて。

 お願い、ギャル。もてあそばないで。


「さあ、桐島先輩。みんなの所へ戻りましょうか」

「……おう。……ちょっ! お前ら、ヤメろ! フラッシュ浴びせんな!!」


 フランケンシュタインとピコ太郎が並んだら、そりゃあ目立つよ。

 花梨が用意したって事は、冴木家謹製きんせいの衣装なんでしょう?

 薄々は気付いていた。だって、むちゃくちゃ通気性が良いんだもの。

 多分だけど、本家のピコ太郎を追い抜いてるんじゃないかな。


「ゔぁあぁあぁあぁあぁっ」

「ヤメろー!! フラッシュが金ピカで反射して鬼瓦くんが消滅するだろうが!!」


 不倫旅行に出かけていた芸能人カップルが空港でマスコミに捕まったのかな?

 なに、この猛烈なシャッター音。

 もしくは人気コスプレイヤーかな?


 そんな俺と鬼瓦くんに、天の助けがやって来た。

「兄さまー! こっちなのですー!」



 あかん! 心菜ちゃんをこんな魔空間に入れたらあかん!!



 こうなったら、俺が空中きりもみ回転でパパラッチどもを退けるか。

 イチかバチか。

 多分バチ。ほぼ確実にバチだけども、ワンチャンスに賭けるか?


 そんな無謀なギャンブルに挑もうとする俺に、今度は強力な援軍が訪れた。

「コラ、コラ! 写真撮影はほどほどにしないか! 桐島くんと鬼瓦くんが困っているぞ! さあ、充分に撮れただろう? 各々、料理を楽しむと良い!!」


 天海先輩、見参。

 前年度会長の発言力は未だ衰えを知らず、穏やかな一喝でパパラッチは解散した。

 そうしてできたスペースに、仲間たちが集合する。


「兄さまー! やっと一緒になれたのです!!」

 うん。可愛い。

 軽く誤解されて死神の鎌が飛んできそうなセリフだけど、可愛い。


「公平兄さんと鬼神の兄貴、さっきの何やったんですかー?」

 美空ちゃん、それは知らなくて良い事だよ?

 どうかお願い。知らないでいて。


「おや! 今日の桐島くんは、また随分と可愛らしい連れがいるな! 本当に隅に置けない男だよ、君は!!」

 恩人の天海先輩には紹介しておかなければなるまい。


「いや、違いますよ! 先輩、分かってて言ってますよね!? この二人が、参加を許可してもらった中学生です!」

「はっはっは! すまん、すまん! 私は三年の天海蓮美だ! よろしく頼む!」

 天海先輩の堂々とした挨拶に怯むこともなく、天使たちもお返し。


「はわわ、氷野心菜です! あねがいつもおせわになっております、なのです!」

 あああああい!! 可愛い!!


「ああ! 君が噂の氷野くんの妹さんか! 可愛いとは聞いていたが、これ程とは!」

 そして天海先輩の心も心菜ちゃんはガッチリホールド。

 天使の矢からは逃げられない。


「ウチは藤原美空って言います! お姉さんがこの学校のボスなんですか?」

 美空ちゃん! なんで急に火の玉ストレート投げるの!?

 やっぱり阪神ファンなの!? 引退残念だけど!!


「はっはっは! かつてボスだった、かな! 今のボスは神野くんさ! いや、違うな! 神野くんをはじめ、桐島くんや冴木くん、鬼瓦くんも立派なボスだ!」

「せやったんですかー! お姉さん、蓮美って言うんですか?」

「ああ、そうだぞ! そういう君は、美空ちゃんだな!」


「ははっ! なんやウチら、名前似てますね、蓮美姉さん!」

「なんだなんだ、急に可愛い妹が出来たみたいだな! では、私も美空ちゃんと呼ぶことにしよう!!」


 美空ちゃん、天海先輩との相性、よもやの◎である。

 そうなんだよ。

 天海先輩、分かり合うまで時間がかかる人だけど、合う人とは本当にすぐ合うからなぁ。

 これは嬉しいサプライズ。



「おーいっ! コウちゃーん! みんなーっ!! お料理貰って来たよーっ!」

「ここのテーブルが空いてますから、みんなで食べましょうよ、せんぱーい!」


「おう。毬萌、それに花梨も! 悪ぃな、女子に運ばせちまって!」


「むしろ、あんたが居ないおかげで捗ったわよ! ……心菜に付いててくれて、ありがと」

 ゴッドー! 聞いてー!

 今日は氷野さんがツンデレヒロインの日だよー!!


「お、お皿と、お箸、それからフォークと、スプーンも、持って来ました、よ!」

「ありがとう、真奈さん。スプーンまで用意するなんて、気が利くなぁ」

 鬼瓦くん、さっきまで俺の横にいたのに、いつの間に移動したんだ?

 鬼神超特急。


「さあ、みんなで食べよーっ!」

 やれやれ、ようやくパーティーを楽しめるな。


「天海先輩も、よろしかったら一緒にいかがっすか?」

「おや、良いのかな? 目の上のコブな先輩が居たら委縮させたりしないだろうか?」

「何言ってんですか。毬萌、良いよな?」

「うんっ! 天海先輩、こっちにどうぞーっ!」



 ああ、毬萌! 立派になって!!



 あれほど苦手にしていた天海先輩と笑い合う日が来るなんて。

 ちくしょう、目頭が熱くなりやがる。

 こいつぁ、悪魔の仕業か。そうに違いねぇ。


「ほえ? コウちゃん、どしたのーっ?」

「……いや、なんでもねぇよ。ただ、お前、立派になったなぁって」


 すると毬萌は「にひひっ!」と笑う。


「コウちゃんが一緒だったら怖いものなんかないって言ったじゃん!!」

「……おう。そうだった」


 その笑顔を見ながら、ふと思う。

 俺は、いつまでもただ迷っているだけで良いのだろうか。

 迷っているだけで良い俺がこんな風に、フワフワと落ち着かないのだ。

 だったら、待つ事を選んでくれた、毬萌は。花梨は。



「どうだ、神野くん、桐島くん。私の仮装は! 土井くんがつくろってくれたのだが」

「ドラキュラ伯爵ですねっ! じゃあ、わたし仲間ですよーっ!」

「ああ! 神野くんはバンパイアか! では、私は君の眷族けんぞくとなろう! なんなりと命じてくれ!! はっはっは!」

「にははーっ、じゃあ、一緒にご飯を食べて下さいっ!」



 天海先輩と談笑する毬萌を見て、さらに考えてしまった。


 絶対に変わらないと思っていた彼女たちの関係ですら、永久不変ではなかったのだ。

 ならば、俺だって、いつまでもこのままと言う訳にはいかない。



 いつかは変わらなきゃならない。

 そう遠くない未来に。

 そうなんだろう? そのくらい分かるさ。ヘイ、ゴッド。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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よりぬき毬萌さん 毬萌と手料理

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SS最終話 毬萌といつも一緒

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