第341話 公平と即身仏

 俺たちがテーブルで料理をモグモグやっていると、少し会場が賑やかになった気がした。


「おう。なんか人、増えてねぇか?」

「そうですねー。心なしか増えたような気がします」

「だよなぁ。なんか分かる? 鬼瓦くん」


 こういう時はうちの優秀な分析官に調査を頼むのだ。

 なにせ、鬼瓦くんの解析速度はもはやコンピューター並であるからして、この程度の小さな違和感などたちどころに解決と言う寸法だ。


「た、武三、さん! 胸板に、カボチャの種、ついてる、よ!」

「ははっ、ありがとう、真奈さん。そうだ、今度うちの庭にも何か植えようか。それで、一緒に観察するのはどうかな?」

「す、ステキ、だね! 何を植えたら、良いかな?」

「任せておいて。こういう時は、桐島先輩にお尋ねするのが一番だよ! 先輩は家庭菜園歴がすごく長いから、きっと頼りになるよ!」



 ご覧の寸法すんぽうさ!



「桐島先輩、ご質問、よろしいでしょうか」

 こうなると、俺が「よろしくないよ」と答える展開は用意されていない。

 みんなが知ってる。ゴッドも知ってる。

 ならば、俺が知らないはずもなし。


「おう。今だったらな、ソラマメの苗とかが良いかもな。プランターで育てられるし。ああ、苗は小さめのヤツが良い。デカいと根っこが弱くて枯れちまうんだ」

 謎を解いてもらうはずだったのに、俺はどうして家庭菜園の解説をしているのか。


「なるほど。さすが桐島先輩ですね。とても分かりやすかったです」

「あ、ありがとうござい、ます! 武三、さん! 明日、苗、買いに行こ?」

「そうだね。4つくらい買おうか」

「ど、どうして4つなの?」

「将来欲しい子供の数なんだよ。ははっ、欲張りかな?」

「う、ううん。す、ステキ、だね!」



 なんで君たち、未だに付き合ってないの?



 もう将来設計まで始めてんじゃん。

 子供の数まで希望が出ちゃったよ。

 しかもこの少子化のご時世に、子だくさん志望とか、こんなの支援案件だよ。


 それとも、アレかな?

 一子相伝いっしそうでん天空破岩拳てんくうはがんけんの伝承者を4人の兄弟で競わせる腹積はらづもりかな?

 それは良くないな。兄弟は仲が良いに越したことはないし、何よりそんなお話、俺、知ってるんだよ。


 とにかく、俺は鬼瓦くんを諦めた。

 そして、鬼瓦くんの将来を祝福する方向で舵を切った。

 鬼神ハッピーウェディング。


「なんだか人も増えましたけど、騒ぎになってませんか?」

 花梨の指摘は正しく、人が増えたのは途中参加者が会場に入ったからと納得できても、入り口付近で言い合いのような喧騒が聞こえるのは捨て置けない。


 こんな素敵なパーティーに喧騒とは、粋じゃないにも程があるではないか。

 俺は、江戸っ子として祭の過ごし方の何たるかを教えるべく、立ち上がった。

 なに? お前別に江戸っ子じゃないだろうって?

 知ってるよ。だって、宇凪うなぎ市があるの、西日本じゃん。

 西に江戸はないよ。バカだなぁ、ヘイ、ゴッド。



「おーい。どうした?」

「アー! コウスケさん! ヘルプ! 少し、ヘルプ、お願いできマスか?」

 ジュリアさんはひどく狼狽うろたえていた。

 たどたどしい日本語で、俺に救いを求める。


 名前がどうしただの、そんな些細な事は置いておく。

 アメリカからわざわざやって来てくれた彼女に嫌な思い出を作らせるものか。


 見ると、そこには半裸の太った男子たちが行列を作っていた。


 相撲部である。


 うちの相撲部はそこそこ強く、部員の数も10人と少しの規模であり、ひぃ、ふぅ、みぃと数えてみると、俺の記憶している相撲部員の数とだいたいジャズる。

 まずは、事の次第を聞きただす必要があるかと思われた。


「どうしたんだよ。なんの騒ぎだ?」

「あっ、ピコ太郎だ!」

「ピコ太郎じゃねぇよ! 桐島公平! 生徒会だ!! ……ピコ太郎だったけど」


「コウちゃーん! どしたのーっ?」

「うおおおおおっ!! 会長、キタコレ!! ドラキュラっすか!? 可愛い!!」

「んーん。これはね、バンパイアなのだっ! ドラキュラって言うのは——」

「毬萌、その話は置いとけ! あと、ちょっと俺の後ろに居てくれるか?」


 太った半裸の男子たちが、お前の事をいやらしい目で見てやがるからな。


「とにかく、事情が説明できるヤツ! そうだ、足立くんいるか!? 出てきてくれ!」

「足立は欠席です」

 ちくしょう。唯一の顔見知りがいない。


「じゃあ、部長だ! 部長、出て来い!」

「自分が部長の、大結おおむすび庄吉しょうきちです!」


 なんか名前が色々惜しい!

 変換し直して、並べ替えたい!!


 そんな欲求を遠くへ放り投げ、俺は事情聴取をした。

 やたらと「ごっつぁんです」と合間に挟むので、聞き取りに少々難航したが、端的に言うとこうなる。


「おれたちは裸族のコスプレをしているので、中に入れてくれ。そして腹が減ったので飯を食わせてくれ。ごっつぁんです」



 通るかい、そんな理屈!!



 そりゃあジュリアさん含め、留学生たちも必死になって止めるわい!

 俺は速やかに「君らのそれはコスプレやない。どっちかって言うとユニフォームだよね」と優しくさとした。


 すると、大結くんが「責任者を出せ」とごね始めた。

 そして大結くんが喋る度に後ろの連中が「「「「ごっつぁんです!!」」」」と合いの手を入れるから、鬱陶しいったらない。


 責任者は、天海先輩と言う事になる。

 しかし、彼女は今、心菜ちゃんと美空ちゃんと笑顔で食事中。

 ならば、勝手をして申し訳ないが、ここは俺が始末をつけるべきだろう。


「俺ぁ生徒会の副会長だ! その権限で、君らの入場は認められない。そもそも、この会は事前に参加者をつのっていただろう? 君ら、招待状は?」

「ごっつぁんです!!」


「ねぇんだな!! そんなら、悪ぃけど、ここは俺に免じて帰ってくれ! 不服があれば、後日俺を名指しで生徒会に異議申し立てしてくれて構わん!」

「むぐっ。だけど、こっちだって寒空の下ずっと待ってたでごわす!!」



 大結くん、急に「ごわす」とか言い出したよ!

 変なキャラ設定してねぇで、帰ってくれないかな!?



「では、記念品を頂きたいでごわす」

「あん? ……分かった、分かった。俺の私物で良けりゃ、なんでもやるよ!」

 確かポケットにちょっと高いボールペンがあったから、それで我慢してもらうか。


「その金ピカ衣装を頂きたいでごわす! 部室に飾ると縁起がよさそうでござる!!」

「「「「「ごっつぁんです!!」」」」」


「こりぁあダメだ! 俺のもんじゃねぇから!」

「ならば、おれ達も帰らないでごわす!」


 めんどくさいヤツらめと思っていたところ、背後から花梨の声が。

「良いですよ、先輩! それ、あげちゃっても!!」


「うぉぉぉぉっ!! 書記ちゃんキタコレ! 魔女っ娘キタコレぇぇぇ!!」

「だ・ま・れ!! ……良いのか、花梨? これだって安くねぇだろうに」


 すると彼女は、凛と笑う。

「先輩のお役に立てるなら、あたしは何だってあげちゃいます!」


 まったく、この後輩は……。

 そういう事をされると、俺の悩みがどんどん深まるんだぞ。


 とは言え、方針は決まった。

 ならば即断即決を旨とすべし。楽しい時間と花の命は短い。

 こんなつまらん事に割く時間はない。


「分かった、分かった! ……ほれ、これで良いか!?」

 俺はジャケットとストールを手渡した。

 すると大結くんは言う。


「ズボンも頂けないと、飾った時にプレミアム感がないでごわす!」

 ちくしょう、確かにそうだね!


「……ほれぇ! これで良いだろ! 持ってけ! そんでさっさと帰れ!!」

 俺の身ぐるみを剥がした相撲部は、一応の満足を持って帰って行った。

 やれやれ、とんだ目に遭った。



「ヒュー! 部活で遅くなっちまったぜぇー! ヒュー!」

「桐島、まだパーティーって参加できるか? 招待状はあるんだけども」

 入れ替わりに、高橋と茂木がやって来た。


「おう。もう30分くらいしかねぇけどな。二人とも、ゾンビか。ベタだな!」



「ヒュー! 公平ちゃんみたいに攻めたコスプレは無理だぜぇー! 痩せたミイラだろ? ヒュー!」



 なるほど、パンツとシャツ姿の貧相な俺は、ミイラに見えるかもしれない。

 あと痩せたって何だ。ミイラはだいたい痩せてるよ!!



「違うよぉ! コウちゃんはね、んーと……即身仏そくしんぶつなんだからっ!!」

「そうです! 公平先輩は仏様になったんです!」



 二人とも、フォローは嬉しいけど、俺、まだ生きてる。

 あと、出来たらで良いんだけど、誰か着るもの調達して来てくれない?



 10月末の夜ともなれば。アレである。

 むちゃくちゃ寒いんだよ……。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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